アルバム「生活」は、日本のフォークの名門レーベルであるURCレコードやベルウッドレコードの音楽に惚れ込んだ半田が、その世界を現代に再現すべく、柳田ヒロをサウンドプロデューサーに起用して制作したもの。アルバムはスチールギターやバンジョーなどをフィーチャーし、1970年代のフォークやカントリーの再現に挑んでいたが、今回のライブはバイオリンを使用した一部の曲を除き、基本的に半田が弾くギターだけで行われた。
戸部田 『全部やれ。』では、92年にダウンタウン司会でリニューアルされた『24時間テレビ』が、日テレの反撃の狼煙の象徴だと描いているんですが、当時ご覧になった記憶はありますか? ヒャダイン あります、あります。松っちゃん、浜ちゃんが泣いたか、泣いてないかみたいなことになりましたね。あれも、ああ、『24時間テレビ』ダウンタウンもやるんだ! ってびっくりしましたね。 戸部田 まさに日テレの「変わる、変える」的な象徴としての起用だとおっしゃっていました。当時は今と比べ物にならないくらいダウンタウンがヤンチャで、チャリティーとは無縁のイメージでしたから。 ヒャダイン ©深野未季/文藝春秋 ヒャダイン 僕なんて関西だから、ダウンタウンは『4時ですよーだ』とかから見てたんですけど、『24時間テレビ』のパーソナリティに起用されて、こどもながら「あっ、売れた」っていう感じがしましたね。 戸部田 菅さん(賢
ヒャダイン それにしても『全部やれ。 日本テレビ えげつない勝ち方』って強烈なタイトルですよね(笑)。 戸部田 (90年代当時日テレの社長だった)氏家(齊一郎)さんが言った、「お前らが言ったことを明日から全部やれ」「細大漏らさず、全部やれ」から採りました。日テレの番組づくりとか、組織としてのえげつない戦い方に通底する言葉だなと思って。 ヒャダイン 本のオビにあるように今、本当に「日テレ無双」ですからね。 戸部田 この前のインタビューでヒャダインさんが、とんねるずとか、岡村隆史さんが「フジテレビの擬人化」だと言われたのにすごくハッとしたんですけど。翻って、日テレってそういう擬人化できる存在はいますか? 戸部田誠(てれびのスキマ) ©深野未季/文藝春秋 ヒャダイン 僕の中では「徳光和夫」さんですね。 戸部田 ああ、なるほど!(笑)。 ヒャダイン 徳光さんと、あと男性アナウンサーのイメージが強い
日テレのバラエティ番組が苦手だった ヒャダイン 『全部やれ。』読ませていただきました。面白かったです! めっちゃ調べて、たくさんの当事者の人に話を聞いて書いてますよね。 戸部田 そうですね。今までの本『1989年のテレビっ子』などでは、当事者に直接話を聞く取材というのは一切せず、表に出ている資料だけで書いてきました。それが「テレビ」というものを描く時の適切な距離だと思っていたので。でも、今回の場合、主役は日本テレビの社員たち。裏方の方々だったので、当事者の生々しい話を聞いたほうが面白いものが書けると思って色々な方にお話を伺いました。 ヒャダイン 皆さん、快く? 戸部田 そうですね。予定時間を大幅に超えてお話しくださった方もいて、お陰様で濃い取材になりました。 ヒャダイン 僕もさっき、日テレに出てきたばかりで。汐留帰りなんです(笑)。 戸部田 ああ、『PON!』ですね! 僕はこの本にも書いた
高橋 番審はもう20年ぐらいやってるんじゃないですかね。たぶん『うるぐす』が終わった後くらいから。 ―― そんなになるんですか。 高橋 気がついたら僕が一番長くやってると思います。だって、最初の頃は、なだいなださんとか、亡くなられた『広告批評』の編集長だった島森路子さんとか、あと、将棋の米長(邦雄)さんとかいらっしゃいましたから。櫻井よしこさんも、あの感じのままでいらっしゃってました(笑)。たぶんやめさせられないのは、僕が番組に文句を言う係になってるからだと思う。 ―― 一番厳しいんですか? 高橋 はい。昔はなだいなださんとか厳しかったけど、そういう役の人がいないといけないんです、一人は。それで僕はいつクビになってもいいから厳しいことを言ってるんです。 今はYouTube眺めてる時間のほうが長いかも ―― 今のテレビはどう観てますか? 高橋 もはや番審での番組くらいしか観なくなっちゃいまし
◆ どうして小説に「アラレちゃん」を登場させたか ―― 高橋さんの小説、特に初期の作品には、「アラレちゃん」や「ドラえもん」、「中島みゆき」などテレビや漫画関連のモチーフがたくさん登場します。小説の中にそういったものを引用するのはどういう発想からだったんですか? 高橋 小説には何でも使おうと、それに尽きるんです(笑)。少し真面目な話をすると、小説というのはそもそも詩なんかと違って、新しく生まれたジャンルなんですね。いろんな説があるんですけど、17世紀の終わりから18世紀ぐらいにロマンスとかゴシップとかいろんなものが集まって近代小説ができたと考えられています。その起源の一つが(ローレンス・)スターンの『トリストラム・シャンディ』という長編です。これはもう悪ふざけで長編を書きました、みたいな小説。小説は生まれつきそんなところがあるんです。冗談で長いのを書いちゃうみたいなところが。それは1つの考
高橋 そうですか、それはご苦労さまです(笑)。 ―― 憧れの方を前にとても緊張してます……。高橋さんは特に初期作品でテレビを小説のモチーフにしたり、引用されることもあるので、テレビもお好きなんじゃないかと今日はお伺いしました。幼いときからテレビは家にありましたか? 高橋 1951年生まれなんですけど、テレビの最初の記憶といえば街頭テレビとか、おそば屋さんのテレビで流れている番組とかかな。テレビが家に来たのは小3の頃です。ですから60年頃の『ララミー牧場』とか『うちのママは世界一』とか、ああいうアメリカンホームドラマはなめるように観てました。日本のドラマは生放送も多かったんですよ、あの頃は。だからNHKの『事件記者』とかもよく憶えているし、クレイジーキャッツのお昼のバラエティ番組も生で観てました。そうだ、あと小学校の教室にテレビが置いてあったんだよね。教育番組を観せるためだと思うんだけど、『
◆◆◆ ハローケイスケさんを取り上げた理由 戸部田 『一発屋芸人列伝』に登場する芸人さんの人選はどのように? 山田 担当編集とリストを見ながら相談です。でも、ハローケイスケさんとかはそもそものリストには載っていなかったんです。やっぱり一発でなくて“0.5”発芸人なんで(笑)。 戸部田 それでなんでハローケイスケさんを取り上げたんですか。 山田 まず、僕が好きで尊敬してるから。あとテンポ的にこのへんで1じゃない、0.5があってもええかなと。ハローケイスケさんは、芸が好きなんですよね。あのアンケートの芸(※観客に挙手を促すアンケートを行うハローケイスケのネタ)って、ピン芸の中では、iPhoneぐらいの、芸のデザインがすごくかっこいいなと僕は勝手に思っているんです。すごく削ぎ落としていて、客に手を挙げさせるだけでツッコミや、ボケの代わりにできていたりしてスゴい。そういう尊敬の念から入れさせて貰っ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く