6月6日に発売された、RADWIMPSの新曲「HINOMARU」が「軍歌っぽい」として話題になっている。 これに対し、作者の野田洋次郎は、同月11日、SNSで「HINOMARUの歌詞に関して軍歌だという人がいました。そのような意図は書いていた時も書き終わった今も1ミリもありません」などとコメントした。
6月6日に発売された、RADWIMPSの新曲「HINOMARU」が「軍歌っぽい」として話題になっている。 これに対し、作者の野田洋次郎は、同月11日、SNSで「HINOMARUの歌詞に関して軍歌だという人がいました。そのような意図は書いていた時も書き終わった今も1ミリもありません」などとコメントした。
ULTRA-VYBE presents 名盤 1000円シリーズ第1弾「歌謡曲&ポップス編」55作品、7月4日発売 対象55タイトルが1000円(+税)の期間限定価格で登場! アグネス・ラム『I AM AGNES LUM/アグネス ラムです』 アグネス・ラム『WITH LOVE』 芦川よしみ『花火 コンプリート・シングルス』 麻生京子『ハンガリア・ロック コンプリート・コレクション』 アップルズ『ディス・イズ・アップルズ』 荒川務『ページ・ワン +11 荒川つとむ コンプリート・コレクション』 荒木一郎『ゴールデン・ベスト』 安西マリア『マリア・グラフィティ +2』 岩城滉一『ロックンロール・アルバム スリリング』 大上留利子『ええ歌ばっか。 +3』 大上留利子『大阪で生まれた女 ベスト 1977-1979』 大原麗子『愛のつづれ織り』 奥村チヨ『チヨ・筒美京平を唄う』 奥村チヨ『チヨ・ポ
電子楽器的POPSな音楽「TECHNOLOGY POPS」の個人的名盤を淡々と紹介するだけのレビューブログです。 「Thanks Giving」 (1988 バップ) ラ・ムー <members> 菊池桃子:vocal 松浦義和:keyboards・chorus 中西望:drums Rosaiyu Renee Keel:backing vocal Darelle Foster-Holden:backing vocal 1.「Rainy Night Lady」 詞:田口俊 曲:和泉常寛 編:新川博 2.「Carnaval」 詞:田口俊 曲・編:松浦義和 3.「夏と秋のGood-Luck」 詞:麻生圭子 曲・編:新川博 4.「Two Years After」 詞:売野雅勇 曲:和泉常寛 編:新川博 5.「少年は天使を殺す」 詞:売野雅勇 曲:和泉常寛 編:新川博 6.「One And Only
元ネタ youtube.com 今、海外で日本の80年代ミュージックが熱いっ! ちょっと大袈裟かもしれませんが、それに近いことが起こってます。 管理人が気付いたのは去年の今頃かなぁ。 YOUTUBEにアップされてる70~90年ぐらいまでの日本の曲の中に、妙に再生数が多かったり英語コメントばかりだったりする動画がちょこちょこ見つかるんで、一体何が起こってるんだと。 CASIOPEA CASIOPEA (このアルバムがYOUTUBEでは今現在、73万再生でコメント725件。 カシオペアは管理人も高中と同じぐらい大好きだけど不思議ですやん) かなり気になったので調べてみると、何やら新たな音楽ジャンルが生まれてたよ。 ヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)だってさ。 音楽的には、1980年代から1990年代にかけての大衆音楽、ラウンジ・ミュージック、スムースジャズ、コンテンポラリー・R&Bなどの
2017年8月、ネット上の記事がもとになり「昭和歌謡」についてちょっとした騒動があったのをご存知ですか? 昭和歌謡とはその名のとおり「昭和の時代に作られた歌謡曲」のことで、明治歌謡・大正歌謡の次に作られた歌謡曲です。ここではそんな昭和歌謡についてワタシ自身もいまいちわかっていなかったので調べてみました! 「昭和歌謡」騒動の経緯は?2017年8月24日に柴那典×大谷ノブ彦による対談記事「ヒップホップ警察を追い返せ!!【ゲストぼくのりりっくのぼうよみ】」が期間限定で無料公開されました(今はもう無料では読めません)。 この記事の中で、音楽ライターの柴那典さんが〈どうやら「昭和歌謡」って、僕が最初に雑誌で使った言葉らしい〉と発言しました。これは輪島裕介さんの新書『創られた「日本の心」神話』(光文社新書/初版2010-10-20)という本にそう書いてあるそうです。「昭和歌謡」という言葉をデータベース
featured Illicit Tsuboi × カレー屋まーくん対談 | "お嫁においで 2015"と"君といつまでも(together forever mix)"ができるまで 加山雄三の楽曲をECDやスチャダラパー、RHYMESTERなどのラッパーやDorianや川辺ヒロシ、ALTZなどのトラックメーカーも参加し、新しく解釈しなおしたアルバム『加山雄三の新世界』が3/8にリリースされた。 このアルバムのきっかけとなった楽曲がアルバムにも収録されている、"お嫁においで 2015 feat. PUNPEE"だ。ミュージックビデオの再生回数は200万回を超えている、この楽曲の企画とディレクションを行ったのがDJとしても活動するカレー屋まーくんだ。まーくんはアルバムにも企画として参加し、先日ミュージックビデオが公開されたECD×DJ Mitsu The Beatsによる"君といつまでも(to
V.A. / 加山雄三の新世界 【Track List】 01. お嫁においで2015 feat. PUNPEE 02. 蒼い星くず feat. ももいろクローバーZ×サイプレス上野とロベルト吉野×Dorian 03. 夜空の星 feat. KAKATO×川辺ヒロシ 04. ブラック・サンド・ビーチ〜エレキだんじり〜 feat. スチャダラパー 05. 旅人よ feat. RHYMESTER 06. 夕陽は赤く(yah-man version) feat. RITTO×ALTZ 07. 海 その愛 feat. 水曜日のカンパネラ 08. 君といつまでも(together forever mix) feat. ECD×DJ Mitsu The Beats 【左 : 配信形態 / 価格】 24bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC 単曲 399円(税込) / ア
音楽ナタリー Power Push - リミックスアルバム「加山雄三の新世界」発売記念特集 加山雄三×PUNPEE×コムアイ(水曜日のカンパネラ) 異才たちの歳の差トーク 今年4月に80歳を迎え、音楽活動だけでも57年目を迎える加山雄三は、日本の歌謡曲 / ポップスシーンの中でまさに“大御所”という言葉がふさわしい。そんな彼の代表曲8曲を、スチャダラパーやECD、RHYMESTER、サイプレス上野といったヒップホップアーティストが中心となって再構築したアルバムが「加山雄三の新世界」だ。 このアルバムが、いわゆるサウンドにのみ手を加えたシンプルなリミックスアルバムと一線を画しているのは、加山の声やサウンドを素材として“料理”するだけで終わっていないところだ。参加アーティストたちはリミックスに自身のラップや歌を乗せることで、オリジナル楽曲に込められた世界観やメッセージに対して、時に寄り添い、時
中古レコード店で演歌のコーナーがある店だと北原ミレイのレコードは必ず演歌のコーナーに収められている。ウィキペディアでもジャンルの項に演歌・J-POP・歌謡曲と記されている。 北原ミレイの代表曲といえばやはり1970年のデビュー曲「ざんげの値打ちもない」だろう。この曲は僕も10歳の時に聴いて「細いナイフを光らせて にくい男を待っていた」という歌詞に衝撃を受けたものである。1970年といえば藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」が大ヒットした年である。前年1969年には森進一が「湊町ブルース」をヒットさせている。子供心にも藤圭子や森進一の歌はまぎれもない演歌であると認識していた。しかし、「ざんげの値打ちもない」は演歌には聴こえなかった。 それもそのはず「ざんげの値打ちもない」の作曲者は村井邦彦である。タイガース、スパイダース、テンプターズ等グループサウンズに曲を提供することで世に出てのちには荒井由美を
灰田 勝彦(はいだ かつひこ、1911年(明治44年)8月20日 - 1982年(昭和57年)10月26日[1])は、日本の歌手、ウクレレ奏者。本名(幼名):灰田 稔勝(はいだ としかつ)。ハワイアンやヨーデル、流行歌で第二次世界大戦前後に一世を風靡し、また、映画俳優としても華々しく活躍した。作曲家でスチールギター奏者の灰田晴彦は兄(のちに有紀彦に改名)。 保谷市(現在の西東京市)を気に入り、居を構えていた。 生涯[編集] 幼少期[編集] 灰田稔勝(のちの勝彦)は、明治政府の移民政策によって広島(現在の広島市南区)からハワイに移住した医師・灰田勝五郎の三男として、ハワイのホノルルで生まれた[2]。1920年(大正9年)、博愛家として現地の邦人に慕われた父が医療活動による過労が原因で急逝した。 1922年(大正11年)、父の納骨のために母、2つ年上の兄・可勝(のちの晴彦)らと共に帰国し、父親
「恋のバカンス」(こいのバカンス、仏:VACANCE DE L'AMOUR[注 1])は、1963年4月に発表されたザ・ピーナッツ歌唱の日本の歌謡曲。作詞・岩谷時子、作曲,編曲・宮川泰。 後年に多くの歌手によってカバーされており、それらについても本項で記述する。 概要[編集] 前年1962年の「ふりむかないで」に続くザ・ピーナッツのオリジナルソングによるヒット曲。ジャズの4ビートを生かした、歌謡曲としてはかつてなかったほどのスウィング感に満ちあふれた楽曲で、シングル発売直後より話題となり、同年に発表された舟木一夫の「高校三年生」、梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」等と並ぶ大ヒット曲となったが、この年にヒットしたこれらの曲の中では2007年1月14日に制定された「日本の歌百選」に唯一選ばれなかった。 東レと渡辺プロとの共同企画によるサマーウェア新商品「バカン
ステキなタイミングとは、1960年に発表された楽曲。原題は「Good Timin'」、別邦題「グッド・タイミング」。 解説[編集] 原曲はアメリカ合衆国アラバマ州出身の歌手であるジミー・ジョーンズ(英語版)が発表した「Good Timin'」(邦題:「ステキなタイミング」、「グッド・タイミング」)である。同曲はBillboard Hot 100で最高3位を記録した。 作詞・作曲はフレッド・トビアスとクリント・バラード・ジュニア。 日本語版[編集] 日本では同年にこの楽曲を草野昌一が飯田久彦に歌わせていたが、坂本九のほうが似合うという判断により、坂本九のレパートリーとして加えられ、ステージで歌われていた[1]。 ダニー飯田とパラダイス・キングのシングル「ビキニスタイルのお嬢さん」のB面を埋める曲として「ステキなタイミング」の邦題で、坂本九のメインボーカルでレコード化して発売された。時間が足り
「洒落男」(しゃれおとこ、原題:A Gay Caballero)は、作詞:ルー・クライン(Lou Klein)、作曲:フランク・クルーミット(英語版)によるアメリカ合衆国のポピュラー・ソング(ジャズ)。1928年10月にクルーミットの歌唱により吹き込まれ[1]、アメリカでは同年から1929年にかけてヒット。その後も複数の歌手によってカバーされている。日本では1929年2月に洋盤としてクルーミット盤が発売された[1]。 日本ではその後坂井透の「俺は村中で一番 モボだといわれた男」で始まる日本語訳詞によってよく知られ、二村定一が歌ったものや榎本健一が歌ったものが有名である。日本で初めて歌ったのは坂井で[1]、その後二村が日本で初めてレコード化した[1]。 日本では1930年にヒットした[1]。当時、浅草のカジノ・フォーリーや玉木座で、榎本と二村が掛け合いでこの曲を歌って流行した[1]。 原曲歌
私の青空 – My Blue Heaven「私の青空」は、ポップスのスタンダードナンバー。海外では、グレン・ミラー楽団、コールマン・ホーキンス、ファッツ・ドミノ、ビング・クロスビー、フランク・シナトラ、マット・デニス…数え切れないほどの歌手がカバーしています。 この歌は1928年にジーン・オースティンの歌で大ヒットしました。ジーン・オースティンは、この歌を抑揚を抑えた声で、殊更に感情を歌い上げることをしていません。そこが、この歌の「家族のささやかな幸せ」というテーマに合っています。 日本での流行日本では、1928年(昭和3年)堀内敬三の歌詞を浅草オペラの二村定一が歌って紹介されました。「アラビアの唄」とのカップリングで、レコードもヒットしました。浅草が日本で最大の盛り場であった頃のことです。二村定一は浅草オペラのコーラスボーイだったエノケンこと、榎本健一とともに、軽演劇団「カジノ・フォーリ
大御所がロビー活動 流行歌の一部がジャンル化 五木寛之さん「艶歌」の存在感 「日本の伝統が忘れ去られようとしている」。そんなかけ声と共に、演歌を保護・振興する機運が高まっています。ただ、歴史をひもとけば、生まれは1960年代後半と浅く、しかも、誕生直後は、ロックのように反体制・アウトロー的な価値観をまとっていました。それが今や、伝統をことさらに強調し、体制の保護を求めるまでに。演歌の数奇な歩みをたどってみました。(朝日新聞東京編集センター記者・河村能宏) 大御所がロビー活動 今年3月23日、演歌や歌謡曲の復活を後押ししようと「演歌・歌謡曲を応援する国会議員の会」が超党派の議員により、設立されました。自民、公明、民主、共産など80人の議員が終結。杉良太郎さんや山本譲二さん、瀬川瑛子さんら演歌界の大御所も出席し、世間の演歌離れを防ぐ手立てを考えていく方針を確認。設立準備会で、杉さんは「日本の伝
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