昨年(1990年)の終わりにモスクワに行ったこともあって、そのモスクワを舞台に現代のソビエトを描いたパーヴェル・ルンギン監督の映画「タクシー・ブルース」にはいろいろと考えさせられるものがあった。 この映画は、ふたりの登場人物が中心になって物語が展開していくのだが、その彼らのキャラクターがとても興味深い。ひとりは、勤勉な労働こそが人間のあるべき姿だと確信し、この信念に対してファシスト的な姿勢すら辞さないタクシーの運転手シュリコフ。 そしてもうひとりは、アル中で自己破壊的な衝動にかられるジャズマン、リョーシャ。映画は、リョーシャがシュリコフの客になり、タクシー代を踏み倒すところから、彼らの奇妙な共同生活、愛憎関係を描いていく。 このふたりの立場をどのように見るのかによって、この映画の印象はだいぶ変わるはずだ。たとえば、ふたりを単純に新旧世代の代表のように見てしまうと、夜空に花火が炸裂し、巨大な