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ブックマーク / www.h-yamaguchi.net (12)

  • 「大学の歴史」 - H-Yamaguchi.net

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    「大学の歴史」 - H-Yamaguchi.net
    yugui
    yugui 2010/01/07
  • H-Yamaguchi.net: 凶悪犯罪の高年齢化が止まらない、となぜ書かない

    「殺人事件」というキーワードでGoogleニュース検索をかけてみる。俗物的世代論の話は前にも書いたことがあるんだが、同種のネタを、少しアプローチを変えて再び。 以下、考えてみれば当然の、何をいまさら話。見た目不謹慎ぽく(人はいたって大真面目なんだが)、かつどちらかというと救いのない話なので、そういうのが嫌いな方にはお勧めしない。 検索トップに出てくるのは広島県の保険金目的放火殺人事件に関する無罪判決のニュース。これは無罪の話だからおいとこう。次は「神戸テレクラ放火殺人」事件に関して死刑判決が出たというニュース。被告はテレクラ元経営者(66)。 その次の「浅見光彦祭り」はおいといて、その次の「勿来の殺人事件でいわき南署に部長賞状」というニュースも犯人の年齢が出てないのでパスして。次の久留米の連続殺人事件の話は未解決なので犯人は不明だが、「30‐50歳の男1人による犯行」とみられる由。その

    H-Yamaguchi.net: 凶悪犯罪の高年齢化が止まらない、となぜ書かない
    yugui
    yugui 2007/11/29
  • 暴論:「正義の味方」こそ規制すべきなのではないか - H-Yamaguchi.net

    正確にいうと、まったく根拠のない話ではない。以前メディアにも登場したが、ヒーローものが子どもの攻撃性を助長する、というお茶の水女子大の坂元章教授の研究。この分野は専門外だし、坂元教授自身も「さらに検証していく必要がある」と述べているようなので、これをもって断定すべきという筋合いでもないようだが。ともあれIGDAサイトに出ている引用部分を孫引用。 坂元教授らは2001年11月から12月にかけて、神奈川県や新潟県などの小学5年生を対象に、よく遊ぶテレビゲームと攻撃性に関するアンケートを実施、1年後に同じ児童に追跡調査を行い、周囲の人への敵対心を表す「敵意」など、攻撃性に関する5つの指標について、その変化を調べた。 6校の児童592人についての調査結果を分析すると、知的だったり、見た目がかっこよかったり、魅力的な特徴を持つ主人公が登場し、攻撃するゲームでよく遊んでいた児童は、1年後に「敵意」が上

    暴論:「正義の味方」こそ規制すべきなのではないか - H-Yamaguchi.net
  • 「天下りがなぜ悪いか」より前に「なぜ天下りがあるのか」だと思う - H-Yamaguchi.net

    念のためだが、「公務員叩き」とかそういう目で見る人がいたら、それはちがう。私の、政府や公務員に対する基的な考え方は、以前書いたこのあたりとかこのあたりとかにも現れていると思う。昨日のものも、単に公務員が悪いとかいいたいのではない。 bewaadさんは「なぜ天下りが悪いのか」をまず問うべきとしておられるのだが、私としては、「なぜ天下りが悪いか」を問う前に、「なぜ天下りがあるのか」を考えるべきだと思う。天下りというのは、単に公務員が定年前に退職することではない。公務員の人事制度運営を円滑に進めるために、定年前に(定年後の場合もある)多くのキャリア公務員、少なからぬ数のノンキャリア公務員を関連諸団体、関連産業の諸企業などに転職させること、そのために公務員のマンパワーと権力を使って有形無形の支援をしたり斡旋をしたり推薦をしたり圧力をかけたりなど、事実上組織的な関与をしていること、そうした一連のシ

    「天下りがなぜ悪いか」より前に「なぜ天下りがあるのか」だと思う - H-Yamaguchi.net
    yugui
    yugui 2006/12/20
    "仮に政府が2つあって、税金と行政サービスを競い合う関係にあるとしたら..." ローマ的な護民官がいたら面白いかも。
  • 公約を守らせるしくみってないのか - H-Yamaguchi.net

    公約、具体的には政治家が選挙の際等に掲げる公約というと、一般庶民の目からすれば、信用できないことばの代表格とみられているといっても過言ではないと思う。新聞の折込チラシの内容にまちがいがあればうるさくいう人も、政治家の公約が守られなかったとしたら「やっぱり」とあきらめてしまう場合が多いのではないだろうか。 大人げないといわれそうだが、私はどうも納得がいかない。というわけでいつもの妄想と思いつき。 間接民主制というものについてどう考えるかは人によってちがうだろうが、私は、政治家個人に対する信頼によってよりも、掲げた政策やら公約やらに対する支持をもって投票するタイプだ。これも意見が分かれるだろうが、政治家になりたい人、政治家としての能力を持つ人は、けっこうたくさんいる。余人を持って代えがたい人というのも中にはいるんだろうが(不勉強にして私は知らないが)、たいていの場合は、公約が果たせないとなった

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  • 教育改革は急務である、という話 - H-Yamaguchi.net

    近日中に成立するであろう安倍新政権では、教育改革をひとつの目玉にするらしい。「美しい日」を実現するために最も大切なもの、ということなんだろう。なるほど。「美しい日」は「美しい日人」がいて初めて成立する。教育はその要だ。考えてみれば、これまでの教育など、なきに等しかった。今こそ徹底的な教育を施して、一から叩き直さなければ。 誰をって?決まってるじゃない。大人を、だ。 学校の教員たちは認めたがらないだろうが、そろそろはっきり認めておいたほうがいいように思う。いっちゃなんだが、教育において、学校やその教員のできることなど、当に限られている。少なくとも、知識以外の教育についてはそうだ。確かに世の中には、夜回り先生やらヤンキー先生やらといった、非常に立派な先生方がいらっしゃって、そういう人は多くの迷える子供たちを絶望の淵から救い、希望の種を植え付け、その後の人生を大きく変えてしまうような、大

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  • 「百姓から見た戦国大名」 - H-Yamaguchi.net

    いわゆる「網野史観」というのがある。2004年に亡くなった歴史学者網野善彦氏らが提唱した、権力者よりむしろ民衆に注目する歴史のとらえ方、とでもいえばいいだろうか。歴史学者の間ではいろいろな見方があるらしいが、現存するさまざまな資料と整合的なところがたくさんあるし、少なくとも素人である私の目から見れば、「えらい人々」の歴史よりよほど面白く説得力がある。 このは、網野史観にも似た「民衆からの視点」をもって戦国時代を見たもの、といえる。戦国時代というと、私たち素人はつい、合従連衡とか下克上とか、天下統一へ向けた武将たちのドラマとかロマンとかみたいなものばかり思い浮かべてしまう。その「陰」で民衆は泣いていたのでは、なんて想像する人も多いだろう。戦乱の世にあって、家族との平和な日々を夢見ながらも横暴で権勢欲旺盛な君主に駆り出され泣く泣く戦場へ、なんて今ふうに考えてしまいがちだが、とんでもない。そん

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  • 「光と影」の呪縛 - H-Yamaguchi.net

    なんじゃそりゃ、と思うかもしれないが、見れば「あるある」という人も少なくないにちがいない。こんな感じだ。 テーマは何でもいい。「○○について論ぜよ」とか、「○○について△△の観点から説明せよ」とか、まあそういう類のやや漠たる問題を与えるとする。たとえば、「アマゾンのビジネスモデルを説明せよ」みたいなのだとしよう。そうすると、やれネット販売で手軽に買えるとかロングテールでどうとかアフィリエイトでどうとか、一般的な説明を書いてくる。いやそういう答えを求めている問題なのでそれでいいのだが、その後なぜか判で押したように、「ネット販売はかくかくしかじかの悪いところがあって」と続く。で、最後に「便利だが危険性もあるので、気をつけて活用していきたい」という決意表明で締めくくられる。 この論旨が、何を聞いても繰り返される。iTMSでもSNSでも、参加型ジャーナリズムでも携帯コンテンツでも。要するに、何を論

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  • 国家公務員法こそ愛国心条項を持つべきではないか - H-Yamaguchi.net

    自民、公明両与党の教育法改正に関する検討会が、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」とすることで合意した由。この件についてはいろいろ言いたいことはあるが、今ちょっと時間がないので、とりあえずこの一点だけ。 愛国心条項をまっさきに盛り込むべきなのは、むしろ国家公務員法なのではないだろうか。 国家公務員法をぱらぱらと見渡した限りでは、「愛国心」を規定した条項はないようにみえる。最も近いのは、「服務の根基準」を定めた第96条だろうか。こんな規定。 (服務の根基準) 第九十六条  すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。 ○2  前項に規定する根基準の実施に関し必要な事項は、この法律又は国家公務員倫理法 に定めるものを除いては、人事院規則でこれを定める。 まあいいたい

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  • ネットはいつ「リアル」の仲間入りするのだろうか - H-Yamaguchi.net

    よく、「ネットでのコミュニケーションはバーチャルなもので、リアルな関係とはちがう」といったいいかたをする人がいる。「まがいもの」だ、みたいなニュアンスだ。いいたいことはわからないでもないが、たいてい見下した説教臭い論調なので、それだけで辟易する。しかし、感情的に「きらい」とかいってるだけだと説得力がないので、少し「理論武装」してみようと思った。といっても、社会学者さんとか哲学者さんとかが好きそうな高邁なご高説じゃなくて、せいぜいが思いつきレベルの屁理屈なんだが。 「ネットはバーチャル」論というのが要するに何なのかをちょっと考えてみると、どうも2つぐらいありそうな気がする。ひとつは、ネット上の人格は現実の人格と異なっているし、身元が確かでない人のいうことを不用意に鵜呑みにするのは危険だ、といったコミュニケーションの相手方に関すること。もうひとつは、ネットを介したコミュニケーションでは当の気

    ネットはいつ「リアル」の仲間入りするのだろうか - H-Yamaguchi.net
  • 「ネットの世界」って意外に狭いんだよ知ってる?

    前からよくいわれることだし、考えても当たり前のことなのだが、自分も含めてよく忘れがちになるので、一応書いてみる。大それた主張ではなく、ちょっとした感想程度のものなのだが。 ネットの世界で起きていることって、中で思ってるほど外では知られていないし関心も持たれていない。 ネットの世界で活躍していたり、それを研究したりしている人たちの話を聞いていると、どうもネットの中で起きていることがものすごく重大な、誰でも知っていることのような口ぶりで語られる場合が少なくない。たとえば、先日あるイベントで「ネットの公共性」みたいなテーマが話し合われていたのだが(知ってる人はまああれだなと感づくかもしれない)、そのときも、ネット内で起きたさるトラブルについて「あの有名な○○事件」みたいな語られ方をしていた。 要するに、ネットのユーザーが契約条項の違反を理由にさるサービスから排除されたことについて、サービスのプロ

    「ネットの世界」って意外に狭いんだよ知ってる?
  • ヒルズ族を引き合いに出すのはおかしいと思う - H-Yamaguchi.net

    さっきの表とあわせてみるなら、右側の再分配所得ベースのほうをみることになる。要するに、再分配所得ベースでいえば、世帯年収1,000万円以上の世帯が全体の12.6%いる、といった感じだ。 さて、ここからが素人考えの始まり。これらの資料をどうみるか。 まず、これらの資料が2002年当時の調査であることを確認。直近3年間の動きは反映していないが、今のところこれが最新の調査のようなので。他の資料もいろいろあるんだろうが、片手間なのでご容赦。ご教示いただければ。それから、世帯数も1999~2002年の間ほぼ一定との仮定。人口はわずかながら増えていたわけだし、世帯人員数が減っていたはずだから、少なくとも世帯数が減ったということはなかろう。 まず「所得再分配による所得階級別の世帯分布の変化」のほうから。年収1,000万円以上の世帯が全体の12.6%と10%を超えているから、所得上位10%、つまり第10・

    ヒルズ族を引き合いに出すのはおかしいと思う - H-Yamaguchi.net
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