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政治とアフリカに関するamanoiwatoのブックマーク (4)

  • 黒猫の巣 【世界の香ばしき国々】第15回:中央アフリカ(Part2) - 世界中の笑いものになった皇帝ボカサ1世

    2024年01月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月 前回の記事の続きです。 やっと独立を果たしたというのに、他のアフリカ諸国と同様に植民地時代よりも悲惨な状況に陥ります。アフリカ諸国って、どうしてこうなんでしょうかね・・・。 ◆暴君ボカサ登場 大戦終結後の1946年、ボカサの叔父にあたるベルテルミ・ボガンダが「ブラックアフリカ社会進歩運動(MESAN)」を組織して独立運動を開始した。実はボカサ一族はムバカ族という部族の酋長で、フランスの植民地統治にも協力的だったことからウバンギ・シャリではエリートの一族だった。 ウバンギ・シャリは大戦中に自由フランス政府について戦ったことからフランスの心証も良く、1958年には制限付きながらも自治権を認められた。これを受けてウバンギ・シャリはフランス領内の自治共

    黒猫の巣 【世界の香ばしき国々】第15回:中央アフリカ(Part2) - 世界中の笑いものになった皇帝ボカサ1世
  • 「国際援助」を人助けだと思うのが間違い - 虚構の皇国

    非常に悲惨な論評を拝見したのでひとこと。くたびれているので、少々厳密ではないが、エキスだけでも。 ■アフリカが発展しない理由 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207 上記エントリの筆者は、 最大産業である“国際援助(ODA)獲得産業”を超える他の産業が生まれないのはなぜか。 ――と問うている。「国際援助獲得産業」とはなかなか面白い表現だが、このようにとらえるかぎり、どうして援助地獄から抜け出せないのか、サッパリ見えてこないに違いない。「獲得産業」というよりも「持続的に援助が必要な状態」にその国を置くことこそが「国際援助」の目的なんだから、上記の様な特徴付けは180度転倒している。 国際援助の歴史を学べばいいんじゃない?(以下超おおざっぱ) 一応、帝国主義時代の資輸出は無視。A:大西洋憲章〜植民地独立の1945年〜60年代まで、B:それと70年代〜8

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  • アルジェリアの事件を契機に憲法改正とかNSC構想とか国防軍とか - やまもといちろうBLOG(ブログ)

    あれ、あの地域の内戦で起きた事件でしょ? 日憲法改正したら日人の命が守れたとか言ってる人たちは正気なのかね? もちろん日人が殺されたのは日人として悔しく思うし、残念でもある。何かしてやれなかったのかとも思う。また、憲法9条など改憲は賛成だ。それは個別の問題として率直に、そう思う。 でも、アルジェリアの事件はそういう文脈とまったく関係ない話なんじゃないの。日自衛隊が国防軍という名前になっていれば、日人はアルジェリアで死なずにすんだの? NSC作って海外情報収集っていったって、イナメナスの反政府勢力がカダフィ残党とつるんでっていう背後関係は分かるかもしれないけど襲撃の予測なんてできるかよ。かの地域の元宗主国で関係の深かったフランスの情報機関だってそんなテロ予見できなかったんだぞ。 日政府が日国内の仕組みをどういじったって、海外に出ている日人の生命や財産を守ることを直接できる

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  • 『なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか』 地獄を見た司令官 - HONZ

    地獄というものがこの世に存在するのなら、著者が1994年にルワンダで見た光景こそ、そう呼ぶに相応しい。徹底的に破壊された都市、拷問の限りの果てに殺された人の山、その死体をべて犬の大きさにまで成長したネズミ。そこには、正気を保っているほうが異常であると思われるような、圧倒的な現実が広がっていた。 書の著者であるカナダ出身の軍人ロメオ・ダレールは、1993年10月にPKO部隊の司令官として内戦の続くルワンダに国連から派遣され、80万人の命がたった100日間で失われたジェノサイドを目の当たりにした。事態の鎮静化後に司令官を辞任したダレールは、カナダへ帰国してからもうつ病やPTSDに苦しみ、2000年にはアルコールとドラッグを用いて自殺未遂を起こす。 苦しみ続けた彼は、世界にルワンダの悲劇を伝えるために、そして、二度と同じような悲劇を起こさないために地獄の体験を振り返り、書にまとめた。この

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