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ブックマーク / spacesite.biz (2)

  • スプートニク2号/ライカ犬

    伝説の犬 ~ライカ~ 2007年11月3日。この日、生きた生物が初めて宇宙空間を飛行してちょうど半世紀を迎えた。1957年11月3日午前2時30分(世界時)、ソ連中央アジア・バイコヌール宇宙基地から打ち上げられたR-7ロケットには1匹の犬が乗せられていた。「ライカ」と呼ばれるその犬は、世界で最も有名な犬の一匹である(下)。 ライカは宇宙を初めて飛行した生物であるが、そのことよりもむしろ、その悲劇的な最後で人々の関心を惹いてしまう。当時は大気圏外からの帰還技術が無く、ライカはいわゆる“特攻”だったのだ。 ちなみにウェッブサイトの運営でアクセス解析を行っていると、訪問者がどのようなキーワードでやってくるのかよく把握できる。検索エンジン経由で当サイトへ立ち寄った方が最も用いている単語は、実は「スプートニク2号」「ライカ犬」だ。長い間、この傾向は安定して変わらない…これほどまでに関心が高いのかと、

  • ソユーズ1号

    男の友情 1966年1月。ソ連の宇宙開発を主導していたコロリョフの死は、現場を大混乱に陥れた。彼の存在は、あまりにも大き過ぎた…ライバルであったグルシュコが彼の死をどう感じたかはわからないが、そう急に、彼の力で収拾できるものではなかった。 しばらくの混乱の後、第一設計局の長として、長年コロリョフと行動を共にしてきたバシーリ・ミーシン(Vasili Pavlovich Mishin)が任命された。彼はコロリョフがドイツに視察に赴いた際(開発史(4)参照)からの盟友で、コロリョフの主席補佐を務めてきた。技術者としての力も強く、R-7ロケットを作り上げたのは、実質彼だとまで言われる。 当時、ソ連の宇宙開発は行き詰まりを見せていた。1965年のウォスホート2号の飛行が危機一髪だらけであったことから、同型の宇宙船への信頼性が揺らぎ、その後の計画が疑問視されていた。ミーシンの初仕事は、それらを正式にキ

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