織田信長の戦いに楽なものなどなかった。 天正元年(1573年)、信長は足下がグラグラしていることに気づいただろうか。 彼が自分の物語として選んだ天下統一。そこに近づくにつれ、周囲すべてが敵にまわった。それは想定内だったのだろうか? いや、決してそうではないと、私は思う。 彼は常に裏切られ続け、その度に、 なぜだ! と激怒した。 つまり、理解できてなかったのだ。 どんなに誓いをかわし、どんなに信じたくても裏切られる。 味方と思った者ばかりに裏切られた信長の人生をみると、時に彼の敵のほうが優しいくらいだと思う。 「父上と呼ばせていただきたい」 そう、殊勝(しゅしょう)な顔でひざまづいた足利義昭は影で仲間を集め、命を狙ったことは1度どころではない。 「兄と呼ばせていただきたい」 最愛の美しい妹を嫁にやった浅井長政が、こう語ったとき、それは本心だったろう。しかし、その先で彼も裏切ったのだ。彼を好き
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