親のアホさが目につく20代前半まで ぼくの場合、反抗期めいたものは高校時代になってやってきた。ずいぶん遅いと思われるかもしれない。 左翼活動を始めたので真っ向から父親や祖父などと衝突するようになったからである。 家に置いといた反核運動の署名用紙に赤ペンで「×」などと書かれて頭にきたものだ。 もう亡くなったが、保守系の地方議員をしていたこともある祖父は、親子電話の子機で、孫であるぼくの電話を「盗聴」していたこともあった。左翼仲間からかかってくる電話に出たらどうも音が変だと思い、ピンときて、子機のある部屋に走っていったら、祖父がバツの悪そうな顔をしてむこうを向いていた。 そういう反抗期めいたものは、大学時代の終わり、すなわち20代の中葉(わけあって6年間大学におりました)まで引きずり、農家・自営業者、のち中小企業社長であった父親への複雑な感情、いわばコンプレックスとして残った。 父親は若い時は