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一夫多妻制だった日本で女性は何を考えていたのか…藤原道綱の母が「蜻蛉日記」に綴った恥も外聞もない愛憎 浮気相手の子供の死に「胸がせいせいする」
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一夫多妻制だった日本で女性は何を考えていたのか…藤原道綱の母が「蜻蛉日記」に綴った恥も外聞もない愛憎 浮気相手の子供の死に「胸がせいせいする」
平安時代は一夫多妻制で、男性は何人もの女性と結婚していた。右大将道綱の母が書いた「蜻蛉日記」には... 平安時代は一夫多妻制で、男性は何人もの女性と結婚していた。右大将道綱の母が書いた「蜻蛉日記」には、夫の浮気に嫉妬する女性の気持ちが余すところなく描かれているという。歴史小説家・永井路子さんの著書『歴史をさわがせた女たち 日本篇』(朝日文庫)より、一部を紹介する――。 謎に包まれた王朝三美人の一人 彼女の名前はわからない。 何年に生まれて何年に死んだかもわかっていない。言いつたえでは、王朝三美人の一人、ということになっているが、肖像画が残っているわけではない。 辛うじて、その子の名前をとって右大将道綱の母、とだけよばれている。はなはだ漠然とした存在だが、それでも、私たちが見すごすことができないのは、彼女が日本における「書きますわよマダム」の元祖であるからだ。 そしてそこには、恥も外聞もない、女の愛憎のすさまじさが、あますところなくえがかれているからである。 自分の私生活をバクロする――今でこ

