事故が起こる直前までの被爆の規制値は、1)人(一般、子供、原子力作業者、医師)が1年1ミリ、2)原子力発電所境界が1年0.05ミリ、3)「これなら捨てられる=クリアランスレベル」が1年0.01ミリ、だった。そして、この値を基準にしてすべての設計、施工、運転、管理、測定などが行われていた。 特に注目すべきは、原子力作業者で1年20ミリの許可を得ている人についても1年1ミリの自主規制をして、そのために3万人の従業員を8万人に増やして、その人件費も電気代に入れていた。 つまり規制値が1年1ミリと1年100ミリでは、設備から人数まですべてまったく違う取り扱いになる。私の経験も考えると、もし1年100ミリなら電気代は2分の1(半分)になっただろう。すべての設計が緩くなり、安全設計が軽くなり、管理が弱くなり、人数が減り、測定器が激減するからだ。 1) 3月11日まですべての規制を1年1ミリでやってきた