政治家が、人間の複雑な精神のはたらきを、俗耳に入りやすい、わかりやすい単語、スローガン、テーゼなどに要約して民衆をうごかそうとするのは、おそらく「必要」な悪であって制止することはできないであろう。 ただし政治家みずから、政治という特殊な目的のために、やむをえず「言語」にあたえた衣装の寸法を、まるで地球の尺度のように思いこみ、はては歌舞伎の名せりふに似たものを、おぼえこみ、くりかえし、それに酔っていれば、「政治的行動」をやってのけているかの如く錯覚するようになるとすれば、おそろしいことである。 政治用の言語が、目的のための手段の一つにすぎないことを忘れてしまい、かえって固定した「名文句」を押しつけ、ゆきわたらせることに、政治の目的を発見したりする怪しげな事態が、しばしば起こっている。 武田泰淳『政治家の文章』p61、岩波新書 1960年6月17日第1刷 ▼去年の教育基本法改悪