1960年代以降に再評価される黙想の祈り(Contemplative prayer)は、英国中世の「不可知の雲」を直接的な源流としているが、それに終始することなく、黙想(Contemplation)を重視したキリスト教信仰の形態として古代の「砂漠の教父(Desert Fathers)」も再考されていた。この再考はキリスト教とは何だったのか、という問題を現代に投げかけている。 「砂漠の教父」に厳格な定義があるのか私は知らない。またこの視点がどのように生まれたかについてもわからない。一般的には、現在のスーダンに面するエジプトで暮らしたアントニウス(Αντώνιος)(251~356)を代表とするように、3世紀を中心としたエジプトの地のキリスト教の教父(Father)を指している。"Father"の訳語には「教父」の他に「師父」もある。現在的な訳語「神父」はない。この時代には現代的なキリスト教の