あの忘れられない衝撃の9月11日から一周年を迎える。ブログの読者で、この一年間で年収が増えたという人はいるだろうか。生活が豊かになったという者はいるだろうか。将来に明るい希望を持てるようになったという人間はいるだろうか。悪くなったと感じている人が多いはずだ。想像した以上に生活環境が苦しくなったと実感しているのではないだろうか。一年後は確実にもっと悪くなる。そして経済生活だけではなく、言論環境の面で、今とは全く違った重苦しさに包まれているだろう。参院選はネット選挙になるから、言わばネットが街頭になる。「選挙でビラを配っていたら警察が来て逮捕されました」などという話を聞いたことがあると思うが、それが他人事ではなく、特別な政党関係者だけの話ではなく、かなり身近な出来事として意識されるようになるだろう。公職選挙法改正によるネット選挙解禁というのは、これは私の予感だが、1925年の治安維持法とセット
憲法改正が来年の参院選の選挙争点になるという状況認識については、ようやく一般的なものになりつつある。私がそれを最初に言い、緊急な対策を講ずるように九条の会に提案した頃は、九条の会の末端から「護憲は息の長い戦い」だという反論が上がって、地道に一軒一軒戸別訪問を繰り返すことが改憲を阻止する最も有効な戦略だという声が護憲派の中で支配的だった。憲法改正の国民投票は五年後か十年後の遠い将来の話として想定されていたのである。今回、安倍晋三が新憲法制定を総裁選の政権公約に掲げることで、ようやく護憲派も甘い情勢認識を見直す態度に変わってきた。何度も言ってきたことだが、仮に参院選で自民党が勝利した場合、改憲の国民投票は08年に実施される。通常国会閉会後、恐らく例によって真夏が選ばれるだろう。人々が理性を失い、オルギーの状態になって劇場で踊り騒ぐ夏。07年の参院選も夏、08年の国民投票も夏。改憲側は国民投票で
少し前にITproでソフトウエア開発者の危うい「更地主義」という記事がありました。 (...)「もしアプリケーションを最初から書き直せば,アプリケーションの既存問題のほとんどを解決できる。現状のコードを更新して問題を解決するよりも,一から書き直す方が労力は少なくてすむ」こういった認識は,本当だろうか? (...) 何が言いたいかというと,アプリケーション開発者の多くが「最初から書き直す」ことを一番良いと信じていることを問題視しているのだ。最初からやり直せればもっとうまくできるだろうという考えが間違いであることは再三証明されてきた。間違わないでもらいたいが,ビジネスの状況や技術的な理由によって,アプリケーションを捨ててしまわなければならないこともある。しかし,その方がいいと思ったからといって,(既存の機能を書き換えるのではなく)アプリケーションを最初から書き直すのは,十中八九間違っている。
「武装解除 紛争屋が見た世界」 国連の軍事作戦(※オペレーション)下、アフリカ=シエラレオネ、東ティモール、アフガニスタン、イラクでDDR(武装解除、動員解除、社会再統合)に携わり、大学で日本人、アジア留学生を相手に教鞭を執った経験から、著者の伊勢崎賢治氏が最後に導き出したのは、次の一文。 <つまり、現在の政治状況、日本の外交能力、大本営化したジャーナリズムをはじめ日本全体としての「軍の平和利用能力」を観た場合、憲法特に第9条には、愚かな政治判断のブレーキの機能を期待するしかないのではないか。 日本の浮遊世論が改憲に向いている時だから、敢えて言う。 現在の日本国憲法の前文と第9条は、一句一文たりとも変えてはならない。=p236> 職業:「紛争屋」 職務内容:多国籍の軍人・警官を部下に従え、軍閥の間に立ち、あらゆる手段を駆使して武器を取りあげる。 シエラレオネや東チモール、アフガンで多
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