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ブックマーク / deztec.jp (40)

  • 「けまらしい」と「メシマズ」

    闇黒日記 平成二十一年十一月四日 「けまらしい」と云ふのは、當に最近の「造語」で。 けまらしさについて - こせきの日記 ここで創作された言葉を皆が面白がつて使ひ始めたのだと、さう云ふ事らしい。 別に「たとえば」と云ふ事で言葉を作つて見るのは構はないが、それを大勢の人が面白がつて使ふ――その大勢の日人の考へ方が解らない。なぜ「面白い」と云ふだけの理由で言葉を使ふのか。「面白いのはいい事だ」と云ふ變な思想が日人の間には昔から「ある」らしいのだが、その爲に變な言葉を公共の場で不特定多數に向かつて言ふのは、何なのだらう。 個人的には「けまらしい」はそう悪い言葉じゃないと思う。従来の語彙ではうまく表現できなかった感情を指し示す言葉だから、屋上屋を架しているものではない。伝統的な言葉を意味もなく殺し、文化の断絶を招くといった弊害がないでしょう。 「けまらしい」なんてふつうの辞書にない言葉だから

    setofuumi
    setofuumi 2009/11/24
    いいコースだと思う。前者の発祥は「外向き」のweb情報に「内向き(プライベート)」が混ざると困る…という話だったと記憶しているが今の使われ方だとまあ嫉妬で妥当。
  • 愛があるとかないとか

    ドリコム退職にあたり-宮崎謙介⇒加藤謙介の誰にも見せないつもりの日記(仮) 人を大切にすることができないって、具体的にどういうこと? どうせ何を書いたって検証不能の一方的な言い捨てにしかならない(から書かない)、のかもしれないけど、肝心な部分が伏せられているのが残念。情報不足で、私には何とも判断できなかった……。 あと、私は必ずしも対案なしに批判をしてはいけないとは考えていないけれども、加藤さんには何か対案というか、もっとこうしてほしいというものがあったように読めます。だったらせめて、そのあたりのことは書いてほしかった。 「誰のための会社なのか」「誰がいるから会社は成り立つのか」 そこをきちんと理解しなければならないはずです。 こういうのが、ホントわからない。たぶん加藤さんはきちんと理解されてるわけでしょ。それを書いてほしいのね。で、きちんと理解してると、具体的にどんな場面でどんな言動がで

    setofuumi
    setofuumi 2007/12/26
  • ホワイトカラーエグゼンプションが話題になる昨今

    労働組合が頑張っている会社に勤務していると、ピンと来ない話というのは多い。 例えばサービス残業。文句をいう暇があるなら、さっさと帰宅すればいい。経営側がそれを不愉快に思って解雇をチラつかせるようなら、労組が黙っちゃいない。 逆にデキる人に仕事が集中して過労死、なんてのも不思議。みんな定時で帰る、そうすればこんな問題、起きるわけがない。一定の時間内にたくさんの仕事をこなすのが優秀な人であり、何も死ぬほど働かなくたって、能力と名誉・給与はきちんと対応するはずだ。 人が足りないなら増やせばいい。変動負荷なら派遣やパート、固定負荷なら正社員を増やす。 結局、それができないから問題が生じるのだろうけれど、ようは定時で帰宅する社員たちに払えるだけの給与にしておけばいいわけでしょう。同じプロジェクトを回すのに同業他社よりたくさん人を使うのだから、1人あたりの給与はその分、少なくする。それで何か問題ありま

    setofuumi
    setofuumi 2007/01/10
    正攻法はどうしたという話
  • 結論オリエンテッドな議論 補足解説

    1. はじめに 結論オリエンテッドな議論(2006-12-12) いろいろご反響をいただいた中で、私の意図とかけ離れた読み方も散見されました。 とくに目立ったのが「結論オリエンテッド」を倫理的劣位者のレッテルとして活用しようと考えた方々。彼らには「結論先行」という既存の言葉をご紹介したい。 次に気になったのは「結論オリエンテッド」思考の活用領域は議論の場に限定されると考えた方々。これは私の書き方が悪かったかもしれません。 2.補足解説 結論オリエンテッド(結論第一主義、結論志向)という考え方は、読解の技術です。あなたが「理解し難い主張」に向き合わねばならない全ての場面で役立ちます。 通常の「理解」は、理由オリエンテッド思考に基づき、結論を理由に因数分解することで実現されます。多くの場合、抽象的な結論は多くの具体例から導かれ、具体的な結論はいくつかの抽象的な「べき論」から構成されることが明ら

  • 結論オリエンテッドな議論

    1. 最近、議論せずとも異論をぶつけてくる相手の考え方が理解できる(ような気分である)と書いたところ、「そのコツを教えてほしい」と要望が寄せられました。以下、回答いたします。 結論オリエンテッド(結論第一主義、結論志向)という考え方を理解することが、唯一最大のポイントです。 2. 誰の主張に対してであれ、明確にNOを突きつける人は、立場のハッキリした人だといえます。従来、こうした相手の考え方を理解するために発せられてきた言葉は「なぜ、そう考えるのか?」でした。相手の主張の背景には「理由」や「根拠」があるはずだ、というわけです。 しかし結果はどうだったでしょうか? 要求に応じて提示された論拠をていねいに潰していっても、相手の主張の根幹はブレないことが多かったはずです。「でも、でも」といっそう意地を張り、ますます手がつけられなくなっていった記憶、皆様にもあろうかと思います。 逆に、枝葉末節にこ

  • 「意見」と「命令」

    ひとつ上のヒューマンマネジメント : 5分で人を育てる技術 (5)言うことを聞かない“自信過剰な部下”(芦屋広太さん) ふたつ下のヒューマンマネジメント:5分で人をダメにする技術 - 優秀な部下の能力の芽を摘み取る無能な上司(小野和俊さん) 人を育てられると思ったら負けだと思っている(小飼弾さん) 紛糾している部分の議論はさておいて。 芦屋:坂,この「貴方の営業ご担当者様が販売活動しやすいように工夫しています」という表現は,抽象的で意味不明じゃないか。意味が分からないから,「先方へのアピール」になってないんじゃないか。説得力もないよ。ここは,具体的な事例を使って修正すべきだな。どう修正すればいいか考えてよ。 坂:いや,ここはこれでいいんですよ。この文章はあえて抽象的でいいんです。いろいろ,イメージを膨らませてもらう効果が出ればいいんですよ。 芦屋:駄目だよ。そんなんじゃ「いい加減な提案

    setofuumi
    setofuumi 2006/12/12
    上司と部下のアレ
  • みなさん頑張って「美しい国」を作ってください

    Yahoo!ニュース - 必修科目の履修漏れ問題 飲酒運転追放キャンペーンの次はこれか! 予想外だ。 このところ庶民の生活にも影響のある不正追放キャンペーンが続いているが、たいへん結構なことだ。政治家やら官僚やら、縁遠い人々ばかり攻撃しているのはおかしい、まず自分たちの生活から改めるべきだ、と私は思ってきた。どうして他人にばかり、息の詰まるような倫理的生活を押し付けられるのか、と。 <履修不足>「前から疑問だった」受験控え不信、憤り(毎日新聞) 「美しい国」を掲げた安倍晋三さんの内閣が、今のところ高支持率を保っている。今回の件は安倍政権のプログラムではなく、たまたまこの時期に話題になったということに過ぎないが、現代の日は、こうした問題提起が大衆の耳目を集める状態にあるわけだ。さて、日人はどこまでクリーンな生き方ができるのかな? ま、相変わらず自分以外の誰かさんに責任転嫁する連中ばっかり

    setofuumi
    setofuumi 2006/10/27
    a-
  • 例え話の読み解き方・使い方

    たとえ話の妥当性(めたかさん) たとえ話のつづき(めたかさん) 私の書いた徳保はレイプ魔です(2004-02-03)への批判、なのですが……。 「A社は悪徳商法です」を「Z氏はレイプ魔です」に置き換えて、その言論(中傷)を強制的に排除する妥当性を検討する さて、このたとえは妥当でしょうか? この2つに共通なのは、『両方とも、事実でないなら、書かれた方に著しい損害を与える」という事でしょう。だからこそ、確実に事実と認定された事でなければ、排除するのは妥当だって考える事ができそうです。 しかし、この2つには相違点もあります。一方は個人に対する言動(中傷)であり、もう一方は企業活動の言動(中傷)なんですね。企業活動は社会的なものなので、それに対する言動には公益性があります。なので、個人に対する言動とは異なったルールが必要な場合もあるでしょう。 そう考えると、この例はたとえ話として妥当であるか、に

  • 著者と読者の断絶を補完する心の仕組み

    はてなブックマーク - kana-kana_ceoのブックマーク / 2006年10月16日 ってゆーか、エラソーな態度にムカついた。ぷんぷん。 あはは。そういえば以前、bewaad さんは(中略)皮肉な物言いを抑制される傾向にあるが、やはり一方的な物言いが気にかかる。なんて書いたのだけれども、正直、何でもごった煮になっているブログでの発言を捉えて云々するのは、いわれる側にとってきつい。 エラソーな態度という感想に反論はない。自分で読んでもそう思う。自分の意見をストレートに書き、私的な備忘録としての性格を強く前面に出している。だから、ムカついた。ぷんぷんとなる読者がいたことは、不運ではなく当然の結果だったと思う。 ただ、他の方からいただいた「他人に伝わる言葉」について意見を述べている文章のくせに……といった矛盾の指摘に対しては、「自説に賛同しない多くの人々の説得を(積極的に)意図した文章で

  • トラブル解決法:勝つ必要がないなら負けるのが最善手

    これ単体で面白いとかいってるひとはなんなの?(音羽理史さん) テレビを全然観ないのにテレビ情報誌を買っていた私にとって、何か大きなものから派生した筋と無関係のモノの方(だけ)が自分にとっては興味関心の対象である、という状況に深く共感することはあれど、「理解できないなあ」と感じることは滅多にないですね。というわけで、以下つらつらと。 コミュニケーション能力の低い人文系について(コメント欄)(id:todesking さん) こういった「議論」を収拾するために、いったいどのような手段を講じるべきなのだろうか?(最近はてブ界隈でこういった話題が出てたような気がする。読んでなかったが)厨房時代の私の経験から考えて、議論を仕掛ける側には一つの欲望によて動いている――すなわち「相手を言い負かしたい」。この情熱に正面から向き合うことはあまり賢明ではない(2ちゃんねるで試してみるといい)。いちばん賢明な

    setofuumi
    setofuumi 2006/10/08
    だなあ
  • 近況

    更新が滞っているのは、体調がよくないからです。仕事にも差し障りが出ていて、このところしょっちゅう休んでます。たかが皮膚病なんですけど、夜も眠れず、歩くのもつらいという状況。 先月末をピークとし、現在は緩やかな回復過程にありますが、そもそも1ヵ月半かけて悪化した症状だけに、回復にはもっと時間がかかるかもしれない。なので、備忘録は当面、更新停滞が続くと思います。7月に更新休止を宣言したときは、まさかこんなことになるとは思っていませんでした。残念です。 先月半ば、プライベートモードで運用しているソーシャルブックマークが200件を超えました。従来「あとで書く」ためのオンラインメモとして利用しており、最悪でも10件を超えないように運用していたのです。それがとうとう200件超、ガックリきまして、その後はブックマークする気力もないという感じです。 ……そのくせ、じつはあちこちの掲示板やコメント欄に出没し

    setofuumi
    setofuumi 2006/09/10
    お大事に
  • 原因と責任

    要因Aと要因Bが重なったときに起きる悲劇Cがあるとき、結果に責任を負うのは要因を作った全ての人々とは限らない。Bだけが責任を問われたり、どちらも無罪放免となったりする。 因果関係と責任の所在は、単純にはリンクしていない。 駅前に停められた、鍵を挿しっぱなしの自動車。運転手は道路の向かう側にある自販機でタバコを買っていて、他に乗っている人はいない。通りがかった人が、ふと出来心を起こして自動車泥棒をする。運転手は慌てて駆け寄ったが、後の祭り。さて、「悪い」のは誰? もちろん、泥棒が「悪い」。罰を受けるのは、泥棒だけだ。 では今後、少しでも犯罪を減らすためにはどうしたらいい? ひとつには、鍵を挿したままの無人自動車を見て泥棒を思いつく人を、社会から消し去ること。その手段として、学校教育、社会教育、そして不幸にも既に悪事を行ってしまった人々に対する更生教育がある。 もうひとつは、鍵を挿したまま車を

  • いじめは他人の犯罪ではない(簡略版)

    いじめは他人の犯罪ではない(2006-06-28) 徳保氏に対するアンサー(id:muffdiving さん) いじめられっ子問題・追記(ナツさん) 以下、簡潔に語り直します。「応答」はしません。あとは読み比べていただければ。 碓井真史さんの発言は、「反社会的性向を持つ人間はイジメにあいやすい」という内容を含むが、これは決して「反社会的性向を持つ人間はイジメにあって当然だ」という意味ではない。畠山鈴香さんを主題とする文章ゆえに、イジメの加害者に対する批判は割愛されているが、いじめられる「理由」を「正当な理由」と読み替えるのは誤読だ。→原因と責任(2006-07-01) 個々人の判断の集積がイジメの構造を作り出す。ふつうの人々が「自分の気持ちに素直になる」とイジメが生じる。多くのイジメには「理由」があるが、どんな「理由」もイジメを正当化しないことをみなが自覚し、「嫌いなあいつ」との関係を再考

  • 便利な武器は使ったもの勝ち

    laiso(2006-06-17) #p09 ネット議論を見ていて。 「『○○をするな』っていう意見を言ってるあなた自身が○○をしているじゃないですか(禁止要求するならそれを自身にも適用させなければならない)」という指摘はよく見る。 なんで。 価値観対立はたいてい解消されないため、多くの議論は何の結論も導かない。しかしながら、結論なんか要らない、相手の考え方が理解できればそれでいい、と割り切れるケースばかりでないので、両者が共有できる価値観を何とか見出し、結論を出そうと頑張ることが多い。 「言動を一致させよ」「他人に求めることはまず自ら実践せよ」といった主張は、理由は不明だが、多くの人々に共有されている価値観であるらしい。私自身はあまり賛同しないのだけれども、相手がこうした価値観の持ち主であることが多いから、便利に利用させていただいている。たいていの人は矛盾の塊で、そうそう他人に厳しいこと

  • 「やさしくしてあげる」とは具体的にどうすることなのか

    1. K さんの体験談。 息子が小学校1年生のときに同じクラスだった女の子のお母さんが病気でお亡くなりになったのです。私は息子に「○○ちゃんのママは死んでしまったのよ。学校に出てきたらやさしくしてあげなさい。」と言いました。しかし、その後、私が意図していたことと大きく反していた行動を息子はとってしまったのです。 聞けば、息子は休み時間中に女の子に声をかけたのだそうです。 「ママ、死んじゃったんだってね」。 気丈に振舞っていたその子も、家に帰れば悲しくなってしまったのでしょう。気になったお父様が問いただしたときに、息子の名を口にしたそうです。お父様は担任の先生と相談し、その出来事を文書にしてお手紙を学校側に出しました。その手紙が息子の担任の先生のもとへ行き、先生も息子を叱り、先生と息子で謝りに行ってくださったそうです。 先生から連絡を受けた K さんは、「叱って解決できる問題ではない」とお考

  • いじめは他人の犯罪ではない

    卒業文集の寄せ書き「秋田には二度と帰ってくるな!」から(碓井真史さん) [キチガイ晒し]いじめられっこを追い込む元スクールカウンセラーで大学教授の碓井真史(id:muffdiving さん) id:muffdiving さんは、自分には正当な批判とイジメの違いがわかる、やっていいことといけないことの境界線が見えている、と信じて疑わない。自分には悪党を見分ける能力があって、しかもその悪党に対してどの程度の攻撃まで許されるかがきちんと判断できる、と素朴に感じている。自分が「当たり前」「常識」と認識していることが、他の全ての「まともな人々」にとってもそうであるはずだ、と考えている。 現在の勤務先は過去に何度も書いてきた通り、「みんな仲良く」といったサヨク的価値観が職場に浸透しているので、イジメもまた目にしない(少なくとも私が明瞭にイジメと認識するような状況を見ていない)。けれども、過去のバイト先

    setofuumi
    setofuumi 2006/06/29
  • 橋下徹さんの怒りが導くもの

    橋下徹弁護士の日記 日付・産経新聞の報道について 橋下徹弁護士の日記 更なる怒り 自分に火の粉が降りかかると、突然に怒り出す。さらに「あいつだって」風にも読める文章を書きなぐる。 橋下さんが不正確な報道に怒った気持ちはわかるが、記者だってリークされた情報をむざむざ腐らせるわけにはいかないことを理解していいと思う。記者の態度の悪さを責めてもいいが、結局は有象無象のマスコミに向けてファックスで見解を送付する羽目になったわけで、取材拒否は失敗だった。電話を掛けてきた人物が信用できないなら、産経社を経由して電話を折り返せばよかった。なぜ取材される側がそこまで……と思うだろうが、権力を相手に意地を張ってどうなるというのだろう。 また橋下さんは報道に対する怒りから転じて、予断と偏見に満ちた公務員批判をバリバリ書いているのだけれども、相手側の言い分を僅かでも取材しているようには読めない。批判の対象を

    setofuumi
    setofuumi 2006/06/19
  • 「フラット化」を自分に都合よく解釈する人々

    ネット世論の「拠って立つ場所」とは(佐々木俊尚さん) あられもない言い方は避けるが……(id:finalvent さん) 責任を問うた者は、いずれみずからの責任も問われる。結局のところ、だれもアウトサイドに出ることはできない。アウトサイドに出ることができるのは、発言しない人たちだけなのだ。 インターネットのフラット化の果てには、まだ広大な地平が広がっているように思える。 私も意図的に韜晦に書くことがあるので人のことはいえないが、これ、意味不明。 「誰もアウトサイドに出ることができない」はぁ? 佐々木俊尚さんの発言を引用して finalvent さんが意味不明と感想を述べた、という状況。 私の解釈は、「発言」は何らかの価値体系を背景に持つため、あらゆる「発言」は価値体系の外側から簡単に攻撃されうる。ただしその批判もまた言語化された時点で拠って立つ価値体系が限定されてしまい、包括的な批判とはな

    setofuumi
    setofuumi 2006/06/08
    螺旋は前進せずとも上昇する
  • みな論理的に話をしている

    1. 自分を論理的だと信じている人達(苦手な女性の共通点)、、(ちゃんみつさん) 以前も書いたのだけれど、感情論はたいてい、論理がしっかりしている。 私は白い壁が好き+あなたは壁にポスターを貼るのが好き+あなたにとってポスターを貼ることより私の気持ちの方が大切なはず→我慢してくれるわね? といった感じ。(大筋で)論理の破綻はない。無論、前提がひっくり返れば結論は変わりますけれども、話者の想定している条件が満たされている限りは、おかしなところはありません。 id:chanm さんがもうひとつ問題視しているのは「屁理屈」ですが、これもたいてい、論理はしっかりしています。 「感情論」や「屁理屈」がなぜ反対者への説得に効果的でないのかというと、論理に誤りがあるからではなくて、前提条件への同意が得られないからです。もっと書けば、「感情論」とか「屁理屈」といった呼称は、(多くの場合)前提条件に同意でき

    setofuumi
    setofuumi 2006/06/07
    流石
  • 中間情報産業への無理解

    1. VIPPER vs VIPブログ連合(←訪問者の mixi ID を取得中) 2ch の書き込みを利用して誰かが儲けるのは許せない、という人々が VIP 系まとめサイトを攻撃中、だそうな。私は VIP 板のスレッドを直接に見たことがほとんどない。面白いところだけまとめたサイトを見る方が効率がいいので。というか、まとめサイトさえ基的には見てなくて、はてなブックマークや迎賓館裏口で紹介されたものしか読んでない。 あまり理解されていないことだけれども、マスコミ報道の過半は情報の集約・整理・取捨選択によるもの。ウェブでは何かというと「一次情報に当たれ」といわれるし、私もそう書いてはきたのだけれども、現実問題、そんなことは不可能だというところに中間情報産業の存在意義がある。新聞のスクラップをまとめただけの雑誌とか、専門分野の世界にはたくさんあること、ご存知でしょうか? 興味・関心のある分野の