(大阪大学出版会・8360円) 厳正極める批評家の直言 珍本である。珍本だから高い。高いけれどもその値段の何十倍の価値がある。文楽に携わる人はむろん多少とも文楽に関心をもつ人には必読の書である。現に長い間文楽を見て来た私も今更のように目からウロコが落ちる思いがした。かなり専門的な側面もあるがよく読めば決してむずかしくない。すなわち鴻池幸武の考え方が明晰(めいせき)かつ透明、その上に具体的だからである。 たとえば文楽には「風(ふう)」という専門用語がある。その曲を初演した太夫の芸風を指す言葉である。ところがこれがなかなか摑(つか)みにくい。さる高名な太夫は風など関係ないという暴言を吐いたほどである。専門家にしてかくの如(ごと)く、素人である一観客の我々の手に負えるものではない。鴻池の親友であった武智鉄二には「風の倫理」という名評論があるが、名論ではあっても一点具体性に欠ける。それがこの本では