私たちは、生まれながらにして自由を求める。それは自らの足で立ち上がり、母親の差し出す掌を求め、歩みだす瞬間からはじまる。自由は、誰にとっても善いことであり望ましいことだ。だから、私たちの先人は、思想家として科学者として、社会制度から工業技術に至るまでの「自由のための道具」を作り出し、私たちの生活の中の不便を取り除き、私たちの自由を拡大してきた。 そうした広い意味での「自由」のなかでも、ここで私たちが語ろうとしているのは、私たちをとりまく情報環境の自由の問題だ。いうまでもなく、民主主義政体も自由市場経済も、情報の自由流通を基礎として正統性を持ちうる。そして、これまで情報の自由について、私たちは、技術のもたらす自由の果実を疑うことがなかった。しかし、近年の著しい情報技術の一般化によって、ついに情報の自由に疑問が投げけられるようになった。 現在幸福であり、古い法や制度に依拠している人たちは、私た
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