タグ

ブックマーク / number.bunshun.jp (41)

  • 浦和を愛し、浦和に愛された男。那須大亮の幸福な5年間と旅立ち。(二宮寿朗)

    元日に、携帯電話が鳴った。 画面の表示には「那須大亮」とあった。 年始のあいさつを交わしたあと「報告があります」と律儀な36歳のベテランは言った。それは5年間在籍した浦和レッズを離れるという一大決心だった。 「浦和で現役を終えるという選択肢もありました。でも最終的には自分の年齢も考えて“新しいチャレンジに向かいたい”と、自分の気持ちに従うことにしました」 浦和とは単年契約だったが、延長オファーを受けていること、ほかのクラブから移籍のオファーがあることは以前に聞いていた。 すっきりした口調に変わっていた。元日の電話から5日ほど経って、ヴィッセル神戸の獲得報道が流れた。 スタッフ、サポーターの思いが伝わってくるように。 サンシャイン池崎のセリフではないが、彼は“浦和を愛し、浦和に愛された男”であった。 空前絶後の熱血男。 エアバトル、咆哮、目を血走らせての競り合い……。気持ちを前面に押し出すフ

    浦和を愛し、浦和に愛された男。那須大亮の幸福な5年間と旅立ち。(二宮寿朗)
    kizaki
    kizaki 2018/01/18
    元日の短い電話。最後に彼は「浦和には感謝しかありません」と言った。そして「これからも全力で成長します」とも。
  • AFCが済州に下した処分を検証する。日韓サッカー騒動史に新たな視点を。(吉崎エイジーニョ)

    6月9日、韓国の『スポーツソウル』紙が第一報を報じた。5月31日のアジアチャンピオンズリーグラウンド16第2レグ、浦和レッズvs.済州ユナイテッド戦での暴行の処分だ。 ・試合中、警告累積でレッドカードを受けたチョ・ヨンヒョンに6カ月の出場資格停止。制裁金2万ドル。 ・試合終了直前に阿部勇樹に暴行したぺク・ドンギュに3カ月の出場資格停止、制裁金1万5000ドル。 ・試合後、槙野智章を追いかけたクォン・ハンジンに2試合の出場資格停止と制裁金1000ドル。 ・済州のクラブ側に制裁金4万ドル。浦和にも制裁金2万ドル。 これまで大きくは議論されてこなかったチョ・ヨンヒョンへの処罰とその重さは意外なものだった。アジアサッカー連盟(AFC)は後半36分にチョがファウルで退場し、なおかつ試合後の乱闘にまで参加したことに対して重い罰を課したとみられる。第一報が載った『スポーツソウル』は「済州は異議申し立てを

    AFCが済州に下した処分を検証する。日韓サッカー騒動史に新たな視点を。(吉崎エイジーニョ)
    kizaki
    kizaki 2017/06/10
    吉崎エイジーニョの記事待ってた!けど、彼を持ってしても歯切れの悪い検証(中?)になっている事にこの問題の根深さを感じる。
  • 矢島慎也、浦和で出場はまだ5分間。「秋まで我慢っていう流れには……」(轡田哲朗)

    ランチでの出場を希望している矢島慎也が、そこには阿部勇樹と柏木陽介という浦和の中心が君臨している。果たして。 「それには同意できないですね。秋ですよ、だって」 浦和レッズのMF矢島慎也は、全体トレーニングを終えると春の日差しに照らされたピッチでの居残りトレーニングをしていた。ボールを使ったメニューを一通り終えると、ユース時代から指導を受ける天野賢一コーチとランニングをして、ゆっくりとクラブハウスの方へ引き上げてきた。 今季、浦和の補強は若く将来性のある選手を中心とした新加入選手が多かった。それは矢島も例外ではなかったが、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督は開幕前に「浦和は昨年、最もポイントを取ったチームであり、それに代わる選手はなかなかいない。だが、私は彼らを成長させる。それがアドバンテージになっていく」と話した。 昨季加入のMF駒井善成は1つのロールモデルだろう。前所属の京都サンガでは中心的

    矢島慎也、浦和で出場はまだ5分間。「秋まで我慢っていう流れには……」(轡田哲朗)
  • 「レッズのサッカーがいいよね」と言…… - 阿部勇樹の名言 - Number Web - ナンバー

    世界のサッカーが進歩していく中で、日では「レッズのサッカーがいいよね」と言われるようになる、その道の途中なんだと僕は思っているし、そういうサッカーを作っていきたい。 阿部勇樹(サッカー) 2017/02/21 ここぞという試合に敗れ続け、タイトルを逃してきた浦和レッズ。なかなか突き抜けられない壁を突き抜ければ、その向こう側にものすごく強いレッズが待っているんじゃないか、と考えたくもなる。キャプテンの阿部は上のように語り、「自分たちしだいでその道は繋がってゆくはず。途中で止めるようなことだけはしちゃ駄目だなと思います」と続けた。 Number897号(2016/03/03)

    「レッズのサッカーがいいよね」と言…… - 阿部勇樹の名言 - Number Web - ナンバー
    kizaki
    kizaki 2017/02/21
    「自分たちしだいでその道は繋がってゆくはず。途中で止めるようなことだけはしちゃ駄目だなと思います」と続けた。
  • 「浦和が優勝できない理由」を潰す。遠藤航が始めた、チーム改造計画。(佐藤俊)

    ユーティリティは武器だが、遠藤航の中で「職」は今でもボランチ。スタメン2人の壁は高いが、あえてそこに波風を立てにいく。 沖縄キャンプ中、遠藤航の練習での気迫がすごかった。 どんな練習も一切、手を抜かず、100%。やろうとしてもなかなかできることではないが、遠藤はキャンプの期間中それを徹底していた。 そのせいか、練習後の表情には出しきった疲れが色濃く出ていた。 「レッズ2年目で心の余裕はできたけど、体の余裕はまったくないっすね(苦笑)」 そう言ってバスに乗り込む毎日だった。 なぜ、練習からそこまで自分を追い込んでいるのか。 「レッズが優勝するために必要なことだから」 遠藤は、そう言った。 「昨年は年間勝ち点1位になって、ルヴァン杯を獲って、ひとつ結果を残した。でも、チャンピオンシップで鹿島に逆転負けをして、悔しさが残るシーズンになりました。大事な試合で勝てるチームになるというのは、僕が来る

    「浦和が優勝できない理由」を潰す。遠藤航が始めた、チーム改造計画。(佐藤俊)
    kizaki
    kizaki 2017/02/16
    湘南時代に経験した練習は、今より厳しかった。
  • 矢島慎也「正直、すごく悩んだ」浦和復帰、柏木への挑戦が始まる。(杉園昌之)

    浦和ユース育ちの矢島慎也は、サポーターからの支持も根強い。ポジションを争う相手は強大だが、果たして結末は……。 覚悟の帰還。 1月18日で23歳になる矢島慎也は腹を決めていた。 2シーズンに及ぶJ2・ファジアーノ岡山での武者修行を終え、今季、ジュニアユースから育ってきた浦和レッズに復帰。 レンタル期間終了による既定路線ではない。浦和との契約をまだ1年残し、人次第で他の多くの違う道も選べることができた状況下での、「帰還」である。 ただ矢島自身、最後まで心が揺れたことは吐露している。 「正直、すごく悩んだ」 岡山で成長していく姿を観察していたのは、親元の浦和だけではない。J2をつぶさにチェックしていたガンバ大阪からも高く評価され、今オフには正式な獲得オファーも届いていた。ここ2シーズンの矢島の働きぶりを見れば、驚くことではない。 岡山では2016年から10番を託され、クラブ史上初となるJ1昇

    矢島慎也「正直、すごく悩んだ」浦和復帰、柏木への挑戦が始まる。(杉園昌之)
    kizaki
    kizaki 2017/01/18
    「やっぱり、あの埼スタでまたプレーしたいと思った。僕は浦和で育った選手なので」
  • 黄金期の磐田も、浦和もハマった。福西が語る「大一番の鹿島」の怖さ。(福西崇史)

    中田浩二に小笠原満男……百戦錬磨の鹿島には、「N-BOX」で黄金期を迎えた磐田も苦しめられた歴史がある。 大一番での鹿島に対して、どう戦っていけばいいのか。僕もジュビロ時代に何度も味わってきたけど、当に難しいんですよね。今回の浦和と鹿島のチャンピオンシップ、当時の僕らが“対・鹿島”で感じていたことを思い出しつつ、第2戦を振り返っていきますね。 言うまでもなく、チャンピオンシップの状況的には第1戦を1-0で勝った浦和の方が有利だったはず。鹿島としてみれば初戦を0-1で落として、なおかつ第2戦では前半7分に興梠に先制点を許した。 正直に言えば、失点シーンの連係面も含めて試合の入り方は良くなかった。ただ試合中に修正しつつ、相手のスキをついて数少ないチャンスを生かしきる辺りは鹿島らしかったなという感じですよね。 鹿島は「2点取って勝てばいい」と割り切っていた。 今回のCSでは準決勝で川崎、決勝で

    黄金期の磐田も、浦和もハマった。福西が語る「大一番の鹿島」の怖さ。(福西崇史)
  • ミシャと11年歩んだ通訳兼コーチ。杉浦大輔が語る名将の涙と戴冠。(轡田哲朗)

    杉浦大輔コーチとミハイロ・ペトロヴィッチ監督。ついに掴んだタイトルは、浦和が一気に突き抜けるきっかけになるかもしれない。 名将に唯一にして絶対的に欠けていた「タイトル」という勲章――。それが手に入った瞬間が、15日のルヴァン杯決勝戦だった。 浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督は、2006年にサンフレッチェ広島の監督として来日して以来、11シーズン目にして念願の主要タイトルに手が届いた。 “ミシャ”の愛称で慕われる名将と11シーズンの間、片時もその横を離れずに戦ってきたのが、浦和で通訳兼コーチを務める杉浦大輔だ。今や「ミシャが何を言いたいか、どういうことを考えているかがその日の雰囲気で分かるんです」というほどの信頼関係がある。杉浦コーチは自身にとっても初のタイトルとなるPK戦の末に手にした勝利の瞬間を「やっと、ようやく、取れたタイトルなんで当に感無量ですね」と感慨深げに、少し遠くを見

    ミシャと11年歩んだ通訳兼コーチ。杉浦大輔が語る名将の涙と戴冠。(轡田哲朗)
    kizaki
    kizaki 2016/10/21
    「多分、ミシャも戦っていたんじゃないですか。本当ならベンチや後ろに下がって任せたかったかもしれないですけど、ピッチに残ってみんなと戦おうとしたんだと思います。ミシャらしいですね」
  • 森脇、柏木、阿部それぞれの喜び方。浦和の9年ぶりのタイトルに思う事。(飯尾篤史)

    ルヴァンカップの決勝、埼玉スタジアムには5万人を超える観客がつめかけた。彼らが目撃したのは、伝説の始まりだったのだろうか。 浦和レッズの5人目のキッカー、遠藤航のPKが決まった瞬間、ピッチの上ではさまざまな想いが交錯していた。 ベンチの前でPK戦の行方を見守っていたミハイロ・ペトロビッチ監督の元に駆け寄り、飛びついたのは、森脇良太だった。 「人生でこんなにうれしいことはないんじゃないかっていうぐらいの感情をいだきました。素晴らしい監督であることは間違いないんですけど、タイトルを取れないことによって、それが若干薄れてしまうのが辛かった」 森脇と同様、サンフレッチェ広島時代からペトロビッチ監督の指導を仰いでいる柏木陽介は監督ではなく、GK西川周作と最後のキッカー、遠藤を労いに行った。 「周ちゃんと航をほったらかしにしたら失礼やろ、と思って」 キャプテンの阿部勇樹は……監督の元にも、西川と遠藤の

    森脇、柏木、阿部それぞれの喜び方。浦和の9年ぶりのタイトルに思う事。(飯尾篤史)
    kizaki
    kizaki 2016/10/18
    阿部「プレッシャーが個人として強くしてくれている部分がある。レッズと対戦して、その雰囲気の中で毎試合プレッシャーを抱えていたら、強くなるんだろうなっていうのは思っていたので」
  • G大阪を完全に粉砕した浦和の“右”。駒井善成のドリブルは「やっかい」だ。(佐藤俊)

    凄まじい破壊力だった。 浦和レッズは、これまで昨年のリーグ戦、天皇杯決勝などここぞという大事な試合でガンバ大阪に苦汁を舐めさせられてきた。 しかし、10月1日の試合ではそれまでの屈辱を晴らすような圧倒的な攻撃力で4-0とガンバを粉砕した。柏木陽介曰く「パーフェクトな試合」だったわけだが、その攻撃をリードしたのが浦和の“右”だった。 右アウトサイドの駒井善成、右センターバックの森脇良太、右ボランチの柏木、右シャドーの武藤雄樹の4人が織り成す連動したプレーは見ていて楽しく、その攻撃力は半端ではなかった。4点中、先制点の高木俊幸、3点目の宇賀神友弥のゴール、4点目のズラタンのゴールは右からの崩しから生まれ、2点目の武藤のゴールは右サイドからのミドルシュートだった。 ガンバは駒井のドリブルにDFラインを下げられた。 浦和の右で脅威の軸になっていたのが、駒井だ。 右アウトサイドで高いポジションを取り

    G大阪を完全に粉砕した浦和の“右”。駒井善成のドリブルは「やっかい」だ。(佐藤俊)
    kizaki
    kizaki 2016/10/04
    "足首をケガしてから自分のステップが踏めずいろんな葛藤をしながらプレーしていた。FC東京戦から足首の調子がよくなって、やっと思い通りの力で踏み込めるようになったし、ムリがきく体になってきた。"
  • 「もう、やる気自体がない」の衝撃。興梠慎三は、何に苦しんでいたか。(轡田哲朗)

    「もう、やる気自体がないから」 試合後のミックスゾーンでその率直な言葉を聞いた私たち記者陣は、一様に苦笑いを浮かべた。しかし、その男は「いや、まあ、それが音で」と、こちらの反応に対して決して冗談ではないという表情で話を続けた。 浦和レッズの興梠慎三は17日のFC東京戦で途中出場すると、後半42分に駒井善成のクロスを頭で合わせて決めた。チームの勝利を決定づける3点目は、7月13日のベガルタ仙台戦以来、2カ月以上離れていたゴールの味だった。 その仙台戦と翌週の大宮アルディージャ戦を最後に、興梠は一度チームを離れている。リオデジャネイロ五輪のメンバーに、オーバーエイジとして参加したからだ。しかし、そのメンバー参加にあたっては逡巡があった。興梠のメンバー入り内定が発表されたのは6月下旬で、まさに浦和がファーストステージの終盤戦を戦っていたころ。勝負どころのゲームで3連敗を喫し、優勝の可能性を失っ

    「もう、やる気自体がない」の衝撃。興梠慎三は、何に苦しんでいたか。(轡田哲朗)
    kizaki
    kizaki 2016/09/21
    そして最後に「僕は絶好調になると思いますよ」と言い残してスタジアムを後にしていった。
  • 原口元気は、ここから更に速くなる。2年間で作り上げた「壊れない体」。(ミムラユウスケ)

    代表では、フィジカルと運動量を買われて中盤の底で起用されることが多い原口元気。その位置からでも、引いた相手にドリブルは効果を発揮するはずだ。 1-2で敗れたUAE戦の翌日、試合に出なかった選手たちは炎天下のなかで練習を行っていた。 前日の試合でスタメンではなかった選手、怪我のために別メニューとなった柏木陽介をのぞく、フィールドプレーヤーは10人。5対5の練習となった。4バックと1人のボランチがいる守備のチームと、2トップに左右のMFと、トップ下とボランチの中間のようなポジションに原口元気のいる攻撃のチームとに分かれていた。 2トップに入った選手たちがペナルティエリアでは1タッチまでと限定されていたこともあり、必然的に原口は前後左右に走り回ることになった。得意ではないパスでサイドのMFを走らせる場面もあった。 メニューが終わると、走り回っていた原口がピッチに倒れ込む。すべてを出し切った感じだ

    原口元気は、ここから更に速くなる。2年間で作り上げた「壊れない体」。(ミムラユウスケ)
    kizaki
    kizaki 2016/09/05
    2014年の1月から、ロシアW杯の開催される2018年6月を1つの目安として、肉体改造に取り組んできた。筑波大学の谷川聡氏と契約
  • 阿部勇樹、レスターの思い出と優勝。「一番戸惑ったのは、名前のコール」(田邊雅之)

    ――今シーズンのプレミアで、かつて阿部選手が所属していたレスター・シティが優勝しました。まずは率直な感想から聞かせていただけますか? 阿部:びっくりした、というのが正直なところですよね。 シーズンが始まる前、ブックメーカーでは5000倍ものオッズがついていたし、プレミアでは、ここ何年も上位があまり変わらなかったじゃないですか。 でも強豪が波に乗れないのと対照的に、レスターはしっかり勝ち点をとっていった。だから途中からは、決して単なるミラクルではないんだろうなと思って観ていました。 ――レスターが行けるかもしれないという感触は、いつ頃からありました? 阿部:今シーズンは途中からレスター、トッテナム、アーセナル、マンチェスター・シティが4強でしたよね。しかも終盤になると、アーセナルが失速して、シティもなかなか勝ちきれなくなって、レスターとトッテナムに優勝争いが絞られてきた。面白いことになるかも

    阿部勇樹、レスターの思い出と優勝。「一番戸惑ったのは、名前のコール」(田邊雅之)
    kizaki
    kizaki 2016/05/30
    「あんなでっかい連中を相手にして、当たり負けしないのか」なんていうことを言う人もいましたけど、実は球際の強さというのは、最初から当たるつもりでいけば、日本人でも勝てるんですよ。
  • 西川周作はPKを志願する男である。「迷ったら、前へ。それが自分」(轡田哲朗)

    全てを背負う覚悟を決めたからこそ、一歩を踏み出せる。 浦和レッズのGK西川周作は、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)ラウンド16第2戦のFCソウル戦がPK戦にもつれ込んだ時、自らキッカーに名乗りを上げた。 延長後半がタイムアップを迎えたことを告げるホイッスルが鳴り響き、浦和はベンチの前でPK戦のキッカーを決めるミーティングを行った。選手たちの自主性を重んじることで成長を促してきたミハイロ・ペトロヴィッチ監督らしく、コーチングスタッフから打診を行った選手もいたものの、基的にはキッカーはまず志願する選手を募った。その結果、3人まではスムーズに決まった。しかし、その後が続かなかったのだという。 120分間、それも死闘と呼べるようなタフなゲームをフル出場した選手に、ここで手を挙げるべきだと外から言うのは身勝手だろう。第1戦も合わせれば、210分を戦ってきた全ての結果が集約されるPK戦のキッカー

    西川周作はPKを志願する男である。「迷ったら、前へ。それが自分」(轡田哲朗)
    kizaki
    kizaki 2016/05/26
    常に全力でトライして、自分の持ち得るものや安全圏から先へ、さらに一歩を踏み出す。今回は、その結果が伴わなかったが、この姿勢こそが西川を常に成長させる最大の原動力だといえるだろう。
  • 鈴木啓太が語りつくした引退と浦和。「だけど、寂しさがあるとすれば……」(寺野典子)

    「浦和の男で始まり、浦和の男で終わります」 2015年11月22日リーグ最終戦。すでに浦和レッズを去ることが決まっていた鈴木啓太は、自身の退団セレモニーで、現役を引退することを発表した。事前に漏れることなく「自分の言葉でサポーターへ伝えたい」という鈴木の決意表明は突然だった。 その後チームはチャンピオンシップ、天皇杯を戦い、鈴木の現役生活は2016年の元日まで伸びることに。そして年が明けた2016年1月10日、改めて引退会見が開かれ、その壇上に座った彼はにこやかな表情で、16年間に及んだ現役時代にピリオドを打った。 ――今日は1月19日なんですが、現在の心境はどのようなものですか? 「『これからやることがたくさんあるな』という感じですね。カレンダーを見たときに、真っ白なんですよ。『24時間すべて自分のペースで過ごせる!』というのが、嬉しいですね。サッカーを始めて以降、そんな風な日常があまり

    鈴木啓太が語りつくした引退と浦和。「だけど、寂しさがあるとすれば……」(寺野典子)
    kizaki
    kizaki 2016/02/03
    選手にとってのサッカーは夢でもあるけれど、同時に仕事でもある。でもサポーターにとっては、純粋に夢でしかない。そういう人たちの夢を背負って戦うのが浦和の男、浦和レッズの選手だと思うようになった
  • いまJリーグに足りないものは――。信念貫く経営者といわきFCの挑戦。(日比野恭三)

    1月13日、有明コロシアムの一室で「株式会社いわきスポーツクラブ」の設立を発表する記者会見が行われた。同社は、2012年に設立されたサッカークラブ「いわきFC」(福島県社会人2部リーグ所属)を継承し運営にあたることになる。 この日、有明コロシアムでは「アンダーアーマー」日総代理店・株式会社ドームの「キックオフパーティー2016」が開催されていた。同じ場所で会見が開かれたのは、もちろん偶然などではない。いわきFCは、ドームの出資を受け、全面的なサポートのもとで新たな船出を迎えたのだ。 ドームは昨年末、自前の物流センター「ドームいわきベース(DIB)」をいわき市内に建設し、今春から稼動させる。この施設だが、どうやら「物流センター」という旧来の概念には収まらないものであるらしい。 投資総額は約100億円。稼動時には約300人の雇用を創出するといい、総面積37,800坪という広大な敷地にはサッカ

    いまJリーグに足りないものは――。信念貫く経営者といわきFCの挑戦。(日比野恭三)
    kizaki
    kizaki 2016/01/21
    それを「大言壮語」と一刀両断するのは簡単だが、今回のケースが特殊なのは「本気度」の一言に尽きるのかもしれない。
  • 21世紀の浦和にはいつも啓太がいた。退団の理由、そして残して行くもの。(轡田哲朗)

    今、浦和レッズの歴史を最も知る男の決断だった。10月20日、鈴木啓太は自身のブログで、今季限りで浦和を離れることを決意したと発表した。2000年に入団すると、翌年から背番号を13に変更してレギュラーポジションを獲得。21世紀の浦和レッズの歴史は、そのまま“13番・鈴木啓太”の歴史とリンクすると言っても過言ではない。 彼ほど、苗字よりも名前で愛されてきたサッカー選手はなかなかいない。選手たちも、サポーターも、愛情をこめて「啓太」と呼んできた。 啓太と浦和の歴史をたどっていけば、それだけで一晩以上かかってしまうだろう。「緊張しましたよ」と語る'00年天皇杯でのデビューから、浦和の初タイトルとなった'03年のナビスコカップ。セカンドステージを制した'04年に、リーグ初優勝の'06年、アジアチャンピオンズリーグ制覇の'07年といったタイトルを、次々に獲得した輝かしい歴史がある。 一方で、シーズン中

    21世紀の浦和にはいつも啓太がいた。退団の理由、そして残して行くもの。(轡田哲朗)
    kizaki
    kizaki 2015/11/05
    「浦和に関わる人たちが、自分たちが日本のサッカー界を引っ張っていくんだというものを示していくことだと思う。もちろん、選手の僕らはそれを結果として出していければいい」
  • 高校生が浦和に入団するという意味――。作陽の10番・伊藤涼太郎が下した決断。(安藤隆人)

    セレッソジュニアユース出身の伊藤は故郷を離れた作陽高校で武器を磨き、浦和のスカウト陣から注目を受ける存在となった。 2015年秋。一人の高校生が、自らの人生において、大きな決断を下した。 岡山県の名門・作陽高校の背番号10・伊藤涼太郎。10月1日、スピードに乗ったドリブルと正確なパスを持つこの高性能アタッカーは、来季から浦和レッズでプロのキャリアをスタートさせることを正式に発表した。 この決断は、茨の道であることは間違いない。今年のJ1ファーストステージの王者であり、リーグ屈指の戦力を誇る浦和レッズ。槙野智章、柏木陽介、西川周作という現役の日本代表選手と、森脇良太、李忠成、武藤雄樹、興梠慎三など日本代表経験者をずらりと揃え、資金力も豊富なビッグクラブだ。 3年前は興梠、森脇、那須大亮らが、一昨年は西川、青木拓矢らが、昨年は武藤、高木俊幸、橋和、石原直樹、ズラタン、加賀健一と、他チームの主

    高校生が浦和に入団するという意味――。作陽の10番・伊藤涼太郎が下した決断。(安藤隆人)
    kizaki
    kizaki 2015/10/30
    熱視線を送っていたのが、浦和の宮崎義正スカウト担当部長と山田暢久スカウトだった。必ずと言っていいほど彼らがいた。昨年の初めから熱心に足を運び視線を送る姿に、彼らの本気度が伝わってきた。
  • 大勝の裏で遂に起こった「政権交代」。西川周作が発揮した集中と、叱責。(戸塚啓)

    小さなうねりが起こっている。 9月3日にカンボジア、同8日にアフガニスタンとのW杯アジア2次予選に臨んだ日は、予定どおりに勝点6を積み上げた。カンボジア戦まで湿りがちだった攻撃陣は、アフガニスタン戦で久しぶりに大量得点を記録した。香川真司が、岡崎慎司が、田圭佑が、原口元気が、称賛に包まれている。 大切な事実がひとつ、見落とされている。 長く正GKを務めてきた川島永嗣がいないなかで、日は2試合連続無失点を記録したのである。32歳の経験者はスタンダール・リエージュ退団後の新たな所属先を見つけられず、23人のリストから外れていた。 川島に代わってゴールマウスを任されたのは、浦和レッズ所属の西川周作だった。田らと同じ北京世代の守護神は、すでに29歳となっている。 アフガニスタン戦を終えた西川は、落ち着いた口調で切り出した。 「2試合連続の無失点ということで、最低限の仕事はできたかと思います

    大勝の裏で遂に起こった「政権交代」。西川周作が発揮した集中と、叱責。(戸塚啓)
    kizaki
    kizaki 2015/09/11
    西川の素早い切り替えと背番号10の動き出しが、鮮やかにシンクロしたのである。
  • 浦和レッズ 阿部勇樹×関根貴大無敗ステージ優勝の快挙に思うこと。(Number編集部)

    1000万円以上するというティファニー製のステージ優勝トロフィーを挟んで、穏やかに撮影が行なわれている。 「それじゃ、2人でニヤッと笑ってみますか……」 カメラマンのリクエストを受けると、阿部勇樹はトロフィーを持って両手がふさがった後輩のわき腹をツンツン。変顔でも笑わせにいく。関根貴大は堪らず、のけぞって爆笑。33歳の大黒柱と20歳の新星が見せた微笑ましい光景に、その場の空気が一気に和んだ。 2015年6月23日、浦和レッズが第1ステージ優勝を決めたヴィッセル神戸戦の3日後。大原サッカー場には300人近い人々が詰め掛けていた。9年ぶりにリーグタイトルを手に入れた浦和レッズが、優勝後初めてファンサービスを行なったのだ。炎天下でサインや写真を求めるサポーターは、夏の太陽にも負けないほどの熱気を放っていた。 しかし、外の喧騒に反してタイトル獲得の当事者である2人は落ち着いている。謙虚で、浮つかず

    浦和レッズ 阿部勇樹×関根貴大無敗ステージ優勝の快挙に思うこと。(Number編集部)
    kizaki
    kizaki 2015/07/10
    「優勝を決めるまでの16試合はもう終わったので、ここからスタートだと思っています。」