監獄固めを決めるマサ斎藤(1993年撮影)。プロレス界に残した功績は、これからも語り継がれていくだろう。 早いもので、この7月14日でマサ斎藤さんが亡くなって丸2年が経ち、三回忌を迎えた。 僕は『Number PLUS プロレス総選挙2018』において、長年パーキンソン病と戦ってきたマサさんをリハビリ施設で取材。結果的にそれが生前最後のインタビューとなってしまったことで、いまだにどこか喪失感が拭えない。 おそらくマサさんが生きていれば、今年あたりは様々なメディアで取り上げられていただろう。1964年の東京オリンピック・レスリング日本代表として、今年予定されていた東京オリンピック・パラリンピック2020でも、昭和と令和の五輪をつなぐような仕事がきっとあったはずだ。 そして新型コロナウイルスの世界的感染拡大により、五輪が延期になって以降も、'87年10月4日にアントニオ猪木と伝説的な“無観客試