2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 56 名前:真の武士とは 1/2[sage] 投稿日:2010/07/05(月) 10:51:14 ID:IX9IBn7l 結城秀康の重臣、狛伊勢守孝澄の嫡男が鎧着初めの儀式を行うことになった。孝澄は家中で武名の高い阿閉掃部に 着付け親を頼み、同僚も隣家の主人も裏の隠居も向いの女房もみんな呼んで祝宴を開き、大々的に儀式を行なった。 着付けが無事に終わり、祝宴の席で孝澄は掃部に、一つ頼みごとをした。 「今日は誠にかたじけない。ついでと言っては何だが、愚息への教訓に、『真の武士』たるお主の武辺話など語って もらえぬだろうか?」 「いやいや、拙者以上に見事な武者振りを遂げた者など何人もおり、拙者にその呼び名はふさわしうはござらん。
2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/18(火) 02:50:42 ID:bubPgy+h 「昔、まだ我らが浜松を居城としていた頃のことじゃ。 ある夜、家康公に、わしの他三人が召しだされたが、三人のうち一人が懐から書付を取り出し、家康公に差し上げた。 「その書付は何じゃ?。」 「以前より、私が考えていた事等を書き付けておいた文にございます。殿のご参考にもなるかと思い、持参しました。」 「それは感心。佐渡よ、その書付、ここで読んで聞かせよ。」 わしは御意に従い、読み上げた。それは、家康公への数ヶ条に渡る意見書だったが、家康公は、一ヶ条ごとに 「もっともな事である。」などと相づちを打ちつつ、最後までお聞
2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 348 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/24(土) 02:06:17 ID:NFIsZzQR ある日本多正信が大久保忠隣に話しかけた。 「お主何か身に覚えはないか?」 忠隣がとくにないと答えると正信は「そうかならばよいのだ。」と言って行ってしまった。 またある日正信また同じ事を聞くので忠隣がなぜそのような事を聞くのかと尋ねると 「大御所様が貴殿のことを何かいっておったのでな。」 「どのような事を言っていたのですか?」 「いや何かいっていただけだ。」 「なればしばらく大御所様の御前を遠慮した方が良いでしょうか。 「そうだな。その方がよかろう。」 その後正信が家康の前に出たとき世間話のついでに 「相模(忠
2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 838 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/30(土) 00:46:37 ID:rEqSiNFW ある時加藤清正の下に奉公を望む、壮年、老人、若者の三人があった。 そこで清正は其々に、その志を述べさせた。面接ですね。 壮年は言う 『私は立身したいのです。そのため御当家に奉公を望みます。』 老人は言う 『私は年若く盛んな頃は、数度の功名もありましたが、今は年老いて他に望みはありません。 ただ御当家において、安心して一生を送りたいのです。』 最後に若者が言う 『私は若く、どんな事にでも役に立てる自信があります。それで御当家への奉公を望むのです。』 これを聞いた清正、この三人の前で語りかける。 「先ず最初の者、
2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 708 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/05/19(火) 16:56:49 ID:iUFjJjsM ただせさえ、影の薄いさえない長男坊こと毛利隆元の意外に偉大なお話 毛利元就には、ご存知の3兄弟がいる。オヤジの戦国謀略大王毛利元就の子は 次男:負け知らずの吉川元春、三男:調略王子の小早川隆景、そして・・・・・ 影の薄さは日の本一の長男、毛利隆元 である。とにかくこの男は影が薄い。手柄は立てるもオヤジが偉大すぎる。 軍を指揮するにも元春の方が有名だ。調略やれば隆景の口には絶対に負ける。 さて、毛利の尼子攻めもついに佳境に入り、増援が必要になったので隆元が援兵を 率いて向かった途中で和智誠春の饗応を受けた後に ぽ
2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 126 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/22(日) 20:44:07 ID:mhbZhK1s アユタヤ王は悩んでいた 隣国ビルマが何度も遠征を仕掛けてきたのである 迎撃しようにも当時の東南アジアは人口希薄地帯 自国の兵が圧倒的に足りなかった しかもビルマは鉄砲で武装したポルトガル人傭兵を抱えていた そこでアユタヤ王は「こっちも傭兵雇えばいいじゃん」と同じようにポルトガル人傭兵を雇った が、まったく役に立たなかった ポルトガル人傭兵は同士討ちを恐れてまったく戦闘に参加しようとしなかったのである そこでポルトガル人以外で傭兵を構成することにしたが問題が起こった 鉄砲の重要性は理解していたが扱いに長けていな
2ちゃんねる戦国時代板、「戦国ちょっといい話」 「戦国ちょっと悪い話」スレのまとめサイトです。戦国時代板 http://ikura.2ch.net/sengoku/ 44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/20(金) 20:54:37 ID:Qgaq66fc 島津家中興の祖と言われる島津忠良 彼は教育のためにいろは歌を作り家臣の教養向上に役立てたという 以下はその一部 理も法もたたぬ世ぜとてひやすき 心の駒の行くにまかすな 訳:道理が通らず法も守られぬ乱世であっても、自分ひとりは心を奮い起こして正義と人道を守り通せ。 善きあしき人の上にて身をみがけ 友はかがみとなるものぞかし 訳:自らを省みるのは難しいが、他人の善悪はよく解るので、友人を見て習い、悪いことは反省せよ。 つらしとて恨みかえすな我れ人に 報い報いてはてしなき世ぞ 訳:相手からの恨みを返しても連鎖するだけ
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く