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2017年6月12日のブックマーク (3件)

  • 中東の窓 : サウディ東部州におけるテロ

    サウディ東部州におけるテロ 2017年06月12日 15:01 サウジアラビアテロ al qods al arabi net は、サウディ内務省が12早朝、東部のカティーフ県における道路爆弾が、警官1名殺害し、2名が負傷したと発表したと報じています。 それによると12日0530頃、al musawwara地域をパトロールしていた警察の車が道路脇爆弾にやられ、警察が現場等を捜査中の由。 現在までのところ犯行声明の有無は不明 http://www.alquds.co.uk/?p=735237 カティーフではシーア派の多い地域で、これまでも、モスクや治安当局を狙ったテロが時々あった(大部分はIS関係とされている)ところで、特に目新しいことではないが、今回のテロがカタール問題などと何らかの関係があるのか(要するにISが問題を利用しようとしている等)不明なるもとりあえず

    El_Fire
    El_Fire 2017/06/12
  • 「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話

    歴史上の民族としての「ケルト」と、近代に作り出された「ケルト的なもの」の間には、深い溝がある。多くの人が持っているイメージは商業的な、そして近代のナショナリズムが生み出した「ケルト的な」幻想に過ぎない。 ――という話はわりと昔から言われていたのだが、最近の研究を久し振りに読み返してみたら、まさかの展開になっていた。 「そもそも島のケルトはケルトじゃない」 「中世以降のケルトは自称してるだけだった」 なんとアイルランドもウェールズも「ケルトを自称する別の何か」でケルト人の子孫じゃなかったのだ。 ******************************** 【旧来説】 ・ケルト人はローマに大陸から追い払われて島の片隅にしか残らなかった ・ケルト人が移住していったから製鉄技術が広まった ・「島のケルト」と「大陸のケルト」は少し違うものとして扱われる このあたりは知ってる人も多いだろうし、いま

    「島のケルト」は「大陸のケルト」とは別モノだった。というかケルトじゃなかったという話
  • マドガオン1 – Indo.to

    ゴアのダーボーリム空港からタクシーでマドガオンに向かう。デリーあたりとはまったく異なる南国の風景が広がっている。 宿はまったく期待していなかったのだが、予想外に新しいというか、真新しい施設で、部屋も広々として気持ちが良い。 マドガオンの宿 ポルトガル時代の建物や町並みはほとんど残っていないマドガオンだが、ところどころに当時のお邸宅がお化け屋敷みたいな惨状で残っていたり、『ゴメス』とかのポルトガル式の名前の表札がかかる家などがあったりして、レガシーを感じさせてくれる。 ポルトガル植民地時代からあると思われるショップハウス、小さな教会、インド化されたマリア様。マザーテレサも向かって右に控えているのも目にすることが出来る。 せっかくゴアに来たとはいえ、宿付近にゴア料理の店は見当たらず、夕は普通のベジタリアン堂で済ませた。

    マドガオン1 – Indo.to