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ブックマーク / diary.uedakeita.net (39)

  • 自称aikoのどうしようもなさ - 真顔日記

    あいかわらずaikoを聴いている。 というか、この書き出しはもはやこの日記において、「あいかわらず酸素を吸っている」くらいの意味にしかならない気もするが、あいかわらず聴いている。何度聴いても、自分のことを歌っているとしか思えない。私の中にはaikoがいる。 はじめのうち、自己の内側にaikoを感じることは特殊な体験のように思えるが、やがて慣れて気にならなくなる。すると自分がaikoであることはただの常識になる。一月の次に二月が来るように、私の中にはaikoがいる。だからこの日記でも当然のように、俺はaikoだ、俺はaikoだと繰り返してきた。 しかし、人に会うとだめだ。 先日、ブログを読んでいる知人に、「上田さんは自称aikoですもんね」と言われた。ひさしぶりに客観的な立場から自分を見た。これはやばい。自称アイドルや自称クリエイターと比べても、自称aikoのやばさは飛び抜けている。だって自

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    cild
    cild 2018/04/24
  • かわいいは作れるけど作れない - 真顔日記

    去年の秋、近所の並木道を歩いていた。すると木の葉が落ちてきた。しかし私は気づかずに、しばらく頭に木の葉をのせたまま歩いてしまった。 その結果、化け忘れたきつねみたいになっていたんだが、あのときの自分、異常にかわいかったんじゃないか。三十すぎた男の言うことじゃないが、頭に木の葉をのせたまま歩いちゃう俺、超かわいいと思う。 もしも女の子の頭に木の葉が落ちてくる瞬間を目撃したら、それだけで好きになってしまいそうだ。たとえば対面でカフェテラスに座っていて、向こうはうれしそうに何かを話していて、その頭にひらりと木の葉が落ちてくる。その一瞬だけで恋に落ちる自信がある。その後、木の葉に気づいた女の子が、照れながら自分と視線を合わせれば最高だ。私は空を見上げて、太陽に「ありがとうッ!」と言う。なんとなく、いちばん巨大なものに感謝したいので。 大学生の頃、彼女が部屋に泊まりにきた。真夏の夜だった。私たちは二

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    cild 2018/02/10
  • アインシュタインと靴下の穴 - 真顔日記

    最近、服装をちゃんとしている。身だしなみに気をつかっている。もっとも、私の「ちゃんとする」の基準はとても低く、「穴のあいた下をはかない」とか、そういうレベルではあるんだが。 杉松の家に長く居候したことが役立った。だめになった下やパンツを捨てることを学んだ。「消耗品」という言葉をしつこく言われた。衣類は駄目になるものなのだと、定期的に買い替えるべきなのだと叩きこまれた。下やパンツには穴があく。スウェットには毛玉がつく。Tシャツの襟はだるだるになる。すべては時とともに色あせる。諸行無常! もっとも、以前から色々な人に似たようなことは指摘されていた。しかし改善しなかった。耳に入っても素通りしていた。杉松に言われ続けて、ようやく変化が起きた。なぜあんなに変わらなかったのか、色々と考えていたんだが、今になって思えば、当時の私がアインシュタインのことを考えていたからじゃないのか。 ちょっと文の流

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    cild 2018/02/03
  • カフェと狂人 - 真顔日記

    スタバで文章を書いていたら、隣の席に男がやってきた。「ペッペラペッペラピッピッピ♪」と歌いながら歩いてくる。たぶんオリジナルソングだろう。それで私の身体に緊張が走った。頭のおかしな人間だと思ったからである。 カフェにおいて隣に頭のおかしい人間が座るのは緊張するものだ。実害はないにしても、ペッペラピッピの歌を隣でえんえん歌われた場合、集中できたものではない。 この男については、そのあと友人らしき男がやってきて普通に会話をはじめたので、頭がおかしいわけではなく、ゴキゲンな時に少々おかしな歌を歌ってしまうだけだと分かった。ややうるさいくらいで、それならばイヤホンをして音楽を聴けばいい。 カフェに通うようになると気づくことだが、街には一定数、狂気の世界に行った人々がおり、カフェの常連になっている。この街をうろつくようになってからの七年で、私は三人の狂人を見た。 一人は中年の男で、だぶだぶのシャツを

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    cild 2018/01/16
  • 知らない言葉を当然のように使われるとゾクゾクする - 真顔日記

    自分の知らない言葉を当然のように使われるとゾクゾクする。ほとんど性的興奮の域に達している。自分が聞いたこともない言葉を当然のように使われて、「もちろん知ってますよね?」という態度を取られること。これがたまらない。 だから私は電車の中で女性誌の吊り広告を見るのが好きである。自分と無関係な言葉、無関係な表現、無関係な欲望があふれているからだ。たとえば数年前に見かけて、いまだに覚えている女性誌のコピー。 今年こそ、パンツスタイルを極めたい! これだけでゾクゾクする。私はパンツスタイルを極めたいと思ったことがない。人生で一度もない。しかしこのフレーズには「何年も挫折してきた」というニュアンスさえ読み取れる。「今年こそ」である。世の中にはパンツスタイルを極めようと何年も努力している人間がいるのだ。ゾクゾクする。 昔、ふとした拍子に、知らない女のラジオをきく機会があった。メインは女なんだが、聞き役の男

    知らない言葉を当然のように使われるとゾクゾクする - 真顔日記
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    cild 2017/03/02
    いいなぁ
  • 子供のころに覚えた言葉は全然使わない - 真顔日記

    かつて、言葉は意味よりも先にかっこよさで入ってきた。 私が小学生のころ、「ターボ」という言葉がかっこよかったんだが、これはスト2ターボというゲームのせい。正式名称は『ストリートファイター2ターボ』。ある日、一人のクラスメイトが「スト2ターボ」と言い出し、誰もがその響きに魅了され、翌日には男子があちこちでターボと言い始めていた。舌から舌へ、言葉はすさまじい速度で感染する。気持ちのいい言葉の爆発的感染力。 同時期、「ターボファイル」というものもあった。これはスト2ターボよりマイナーだが、当時の私は『RPGツクール』というゲームにはまっていて、そこで使う付属品だった。ここにもターボがいる、と子供ながらに思っていた。さらに数年後、オリコンチャートでブイブイいわせていた頃のTMレボリューションが、「ジ・エンド・オブ・ジェネシス・TMRエボリューション・ターボ・タイプD」に改名した。ここにもターボ!

    子供のころに覚えた言葉は全然使わない - 真顔日記
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    cild 2017/02/28
    僕はベーションかな
  • カラスという黒いチンピラについて - 真顔日記

    いつもの通り道に細い路地がある。たまに塀の上にカラスがとまっていて、そんなときは通りすぎるのに緊張する。私はカラスとタイマンして勝てる自信がない。とくに路地のような狭いところでは。だからできるだけカラスと目を合わせないように、存在感を消して通り過ぎる。カラス様のご機嫌を損ねないように、しずしずと歩くのである。図体は私のほうがでかいというのに。 このあいだは両方の塀に一羽ずつカラスがとまっていて、さすがに迂回した。何なんだと思った。RPGか。中ボス戦か。 カラスに対する恐怖感のルーツを辿っていくと、子供のころに親戚の家で読んだマンガが思い出される。いかにも昭和的な古い絵柄のもので、作者は分からないんだが、表紙で女学生がカラスに目玉をついばまれていた。まだグロいものに耐性がついていない時期だったので、数日ほど尾を引いた。あれでカラスには勝てないと刷り込まれた気がする。目玉ついばまれるんだもん。

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    cild 2017/02/03
  • 近所に大戸屋ができてほしいという祈りにも似た気持ち - 真顔日記

    私はほとんど自炊をしない。だから近所にある飯屋で日々の事が决まる。これは同居人もそうである。行きつけの飯屋を五つほど用意して日々をまわしている。そんな生活である。 しかし近所にふつうの定べられる店がない。中華、牛丼、カレーはある。パンや麺類もある。インドカレーにナンをひたしてべられる店まである。なのに、ごはんに味噌汁、主菜に小鉢という日的フォーマットで出てくる店がない。 自分の住んでいるあたりの問題なのか、意外とそういう場所は多いのか、とにかくそんな日々を過ごしているから、私と同居人のあいだに、「近所に大戸屋さえあれば……!」という祈りにも似た気持ちが生まれている。 もっとも、最後に大戸屋に行ったのは二人とも十年ほど前で、私はむかし東京に住んでいたころ、立川駅近くの大戸屋に通っていた。そして同居人は河原町で働いていたころ、会社の昼休みによく大戸屋に行っていた。 対象が日常から

    近所に大戸屋ができてほしいという祈りにも似た気持ち - 真顔日記
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    cild 2017/01/23
    シムシティみたいだ
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/12/28/181644

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    cild 2016/12/28
    ぜんぶ面白いんだよな…
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/12/22/003736

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    cild 2016/12/22
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/11/29/002732

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    cild 2016/11/29
    「ひっかき傷タトゥー」とか発売されたら買いそう
  • 「SMAPさん」という呼びかたに違和感をおぼえた - 真顔日記

    はじめに、「さん付け」するか否かに関する個人的な感覚を書いておきたい。 ・知人を呼ぶときは、さん付けする ・しかし仲良くなれば、さん付けしない ・有名人の名前は、呼び捨てにする ・しかし有名人でも知り合いならば、さん付けする ・歴史上の人物には、さん付けしない(織田信長さんとは言わない) ・グループ名にも付けない(SMAPさんとは言わない) これが私の中の「常識」なんだが、常識というのは強固に見えて、すこし叩けばグニャッと曲がる。時代と場所で少しずつ変化するからである。実際、どのような時にさん付けするかは、この十年でも微妙に変化したように感じる。 ということで、「SMAPさん」という呼び名への違和感である。グループ名にさん付けするのか? それはおかしくないか? それとも私の感覚のほうがおかしいのか? 具体的に考えてみたい。まず、現在の私はSMAPのメンバーをフルネームで呼び捨てにしている。

    「SMAPさん」という呼びかたに違和感をおぼえた - 真顔日記
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    cild 2016/11/22
  • 飼いネコが増えるにつれて変化したこと - 真顔日記

    数年前は1匹だったネコが4匹まで増えている。同居人があちこちで拾ってくるからである。さすがネコ狂いである。だいたい年に1匹のペースで増えている。そのたびに微妙な心理変化がある。なので今日は、「ネコが増えることで飼い主の心理はどのように変化していくか?」を書いてみたい。 まずは1匹。 ネコのいない生活から、ネコのいる生活へ。結局は、この変化が一番大きかった。端的に言えば、笑顔が大幅にふえた。日常におけるスマイルの激増である。ネコを飼っていない頃、同居人の寝顔は不動明王のようだった。眉間にしわがより、口元は厳しく引き締められていた。私も家に転がりこんだ身として責任を感じたものだ。 しかしネコの登場以降、寝顔はおどろくほど晴れやかになった。これはマジである。基的にうっすら笑っている。たまに布団の横から実際にネコがチョコンと顔を出していることがあり、そんな時は熟睡しながら満面の笑みである。ネコの

    飼いネコが増えるにつれて変化したこと - 真顔日記
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    cild 2016/11/21
    毛がツヤツヤして表情が良い。可愛がってるのが伝わってくる
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/11/04/152435

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    cild 2016/11/04
    ゼロになりたくなった
  • 「うんここじらせ男子」という存在がいる - 真顔日記

    現在、私とうんこの関係がこじれてきている。 過去に前例のないほどに、こじれてきている。 いや、真面目な話なんですが。 この記事では、「うんこをこじらせる」とはどういうことなのかを説明したい。はじめに言っておくと下ネタではなく、笑いというものに関する、わりと真面目な考察である。まずは私とうんこの関係を時系列で整理してみよう。お付き合いいただきたい。 うんこ期(赤子~幼児) オムツをしている。うんこが出ると不快だから泣いて、母親にオムツをかえてもらっている。そもそもうんこという言葉を知らない。 うんこ面白い期(幼稚園~小学校) うんこの存在を発見する。実物としてのうんこが面白い。道で犬のうんこを見つけてキャッキャと笑う。「うんこ」と言うだけでも笑う。うんこを擬人化したマンガで笑うのもこの時期。幼年向けマンガにはうんこの絵があふれている。 うんこ否定期(中学~高校) 思春期を迎える。子供っぽい部

    「うんここじらせ男子」という存在がいる - 真顔日記
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    cild 2016/10/31
    すげえ
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/30/082323

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    cild 2016/10/30
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/21/144556

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    cild 2016/10/21
    あっ
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/19/114513

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    cild 2016/10/20
    aikoもだけど筆者も大概ではないか
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/18/104555

    http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/18/104555
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    cild 2016/10/18
    GODIVAも登ってみてください
  • http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/13/135641

    http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/13/135641
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    cild 2016/10/13