寄稿いたしました。 blog.tinect.jp 世界人類が平和になりますように、というウサギのイラストが炎上した話と、東浩紀の『平和と愚かさ』がそれを予言するような、あるいはもはやそういう世界であることを考察していたことについて書いた。それから、ちょっと禅問答から浄土真宗の話につなげた。牽強付会かもしれない。 それはそうと、この件でさらにちょっとまえ、これが炎上したことを思い出した。 goldhead.hatenablog.com やっぱりおれは「はてなー」だし、Xのタイムラインも「#ママ戦争止めてくるわ」であふれかえるくらいだ。 炎上だったかな。炎上だったかもしれない。あるいは論争の火種というか。「#ママ戦争止めてくるわ」というハッシュタグだ。上の選挙回顧では自分のタイムラインがそれであふれかえったことについて記した。ただ、ほかに書くことが大量にあったため、それ以上のことは書いていない
ウサギと戦争反対 ネットの話題は移ろいやすい。その速度は上がる一方だ。SNSでは反射神経だけが求められる。なにかものを言おうとすると、もう話題は通り過ぎている。ただ、いつ通り過ぎた話題を語るのも勝手だ。 Xでの話だ。あるイラストレーターが「世界中から戦争がなくなりますように」というコメントとともにウサギのイラストを投稿した。 これが炎上した。イラストレーターは自分がおかしくなった、暴走したと謝罪し、最後にはイラストも謝罪文も削除してXから去った。 正直、書いていて意味がわからない。おれは今そう思った。 実のところ、最初のポストを見たときも、それに最初についたであろう批難の声を見たときもそう思った。そうだ、おれはわりと移ろいゆく話題を追いかけてはいる。 そのときは最初の批難に対する批難、が多かったように見えた。そりゃそうだろうと思った。おれはそれで目を離した。が、ちょっと目を離しているうちに
(CNN) イスラエル軍に攻撃されたレバノンの首都ベイルート中心部で、現場の混乱や惨状をとらえた映像がSNSなどに投稿されている。イスラエルは今回の衝突が始まって以来、最大規模の攻撃をレバノン全土で展開したと述べていた。 CNNが確認した映像には、サイレンや警報が鳴り響く中、ベイルート市内のさまざまな場所から大きな煙が立ち上る様子が映っている。市街地でも海岸沿いの遊歩道付近を含め、複数の場所が攻撃された。 ベイルート西部で撮影された映像には、灰褐色の煙が立ち込める中、瓦礫(がれき)の山の中に立つ数十人の姿が映っていた。現場には救急隊が出動していた。 付近の建物の窓から撮影された別の映像では、眼下の通りでまだ火が燃えていた。カメラを左側に向けると、遠くで大きな煙が立ち上っているのが見える。 ベイルート中心部に対するイスラエル軍の8日の攻撃は、この数十年で最大級の激しさだった。標的とされた住宅
イランでの戦争に抗議して米国家テロ対策センターのトップを辞任したジョー・ケント氏/Anna Moneymaker/Getty Images (CNN) イランでの戦争を巡る保守派の運動内部の論争が17日、新たな段階に突入した。戦争を批判した米情報機関のトップが辞任したのだ。トランプ大統領が任命した政権関係者が戦争批判を理由に辞任するのはこれが初めてだった。 辞任したのは国家テロ対策センターを率いていたジョー・ケント氏。辞表の中でケント氏は、「良心に照らして、現在イランで続いている戦争は支持できない」と明言。政権はイランが「差し迫った脅威」をもたらしているとの虚偽の主張を行ってきたと示唆し、イスラエルが米国を戦争に引きずり込んだとの見方を強調した。また当該の戦争は「米国人の利益には一切ならず、国民の生命を犠牲にすることも正当化できない」と指摘した。 トランプ氏はこれを受け、「安全保障には非常
藤森淸一朗という人がいた 藤森淸一朗という人がいた。戦前は開戦に反対し、戦後はまれによくいる妖怪みたいな人……伝わるかどうか不明だが畑正憲みたいな感じ……になった。石原莞爾とかと同じくらいのレベルの超すごい人である。(事実として戦時中にそう言われてたっぽい) 藤森は北京駐在武官として呉佩孚との会談などを通じ、中国の実情を把握した上で、対中戦略の誤りと対米戦不可避を正確に予見した。それを書面にし中央に具申したが容れられず、昭和15年に予備役に編入した。終戦時には鈴木貫太郎のブレーンとして働き、戦後は一時的に民主公民教育に転じた。 その後は一元協会、日本民族独立運動などを主催し、個人誌『独立』を278号まで刊行、海軍将官出身でありながら天皇の戦争責任を問い続けた人物で、状況認識力、知的独立性、時流に迎合しない判断力において、明らかに優れた知性を持っていた。 戦時中と戦後で書くことが全く変る人は
この記事は、「憲法九条は日本を守っている」という理屈が綺麗事に聞こえるという人や、「国防のためには、戦争できると相手国を脅すことが必要」と考える人、また「そもそも憲法九条ってなんだっけ?」という人に向けて書いたものです。 または、そういう人と対話したいけどいい言葉が見つからない、という人のためのアイデア集になったらいいな、とも思っています。 なので、私の主義主張とは異なる書き方をしていたり、普段は言わないようなことも書いています。(そういうところは記事の後半でできるだけ補います) ◆憲法九条の内容 まずは本文を読んでみましょう。やや堅くて読みにくい文章なので、ぶつぶつ声に出しながら読んでみてもいいかもしれません。 第二章 戦争の放棄 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久に
東浩紀の『平和と愚かさ』は、読み進める間ずっとわたしの胸を震わせていた。これほどの良書に久しぶりに出会ったと思う。 まったく個人的なことだけれど、2022年頃からなにも言いたくなくなってしまった。年齢的なことや、私的環境のせいもあるかもしれない。でもそれだけではない。一つの契機はたぶん、ウクライナ戦争だった。ロシアの侵攻が始まった時、少なくない人々と同じようにわたしは驚愕し、目を疑い、それからしばらくして、いよいよ来るべき時が来たのかと絶望した。 一番怖いのはインフレではないかと、個人的に思っていた。もちろん、世界は常に緩やかなインフレ状態にあり、それ自体は資本主義の健全性を示しているのだろう。しかし急激なインフレとは、貨幣およびそれを裏打ちしている既存システムへの信頼が揺らぐことであって、一旦失われた信用はもしかすると簡単には戻せないかもしれない。わたしたちの生が依存するシステムは、とて
無人機を使って避難したウクライナ兵の治療にあたるスタッフ=11月、ウクライナ・ドネツク州コンスタンチノフカ近郊/Iryna Rybakova/Ukrainian Armed Forces/Reuters キーウ(CNN) ウクライナ東部の戦場を3時間かけて運ばれる間、マクシムが感じた時間は永遠にも思えるものだった。マクシムは重傷を負い、ずぶぬれのまま、無人の小さなカプセル型の車両に閉じ込められていた。疲れ果て、孤独で、恐怖に震えていた。 だが、何度も脱出に失敗し、脚に止血帯を巻いたまま無人地帯に33日間身を潜めてきたマクシムにとって、これは生き延びるための最善の、そしておそらく唯一の機会であることは明らかだった。 爆発物を積んだロシア軍のドローン(無人機)が前線周辺の数十キロにわたって飛び交うなか、これまでのような医療救助はほぼ不可能になっている。そのため、ウクライナ軍が遠隔操作する避難用
戦時下の思想や言論を統制した治安維持法。その中で、日常生活を絵に描いただけなのに学生らが投獄される事件が北海道・旭川で起きた。次々と摘発の対象を広げた法の暴走の結果だ。同法制定から100年の今年、104歳の「最後の生き証人」菱谷良一さんに証言してもらった。 菱谷 良一 HISHIYA Ryōichi 1921年旭川市生まれ。旭川師範学校(現北海道教育大学旭川校)の美術部員だった41年、治安維持法違反で逮捕(生活図画事件)。43年には懲役1年6カ月、執行猶予3年の有罪判決となる。戦後、名誉回復に向け、国家賠償の請求活動を続ける。2025年11月で104歳。治安維持法に関する「最後の生き証人」と言われる。 先生の逮捕 「まあ、しかし、嫌な事件だったなあ。まともに行けば学校を出て、(美術の)先生をやれたのになあ」。菱谷良一さんは84年前の1941年、19歳だった自分の身に起きた「事件」について、
更科悠乃@小説「快傑令嬢リロット」ただいま連載中!@空想科学小説作家 @yuno_sarashina 『戦争をしなければよかった』とはいうけれど、昭和16年の御前会議の時点で戦わない選択肢選んでも石油の全面禁輸措置食らってるから時すでにお寿司やからな。どこまで時間を巻き戻せばいいのだろうか? 2025-08-17 12:55:05 滝野川守(たきのがわのかみ) 🇯🇵support🇺🇦 @takitandai18m54 @yuno_sarashina 南満鉄をアメリカと共同経営してアメリカとの良好な関係を維持、日英同盟の維持ですかね。ただ戦略眼の無い軍人が軍部内に跋扈している限り、国際協調外交を採りたくても515や226みたいなクーデターの危険は常につきまといそう。それか日露戦争で負けて莫大な賠償金払い続けて戦争自体不可能にするとか 2025-08-17 15:27:10 名無し岩手
続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実 (中公新書 2838) 作者:吉田 裕中央公論新社Amazon Kindle版もあります。 続・日本軍兵士―帝国陸海軍の現実 (中公新書) 作者:吉田裕中央公論新社Amazon アジア・太平洋戦争で約230万人の軍人・軍属を喪った日本。死者の6割は戦闘ではなく戦病死による。この大量死の背景には、無理ある軍拡、「正面装備」以外の軽視、下位兵士に犠牲を強いる構造、兵士たちの生活・衣食住の無視があった。 進まない機械化、パン食をめぐる精神論、先進的と言われた海軍の住環境無視……全面戦争に拡大する日中戦争以降、それらは露呈していく。 本書は帝国陸海軍の歴史を追い、兵士たちの体験を通し、日本軍の本質を描く。 太平洋戦争の実態を検証し、「日本軍」のイメージと実態の乖離を新書で広い範囲の人に伝えた『日本軍兵士』の続編です。 fujipon.hatenadiary.com
太平洋戦争で捕虜となり、オーストラリアの収容所で暴動に加わるが生き延びた男が迎えた「1945年8月15日」 今年は戦後80年。昭和20(1945)年8月15日正午、天皇自らが全国民に語りかける「玉音放送」で、戦争終結が伝えられた。日本政府はこの日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と定め、東京の日本武道館で毎年、全国戦没者追悼式が挙行されるのをはじめ、全国各地で戦没者、戦争犠牲者の追悼行事が行われている。 ここでは、私がこれまで30年にわたってインタビューしてきた、最前線で戦っていた海軍軍人だった人たちそれぞれの「8月15日」を振り返り、シリーズで紹介しようと思う。なお、証言者の多くは、残念ながら鬼籍に入っている。 この連載を第1回から読む:<明確な「国際法違反」の指示に困惑…「パナマ運河攻撃」の途上、太平洋上で終戦を迎えた日本海軍の「潜水空母」> 二度と帰れるはずのなかった故国の土を踏ん
ヘダヤ・アル・ムタウィさんの生後1歳半の息子モハメドちゃんは、体重はわずか6キロしかなく、立つことも座ることもできなくなっている。 アル・ムタウィさんはBBCに「夫は戦争で殺され、神以外に家族を養ってくれる人がいない」と語った。息子に粉ミルクを与えようと必死だが、自分ひとりのため十分なことができないという。
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