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戦争に関するkurokuragawaのブックマーク (31)

  • いったいなぜ現代社会はこれほどまでに平和なのか? - センス・オブ・ワンダラー

    TED Talksスティーブン・ピンカー: 暴力にまつわる社会的通念参考動画は↑をクリック! あなたはこの記事のタイトルにぴくっと反応しましたか?ピンカーさんはさまざまなデータを用いて、「現代が過去に比べて劇的に平和になってきている」ことを論証します。しかし、どうでしょう。20世紀には2度の世界大戦を始め、世界のいたるところで「大虐殺」が行われました。アウシュビッツ、南部が独立すると言われているスーダン、中国での文化大革命などなど……。これらの出来事は人類の「暴力性」や「残虐性」を証明していると思いませんか?ピンカーさんはおかしなことを言っているのでしょうか。 ピンカーさんは「暴力」を数千年から数年というタイムスケール別に分析します。考古学者のローレンス・キーリーが数千年前の原始的な人類のモデルとなりうる、現代に生きる狩猟採集民族の他殺率を調べてみると、部族によって15パーセントから60パ

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    kurokuragawa 2011/01/18
    「技術の発展によってより多くの人が身近になり、その人たちにも共感することができるようになった」
  • 「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」 - H-Yamaguchi.net

    このウェブサイトは山口 浩の個人的な考えを掲載したものであり、山口が所属ないし関係する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではない。サイトは投資の勧誘ないし銘柄の推奨を目的とするものではなく、サイトに掲載された情報(リンク先ないしトラックバック先の情報を含む)をもとにして投資その他の活動を行い、その結果損失をこうむったとしても、山口は責任を負わない。サイトの記載内容は、予告なく追記、変更ないし削除することがある。サイトに寄せられたコメントおよびトラックバックは、いったん保留した上で公開の可否を判断する。判断の基準は公開しない。いったん公開した後でも、一存によりなんらの説明なく削除し、当該IPを投稿禁止に指定することがある。 このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています(帰属 - 非営利 - 派生禁止 2.1 日)。 「もはや戦後ではない」

    「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」 - H-Yamaguchi.net
  • 経済で戦争は防げるか――『The Costs of Conflict』 - リアリズムと防衛を学ぶ

    The Costs Of Conflict: The Impact On China Of A Future Warposted with amazlet at 10.12.19 Univ Pr of the Pacific 売り上げランキング: 1190170 Amazon.co.jp で詳細を見る 書、「紛争の代価(THE COSTS OF CONFLICT)」は、台湾有事について主にコストの側面から分析した論文集です。戦争のコスト、つまり貿易の一時途絶や、国際社会からの孤立といった代価を払ってでも、中国台湾侵攻に踏み切るのでしょうか? それとも、経済的な相互依存が著しく進んだ今日、台湾有事が起こりうるなど時代遅れの幻想に過ぎないのでしょうか。 書の結論は明快です。 中国台湾に武力を行使しないだろうと広く信じられている。……その見方の一つは「中国は経済的に失うものが多すぎて、台

    経済で戦争は防げるか――『The Costs of Conflict』 - リアリズムと防衛を学ぶ
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    kurokuragawa 2010/12/20
    東海地震並みに覚悟しておいたほうがよさそうだ>台湾海峡有事
  • 回天で元気が出るなら隗より始めよ - 法華狼の日記

    悪評紛々な『元気のでる歴史人物講座』の中でも、あまりにひどすぎて驚いた。この文章のトピックスのどこが歴史や考古学だというのだ。 http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100804/acd1008040751002-n1.htm 神風特攻とともに米軍を震撼(しんかん)させたのが人間魚雷による回天(かいてん)特攻である。魚雷を改造した1人乗りの特殊潜航艇に1550キロの爆薬を積み敵艦に体当たりする攻撃である。 この特攻兵器を創案し、回天特攻の訓練に全身全霊の超人的努力を傾注し、昭和19年9月6日、訓練中に真っ先に殉職をとげたのが黒木博司(ひろし)海軍少佐である。時に22歳。 黒木はなぜ回天特攻を思い立ったのであろうか。黒木は大東亜戦争を「日の天命」と捉(とら)え、「神武肇国(じんむちょうこく)以来の最大国難」と見、「一度敗れなば永久に世界より抹殺

    回天で元気が出るなら隗より始めよ - 法華狼の日記
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    kurokuragawa 2010/10/24
    特攻で散った若者を悼むのと同じ強さで特攻賛美者を憎む
  • 日本人はチームワークが苦手です ~1300年の戦史が語る日本人の国民性~ | とらっしゅのーと

    異国の文化との接触は時にそれまで気づかなかった自国の特性を認識させてくれたりするものですが、今日は歴史上の海外との交渉、日戦史上の国際戦争から日人の特性を考えてみたいと思います。 1/4.古代の国際戦争と日人 古代日帝国は、朝鮮半島で中国の唐帝国と戦い白村江の戦い(663年)に惨敗することになったのですが、この戦いについては、『日書紀』に以下のような記述があります。 日諸の将と百済の王気象を見ず、しかして相謂いて曰く、我等先を争わば彼まさに自ずからに退くべし。さらに日の乱れたる伍の中軍の卒を率いて進んで大唐の軍を打つ。大唐すなわち左右より夾んで舟を繞り戦う。ときのまに官軍敗続れぬ。(『日書紀』27巻) <訳> 日は将軍たちと百済の王が状況も見定めず、口々に、「我等が先を争って襲いかかれば敵は勝手に逃げ出すに違いない」と言った。そして日の乱れた隊列の中軍の船団を率いて大唐

    日本人はチームワークが苦手です ~1300年の戦史が語る日本人の国民性~ | とらっしゅのーと
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    kurokuragawa 2010/07/04
    部隊ごとに見事な「戦闘」はできても国を挙げて何年も続く「戦争」は苦手
  • Flying Spaghetti Monster : ジェームズは戦場へ行った

    山田洋行ブログ 気をつけろ空飛ぶスパゲッティモンスターはつねに僕らを狙っているぞ!だが僕は決して諦めはしない。そう誓った3年前の冬の日はとっても寒かったのでコタツで一日寝てました。「ハート・ロッカー」はアカデミー作品賞を筆頭に六冠を達成しました。 ぼくは土曜日に新宿武蔵野館で観ました。素晴しかったです。 劇場は満員でした。全席自由席で130座席しかなく整理券が配られぼくは134番。このままでは立ち見です。ところが、整理券を受け取っておきながら入場時間に現れない人がいる場合、余った席には131番以降の整理券順に座席が割り当てられます。133番の人まで座れました。ぼくは1番足りませんでした。運が悪かったです。 ところが、ぼくより後ろの整理券の人が空いている座席に着席するではありませんか。 ん~? どうやらその人の友達が座席を確保していたようです。あとから着席したその人は、劇場で並んでいる際にた

  • ノムさんの時事短評 伊藤桂一 090516

    09/05/16 皆さん、こんにちは。 ある時期から『昭和』というものに強い興味を持ち始めました。50を過ぎてからでしょう、遅いです。きっかけは司馬遼太郎先生の「台湾紀行」を読んだことです。あのは私に歓喜を与えた点において、画期的な書物でしたね。李登輝という方と、八田與一という方を知ったことです。 司馬さんが李登輝総統を、手放しに近く惚れぬいて書いているのに、何と危険なことだろうと思いました。生身の政治家を、(裏も表もあるだろうに)、まかり間違えば司馬先生の(人物眼という、作家の根幹にかかわる)評価を逆転しかねないものでした。司馬先生が、それを認識しなかったはずはありません。あの作品において私は、司馬先生は、作家のイノチを掛けたと思います。李登輝という人に掛けたのだろうと。そして李登輝という方が類い希な、高潔かつ辣腕の政治家であることを納得するのに、時間は掛かりませんでした。司馬さん

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    kurokuragawa 2009/06/27
    「保守と呼ばれる人たちの、戦場にいた人と、戦場にいなかった人、です。そして概して、戦場にいなかった人が勇ましいのです。」まことに
  • 「戦争なんか起こるわけがない」は思い込みだという歴史的実例 - リアリズムと防衛を学ぶ

    は長らく平和を謳歌してきた。(拉致被害者やその家族の皆さんにとっては欺瞞の平和に過ぎなかったけれど) そんな中で防衛力の整備には「戦争なんか起こるわけがないのに…」という懐疑論が常にともなった。 だが、歴史的に見て「戦争なんか起こるわけがない」という見通しが外れたことは多い。 「アルゼンチンが戦争なんかするわけない」 「勝ち目もないのに日戦争なんかするわけない」 「ただの脅しだ。フセインはカネが欲しいだけで、当に戦争をする気はない」 「戦争なんか起こるわけがない」という楽観は常に危険 「アルゼンチンが戦争なんかするわけない」 1983年4月、フォークランド紛争が起こった。アルゼンチンとイギリスとの紛争だ。きっかけは、イギリス領フォークランドに対し、アルゼンチンが突然侵攻を開始したことだ。 だが紛争勃発の直前まで、戦争なんか起こるわけがない、という論理的な意見があった。例えば83年

    「戦争なんか起こるわけがない」は思い込みだという歴史的実例 - リアリズムと防衛を学ぶ
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    kurokuragawa 2009/05/31
    対米開戦を煽った当時の新聞記者も「まさかやらないだろう」と思っていたらしい(ひどい話ではある)
  • 「ガザ」についてのエッセイ - どんな懐かしさをおぼえるとしても

    リンクを辿っていて、ちょっと興味深いエッセイを見付けた。原文は09年1月7日にロスアンジェルス・タイムズに掲載された英文なので、ほとんどの人には読めると思うのだけど、時間がかかる…ということで忌避する人がいるかもしれない。版権の問題などがあるのはわかっているのだけど、どうしても、と思うので超訳。たぶんミスだらけです。あらかじめごめんなさい。直すべき点はお教えください。 中東の「均衡化(proportionality)」 エドガー・ケレット 【テルアビブ発】12月27日にイスラエルがガザを空爆して何百人ものパレスチナ人を殺害しはじめてからというもの(犠牲者は初日だけで200人を越えたと伝えられる)、メディアで最も多く使われる言葉は「均衡」というものになった。 いったい何発の爆弾を落とせばいいのだろう?これが問いである。イスラエル南部の入植地や町に向けて発射されたミサイル(先月までに数百発に逹

    「ガザ」についてのエッセイ - どんな懐かしさをおぼえるとしても
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    kurokuragawa 2009/01/31
    スウィフト的な苦さ
  • Kojii.net - Opinion : 戦争はなくせないが、抑え込むことなら (2009/1/12)

    Gaza Strip における戦闘が止まないもんだから、反対運動に熱心な人があちこちにいる。それは個人の自由だけれども、「イスラエルと Hamas の非対称性が」とかいって、イスラエルによる武力行使はダメ、Hamas が Qassam ロケットなんかを撃ち込むのは OK、みたいな主張をする人がいる。 非対称性があれば武力に訴えてもいいかどうかはともかく、そういう主張をするのは個人の自由ではある。ただし、それならそれで「戦争反対」とか「話し合いで解決を」とか「非武装が合理的」とかいうことはいわないでもらいたいもの。正直に、憎っくきアメリカやイスラエルを滅ぼすためなら武力行使も OK、といえばいい。 よく「戦争はなくせる」とかいう主張をする人がいるけれども、個人的には懐疑的。当になくせるなら、これまで戦乱が絶えなかった理由が説明できない。こういうと「アメリカの陰謀があqwせdrftgyふじこ

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    kurokuragawa 2009/01/13
    歴史と人間の本姓について知ることが必要
  • イスラエルのしっぺ返し戦略 - マーケットの馬車馬

    The Economistの先週号と今週号の記事を読んでいて「うまいこと言うなぁ」と思ったのは、イスラエルの戦略をtit-for-tat戦略であると表現していた点だ。Tit-for-tat戦略というのは、何らかの交渉事において、「とりあえず最初は相手と協力を試み、相手に裏切られたらこちらも裏切り、相手が協力する限りはこちらも協力し続ける」という、ゲーム理論ではおなじみのしっぺ返し戦略の一種だ。単純な割に効果の高い戦略として知られている(注1)。 実のところ、これはイスラエルの「抑止力戦略」そのものだ。敵国から攻撃を受けたら、あらゆる手段を用いてでも、倍返し三倍返しで反撃する。それを学んだ敵国は「イスラエルを攻撃すると後が面倒だ」と、攻撃そのものを控えるようになる。(原則としてこれは自衛のための戦略であるという点に注意。)この観点から見れば、死者の数に著しい不均衡が生じるのは、もともとの戦略

    イスラエルのしっぺ返し戦略 - マーケットの馬車馬
  • http://www.asahi.com/international/update/0808/TKY200808080395.html

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    kurokuragawa 2008/08/09
    オリンピックの開会日に開戦かよ
  • 「軍命令」をめぐって - Apeman’s diary

    沖縄戦における「集団自決」をめぐる教科書検定問題については、これまで福田内閣の姿勢を「融和的」と評してきたわけだが、結局のところ「直接的な軍の命令だったことを示す根拠は確認できない」(強調引用者)という姿勢は崩さなかったようだ。強調箇所は慰安婦問題をめぐる「狭義/広義の強制」云々といった議論を連想させるが、「直接的な軍の命令」ということで一体なにを意味しているのだろうか? 従来「軍命令」があったと主張してきた論者も、別に大営が命じたとか第32軍の参謀部が起案して牛島司令官の名前で発せられた命令があったはずだ…などといったことはもちろん言っていない。「命令する側の論理」ではなく「命令される側の論理」で考えるなら、初年兵は古参兵の褌を洗濯させられる時にも「下級のものは上官の命を承ること実は直に朕か命を承る義なりと心得よ」であって、「それは軍の直接の命令でありますか?」などと尋ねようものなら、

    「軍命令」をめぐって - Apeman’s diary
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    kurokuragawa 2007/12/29
    命令より「空気」のほうが怖い
  • 日中戦争下の日本 - 池田信夫 blog

    9/14の記事のコメントで教えてもらって読んだが、たしかに著者はあとがきで、書の執筆中に「『丸山眞男』をひっぱたきたい」を読んで、「昭和戦中期の日とは、今の日のことではないか」という錯覚に陥ったと書いている。 軍部が独走し、言論を弾圧して国民を戦争に動員した、という常識的な理解は間違いである。当時の兵士の書いた手紙や新聞などの一次史料を読めば、兵士は赤木氏のように閉塞感の中で戦場に自己の実現を求めて行ったのだ。新聞も、検閲によってやむなく戦争を賛美する記事を書いたのではなく、争って戦地に従軍記者を送り、戦意高揚につとめた。 戦争は固定化した秩序を破壊する一種の祝祭であり、原初的な社会には対外的な戦争や対内的な「王殺し」のようなメカニズムが埋め込まれていた。それが「自然国家」になると、権力は世襲されるようになり、秩序は固定され、支配階級は腐敗する。それを破壊するという点で、戦争には

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    kurokuragawa 2007/09/18
    南京陥落以前(イケイケ)と以後(泥沼にうんざり)ではよほど違うのでは
  • 赤紙 - finalventの日記

    という言葉をとんと見かけなくなったし聞かなくなった。現物のリアリティを知る人が少なくなったからだろう。 すでに昭和40年代ぐらいから戦争が神話化していたように思う。赤紙=徴兵、というシンボルに直結していた。しかし、実際に諸処赤紙に触れた人のリアリティは奇妙な重層性があった。もちろん、戦争反対・賛成といった二極の直線的なものではないのだが、昨今の議論とかそいう一次元的な話が多すぎだな。私がネットウヨ?とかさ。 今の全共闘世代がハイティーンだったころ、その上の世代のべた左翼に誘導されて、「どうしてお父さんたちの世代は戦争に反対しなかったのですかぁ!」みたいな声を上げていた。戦中派のお父さんたちは答えられなかった。その答えられなさかげんを子供の私は見ていて、ああ若者ってバーカだなと思った。あんなバーカな若者になるのはいやだなと思った。つまり、全共闘世代みたいになるのだけはごめんだな、と。 小林秀

    赤紙 - finalventの日記
  • 私の中の日本軍 戦陣訓拘束説という神話: 森羅万象の歴史家

    東亜連盟戦史研究所付属-戦後の教科書が教えたくない歴史の真実から萌えるフィギュアまで、お気に入りの役に立つコレクション・日人のための情報・文献・破魔の三矢の論文等、ジャンルを問わず森羅万象あらゆる素敵な萌えるアイテムを揃えて日国に貢献します!入手困難の第一次資料満載の戦史「戦争の天才と謀略の天才の戦い」国民のための大東亜戦争正統抄史1928―56が絶賛公開中!学校教科書を信じる者は公務員試験に合格しない! ・団塊世代の方々-在日外国人地方参政権付与法は中国の新植民地主義を助長します・NHKドキュメント「日中戦争」の凄まじい偏向 南京大虐殺は虚構である!・急いでチェック!あなたは既に洗脳されていませんか?

    kurokuragawa
    kurokuragawa 2007/04/02
    「戦陣訓は実は当時のマスコミにかつぎ上げられてマスコミの中だけで拡まっていたものであり、それは現代のマスコミにも体質的に通い合うものがあるからではないか。」昔も今もマスコミは精神主義らしい
  • 歴史事実と歴史認識 | 不思議の国ニッポン

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    歴史事実と歴史認識 | 不思議の国ニッポン
    kurokuragawa
    kurokuragawa 2007/04/02
    本文はどうでもいいがコメント欄は読む価値あり
  • 「空気」を気にする日本人の精神主義的教育論 - Backlash to 1984

    歴史教科書における沖縄戦の記述をめぐる検定意見に、またぞろ感情的な反発が起きているようだ。一般人に対して自決するよう軍命令が出ていたわけではないが多数の集団自決があったことは史実であって、それを誤解させないように記すべしとの意見が、なぜに「旧軍の関与を否定した」ことになるのか。このような主張は、それこそ、「集団自決せよとの軍命令があってはじめて旧軍がそれに関与したと言えるのであって、そのような命令がなかったのであれば、住民の集団自決に軍の関与があったことにならない」と主張しているのと同じであろう。つまり右派がそんな馬鹿げた主張をしているのではなく、実は左派こそが主張しているのも同然ではないか。 命令もないのに人が自決したとしたら、その方が余程恐ろしいことではないか! - Munchener Brucke 題名のとおり、そのとおりである。「命令もないのに人が自決したとしたら、その方が余程恐ろ

    「空気」を気にする日本人の精神主義的教育論 - Backlash to 1984
    kurokuragawa
    kurokuragawa 2007/04/02
    自分にはこういう考え方のほうが納得できる
  • 教科書検定での「集団自決」に関するマスコミ報道のまとめ - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)

    以下のようなことが報道されましたので、 →時事ドットコム:日軍「強制」は修正=沖縄戦集団自決に初の意見−高校教科書の検定結果・文科省(時事通信) 2007/03/30-22:23 日軍「強制」は修正=沖縄戦集団自決に初の意見−高校教科書の検定結果・文科省 文部科学省は30日、主に高校2年生以上が来春から使用する教科書の検定結果を発表した。日史で、太平洋戦争末期の沖縄戦の際、日軍による強制で住民が集団自決したとする記述すべてに初めて検定意見が付き、各教科書会社は「日軍により」という部分を削ったり、「自決した住民もいた」という表現などに修正したりした。理科や数学では、学習指導要領の範囲を超える「発展的内容」が倍増した。 沖縄戦の集団自決を扱ったのは6社8点。うち5社7点に「実態について誤解するおそれのある表現」と意見が付き、「日軍に集団自決を強制された人もいた」が「集団自決に追い込

    教科書検定での「集団自決」に関するマスコミ報道のまとめ - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
  • 命令もないのに人が自決したとしたら、その方が余程恐ろしいことではないか!  - Munchener Brucke

    一般に自由主義史観とか反自虐史観の立場の人は、どうも「旧軍を悪者にするな」という点に執着し過ぎている気がする。それが文部科学省の検定にどこまで影響力を与えているかは知らないが、政府首脳の顔ぶれから、影響力は無視できない状況であろう。 今回の検定の論点は「集団自決に軍の正式な命令はなかった」という点だが、命令系統の正当性を争って旧軍の責任を最小化する運動にどのような意味があるのか? 私はいっそのこと軍の命令であってくれた方がよほどすっきりする。それならばそんな非道な命令を下すような軍隊を今後作らなければいいという明確な反省ができる。むしろ「軍の正式な命令がないのに、これだけの民間人が集団的に自決した」ということの方が、余程悪質に感じられる。教育や法にのっとらない社会的な圧力や同調的な意思決定を駆り立てによって、人間が自決するとしたら我々はいったいどうすればいいのか? 現代社会にも様々な同調圧

    命令もないのに人が自決したとしたら、その方が余程恐ろしいことではないか!  - Munchener Brucke
    kurokuragawa
    kurokuragawa 2007/03/31
    何で興奮してるのかわからない/↑興奮してないのに「!」を付ける意味がわかりません