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キリシタンの検索結果1 - 40 件 / 45件

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キリシタンに関するエントリは45件あります。 歴史宗教history などが関連タグです。 人気エントリには 『日本人学生がスイス人女性に、激しい口調で「なぜ秀吉はキリシタンを弾圧したのか?」と訊かれてた - Togetter』などがあります。
  • 日本人学生がスイス人女性に、激しい口調で「なぜ秀吉はキリシタンを弾圧したのか?」と訊かれてた - Togetter

    イサク @bER2YpZXY3TapXc 日本人学生がスイス人女性に、激しい口調で「なぜ?秀吉はあんなにも厳しくキリシタンを弾圧したのか?」と訊かれたそうです。学生はその激しい口調に驚きながら、努めて冷静にこう答えた。「秀吉がキリシタンを弾圧したのは三つの理由があります。 1、イエズス会の宣教師たちが、日本の女や子供を 2023-01-05 19:18:45 イサク @bER2YpZXY3TapXc 奴隷として他国に売り飛ばしたから。 2、キリシタン大名たちが、領土をバチカンに差し出そうとしていたから。 3、宣教師がキリシタンたちに命じて、神社やお寺を破壊しようとしていたから。 スイス人女性は何も言えなくなった。。秀吉は、ただ国や国民を護ろうとしただけですから、当然です。果たして 2023-01-05 19:18:45

      日本人学生がスイス人女性に、激しい口調で「なぜ秀吉はキリシタンを弾圧したのか?」と訊かれてた - Togetter
    • 迫害を逃れて海を渡った。長崎・五島、潜伏キリシタン移民の子孫が語り継ぐ差別、戦争、信仰の記憶|ニッポン複雑紀行

      大小140あまりの島々が連なる長崎県の五島列島。ペトロ尾上勇(おのうえいさむ)さんはその北部に位置する中通島(なかどおりじま)で生まれ育った。キリスト教徒であり、一人の漁師として生きてきた。「ペトロ」は洗礼名だ。 尾上さんは江戸時代のキリシタン禁制下でも信仰を守った「潜伏キリシタン」を先祖にもつ。江戸後期の18世紀末、多くのキリシタンたちは当時の迫害を逃れて、九州の外海(そとめ)地方(現・長崎市の北西部に位置)を離れ、たくさんの小舟で海を渡った。五島の島々に新天地を求めたのだ。 離島への大規模な移住には政治的な背景もあった。未開の土地を開拓する人手を欲しがった五島藩が、逆に人口が増えすぎて困っていた九州本土の大村藩に協力を求めたと言われる。その結果、3000人もの移民が五島を目指したが、その多くが潜伏キリシタンだったのだ。 2018年に世界遺産となった潜伏キリシタン関連資産が、九州本土だけ

        迫害を逃れて海を渡った。長崎・五島、潜伏キリシタン移民の子孫が語り継ぐ差別、戦争、信仰の記憶|ニッポン複雑紀行
      • 「このロボ、鬼畜すぎる」隠れキリシタンへの踏み絵を掲載してる教科書のキャラの添える一言が非道い

        @knight@ @at_knight @runrunpapa_2917 ロボット君、君は自分の一番大切な物を踏み潰せるのか? ロボット「了解しました(プチっ)」 俺「あああああ!」 2022-05-15 03:42:26

          「このロボ、鬼畜すぎる」隠れキリシタンへの踏み絵を掲載してる教科書のキャラの添える一言が非道い
        • 「こがんことはせんでよか」かくれキリシタンの子孫、信仰の継承断念も…子どもへの負担考慮か

          【読売新聞】 世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「 外海 ( そとめ ) の大野集落」(長崎市)で、禁教期から続く信仰を守ってきた「かくれキリシタン」の子孫が読売新聞の取材に応じ、1990年代に母親らが

            「こがんことはせんでよか」かくれキリシタンの子孫、信仰の継承断念も…子どもへの負担考慮か
          • ポルトガル商人に毎年1000人が海外へ売られた!『大航海時代の日本人奴隷』著者が踏み込んだキリシタン史のタブー

            ポルトガル商人に毎年1000人が海外へ売られた!『大航海時代の日本人奴隷』著者が踏み込んだキリシタン史のタブー 写真:Werner Forman/Universal Images Group/Getty Images ルシオ・デ・ソウザ/岡美穂子著『大航海時代の日本人奴隷 増補新版』(中公選書)は、書名の通り、大航海時代まっただ中の16世紀――日本では戦国時代――に、多くの日本人がポルトガル商人たちによって世界各地へ奴隷として売られていたことの実証研究をまとめたものである。旧版は好評を得て5刷と広く読まれたが、増補新版ではイエズス会の日本人奴隷取引とのかかわりや、秀吉の朝鮮出兵によって長崎市場が朝鮮人奴隷だらけになったことなどに関する研究を補章として加え、旧版以上に驚くべき内容となっている。 東京大学大学院情報学環(史料編纂所兼任)の岡美穂子准教授に、この時代の日本/日本人の奴隷貿易につい

              ポルトガル商人に毎年1000人が海外へ売られた!『大航海時代の日本人奴隷』著者が踏み込んだキリシタン史のタブー
            • 寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの(47NEWS) - Yahoo!ニュース

                寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの(47NEWS) - Yahoo!ニュース
              • 寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの | 47NEWS

                東シナ海を望む長崎市樫山地区にある小高い山「赤岳」。その麓にある天福寺に1978年、少し離れた地区に住む人々が訪れた。寺は貧しく、本堂の床は抜け落ちそうで、天井から雪が舞い込むありさま。お布施の収入は月6万円ほどしかなく、檀家に改築費用を募っている最中だった。 訪れた住人たちは約400万円もの寄付を申し出た。ただ、仏教徒ではないという。 「私たちは潜伏キリシタンの子孫です。お寺のおかげで信仰と命をつなぐことができました。少しでも恩返しがしたい」 1688年に建立された天福寺は曹洞宗のお寺。にもかかわらず、キリスト教が禁止され、厳しい取り締まりがあった江戸時代に、危険を冒して潜伏キリシタンを檀家として受け入れ、積極的にかくまっていた歴史がある。 「数百年後の恩返し」はあまりに突然だった。申し出を受けた住職は驚くと同時に、ある仏語が浮かび、恐ろしくもなったという。(共同通信=下江祐成)

                  寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの | 47NEWS
                • 江戸期に隠れキリシタンたちを庇ったお寺が数百年後に運営危機になったときに資金援助を受けたという映画のような話に宗教の素晴らしさと怖さを感じる

                  SOW@ @sow_LIBRA11 江戸期に隠れキリシタンたちをかばってあげたお寺が、数百年を超えて運営危機になったときに、資金援助を受ける・・・すげぇ、映画のような出来事。 だが同時に、「だからこその怖さ」も語る・・・ news.yahoo.co.jp/articles/2be93… 2023-12-01 10:54:30 リンク Yahoo!ニュース 寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの(47NEWS) - Yahoo!ニュース 東シナ海を望む長崎市樫山地区にある小高い山「赤岳」。その麓にある天福寺に1978年、少し離れた地区に住む人々が訪れた。寺は貧しく、本堂の床は抜け落ちそうで、天井から雪が舞い込むありさま。お布施の収 67 users 1342 SOW@

                    江戸期に隠れキリシタンたちを庇ったお寺が数百年後に運営危機になったときに資金援助を受けたという映画のような話に宗教の素晴らしさと怖さを感じる
                  • 目黒に隠れキリシタンが信仰した灯籠を見に行く

                    学生時代、「隠れキリシタン」について習った。 鎖国政策を行っていた江戸時代の日本ではキリスト教を信仰することを禁じられ、禁教令以降は厳しい弾圧を受けていたキリスト教徒たちが、命の危険を冒してまで隠れて信仰していたという事実に衝撃を受けた。 そんな隠れキリシタンの歴史に東京でも触れることができるという。 江戸城下でも、ひっそりと信仰の歴史は紡がれていたんだ……! というわけで、今回は目黒にある切支丹灯籠を見て回ることにする。

                      目黒に隠れキリシタンが信仰した灯籠を見に行く
                    • 幣束 on Twitter: "大野集落の南西、国道を下った所に鎮座する「門神社」 多くの神が合祀されており、石の祠内部には十字の紋様の入った御神体があるという。潜伏キリシタン達はこの神社の祭神を当地で活動した宣教師の名に重ねて「さんじゅわん」と呼び密かに祈って… https://t.co/b4ZWqDAn5V"

                      大野集落の南西、国道を下った所に鎮座する「門神社」 多くの神が合祀されており、石の祠内部には十字の紋様の入った御神体があるという。潜伏キリシタン達はこの神社の祭神を当地で活動した宣教師の名に重ねて「さんじゅわん」と呼び密かに祈って… https://t.co/b4ZWqDAn5V

                        幣束 on Twitter: "大野集落の南西、国道を下った所に鎮座する「門神社」 多くの神が合祀されており、石の祠内部には十字の紋様の入った御神体があるという。潜伏キリシタン達はこの神社の祭神を当地で活動した宣教師の名に重ねて「さんじゅわん」と呼び密かに祈って… https://t.co/b4ZWqDAn5V"
                      • 【繁昌神社】京都市中心で時の地層を発掘【斑女塚/キリシタン灯篭】 - ものづくりとことだまの国

                        はじめに 京都四条烏丸の交差点から徒歩7分。商売繁盛と良縁成就の #繁昌神社。近くの #斑女塚 と由縁。京都市中心に鎮座する謎めいた大岩は、イワクラか塞の石か天岩戸か。傍には #だいうす町 の名残 #キリシタン灯篭 #ザビエル 目次 繁昌神社(京都市下京区繁昌町308) 斑女塚(はんにょづか) キリシタン灯篭 本文 繁昌神社(京都市下京区繁昌町308) 繁昌神社(京都市下京区繁昌町308)(2021年11月上旬参拝) (35.00038627721255, 135.75780010364116)/京都市下京区繁昌町308/四条烏丸交差点から徒歩七分/一帯に菅大臣神社、松原道祖神社、五条天神宮 御祭神:(宗像三女神)市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命 繁盛神社 四条烏丸交差点から南西に徒歩七分。高辻通の北側に鎮座する神社。繁昌の宮、京の弁財天、班女ノ社 とも云われます。 繁昌神社(斑女塚)案内板

                          【繁昌神社】京都市中心で時の地層を発掘【斑女塚/キリシタン灯篭】 - ものづくりとことだまの国
                        • 細川家最後のキリシタン重臣 処刑、追放命令示す書状 熊本大、初の1次史料発見|熊本日日新聞社

                          -1 ? item.samune.replace('../../assets/img/og-image.png', '../../assets_separate/img_separate/noimage/noimage_400x266.png') : item.samune.replace('sns_share','crop_default').split('?')[0], 'background-position':'center', 'background-size':'cover', 'padding-top':'65%'}">

                            細川家最後のキリシタン重臣 処刑、追放命令示す書状 熊本大、初の1次史料発見|熊本日日新聞社
                          • 「医学的な根拠はない」のに、マスクを外せない...「キリシタンの踏絵」と化したコロナ対策の末路

                            2023年3月、マスク着用については個人の判断に委ねる方針を決定(東京都内)Kim Kyung Hoon-REUTERS <5月8日、感染症法における位置づけが「5類」になる新型コロナウイルス。私たちはこの日を境にマスクを外すのか。それとも「マスク信仰」を棄教することができないのか> 5月8日、ようやく新型コロナウイルスの感染症法における位置づけが「5類」になる。これは毎年流行する季節性インフルエンザと同じ位置づけなので、ようやく名実ともに、非常事態としての「コロナ禍」が日本でも終わることになる。 5類へ移行する方針が発表されて以来、世間の噂として持ちきりなのが「では、いつマスクを外すのか?」だ(なお政府によるマスクの勧奨は、すでに3月13日に終了済み)。しかし思い返せば、問われるべきは逆に「そもそもなぜ私たちは、いまだにマスクをしているのか?」であろう。 スウェーデン在住で医師の宮川絢子

                              「医学的な根拠はない」のに、マスクを外せない...「キリシタンの踏絵」と化したコロナ対策の末路
                            • ローマ教皇と交流 昭和天皇の親書やキリシタンの書簡見つかる | NHK

                              ローマ教皇庁があるバチカンと日本との交流に関する資料を調査している専門家のグループが都内でシンポジウムを開き、ローマ教皇と昭和天皇が交わした親書が新たに確認されたことなどを報告しました。 国内のキリスト教史の研究者などのグループは、バチカンと日本との交流に関する資料の調査や研究を3年前から行っていて、12日、上智大学で、これまでの研究成果を報告しました。 国際政治史が専門の日本大学の松本佐保教授は、1952年にローマ教皇のピウス12世と昭和天皇が交わした複数の親書がバチカンで新たに確認されたことを発表しました。 このうち、ピウス12世が昭和天皇に宛てた親書では、この年の4月にサンフランシスコ平和条約が発効して日本が主権を回復したことなどを祝うことばが記されています。 これに対する昭和天皇の親書には「祝意に対し、わが皇室並びに日本国民の深厚な感謝の意を表します」などと記されています。 松本教

                                ローマ教皇と交流 昭和天皇の親書やキリシタンの書簡見つかる | NHK
                              • 家康に仕えた悲劇のキリシタン「ジュリアおたあ」 直筆書状を発見:朝日新聞デジタル

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                                  家康に仕えた悲劇のキリシタン「ジュリアおたあ」 直筆書状を発見:朝日新聞デジタル
                                • 「日本で安全保障・軍事論は『悪』扱いされ、研究者は隠れキリシタンのようだった。今活躍しているのは、そういう人達」(細谷雄一氏ら) - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

                                  まさにこれにつきます。日本では安全保障論、軍事研究、戦争研究が「悪」として避けられてきました。だが村野さんのようにそれに精通していなければ、現在目の前で行われている戦争の意味も、本質も、今後の展開も理解できないのではないか。それは戦後の日本の平和教育の最大の盲点であったのでは。 https://t.co/5KLV8Fosxe— Yuichi Hosoya 細谷雄一 (@Yuichi_Hosoya) March 14, 2022 そして、今テレビなどのメディアでご活躍される鶴岡路人さんはロンドン大学キングスカレッジ戦争学部という最高の名門で博士号、東野篤子さん、小谷哲男さん、合六強さんは平和・安全保障研究所安全保障奨学プログラム修了と、正規の日本の大学以外で安保研究を行ってきた「隠れキリシタン」。— Yuichi Hosoya 細谷雄一 (@Yuichi_Hosoya) 2022年3月14日

                                    「日本で安全保障・軍事論は『悪』扱いされ、研究者は隠れキリシタンのようだった。今活躍しているのは、そういう人達」(細谷雄一氏ら) - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
                                  • かくれキリシタン、長崎・黒崎地区に今も約20世帯約40人…唯一の指導者「貧しくても信仰続けられた」

                                    【読売新聞】 明治政府が禁教を解いた後もカトリックに復帰せず、先祖らが築いた信仰形態を継承する「かくれキリシタン」。2018年に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界文化遺産に登録されたことで注目を集めるが、高齢化や後継者

                                      かくれキリシタン、長崎・黒崎地区に今も約20世帯約40人…唯一の指導者「貧しくても信仰続けられた」
                                    • 幕末に大量の隠れキリシタンが長崎で出現した経緯と幕府の対応

                                      浦上崩れ一番~三番 江戸幕府はキリスト教禁止を国策とし、五人組や宗門改制度や檀家制度を整備して、武士・町民・農民の身分を問わず信仰する宗教を調査し、さらに誰もがどこかの寺の檀家となることを義務付けられてから二百年以上の年数が経過しており、ほとんどの地域でキリスト教徒はいなくなったものと考えられていた。しかしながら一部の地域では、キリスト教の信徒組織が残されていて、何世代にもわたり密かに信仰が行われていたのだが、そのことが幕末に明るみに出て大問題となっている。 かつては幕府の直轄領であった、肥前国彼杵郡浦上村において、過去四度にわたりキリシタンが摘発されたことがあり、総称して「浦上崩れ」と呼ばれているのだが、寛政二年(1790年)の浦上一番崩れ、天保十三年の浦上二番崩れは、いずれも何人かが調べられたものの誰もがキリシタンであることを認めず、証拠不十分のまま釈放されている。しかし安政三年(18

                                        幕末に大量の隠れキリシタンが長崎で出現した経緯と幕府の対応
                                      • 日本一周 長崎 隠れキリシタンの里にある出津教会 – Zackey98.com

                                        Zackey98ですーしばらく健康診断を受けておらず 受ける機会があったので 受けに行って異常無かったのですが その際にPCR検査も一緒にやってくれて こちらも陰性ということでした 割と気を付けてる方なので 大丈夫だろうとは思ってましたが 無症状ということもありますし 結果として見られて安心しました 引き続き頑張りましょう 長崎旅行2泊目は道の駅で車上泊をし 起床後に近くにあった 出津(しつ)教会へ シンプルで清楚な造り 長崎はその土地柄 海外との交流が多く キリスト教の宣教師が 入ってきて信者達がいました しかし御存知の通り日本は一時期 様々な理由から禁教令を出しており 時代によっては弾圧していたので 隠れてキリスト教を信仰する 隠れキリシタンという存在が多くいました 日本の禁教令は世界的に見ても かなり厳しいものだったようで それに関連したものが現在 世界遺産となっています 学校で習っ

                                          日本一周 長崎 隠れキリシタンの里にある出津教会 – Zackey98.com
                                        • ブログ:隠れキリシタンの静かな祈り、高齢化する独自の信仰

                                          長崎市の外海(そとめ)地区で隠れキリシタンの信者組織の7代目「帳方(ちょうかた)」(代表)を務める村上茂則さん(69)は、「私は変えたくない。先祖から伝わって来たものを大事にしながら、今まで通りやっていこうと思っている」と話す。11月14日、長崎県長崎市で撮影(2019年 ロイター/Issei Kato) [生月島(長崎市) 15日 ロイター] - 着物姿の漁師、川崎雅市さん(69)は、聖母マリア像が飾られた祭壇の前にひざまずいて十字を切ると、何世紀にもわたって受け継がれてきた聖歌を静かに詠唱し始めた。長年の潮焼けが顔にしわを刻む。 川崎さんは、何百年もの迫害に耐えて独自の信仰を守り続けてきた隠れキリシタンの末裔の1人だ。仲間の数は年々減っている。川崎さんの信仰には仏教とキリスト教、神道の習わしが混在し、聖歌にはラテン語、ポルトガル語、日本語が交ざり合う。

                                            ブログ:隠れキリシタンの静かな祈り、高齢化する独自の信仰
                                          • 寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの

                                            寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの

                                              寺の住職がびっくりした「数百年後の恩返し」 床が抜けそうな貧乏寺の改築費用を寄付したのは、まさかの「潜伏キリシタン」の子孫だった 寛容さが現代社会に投げかけるもの
                                            • 島原・天草で250年も潜伏できたキリシタンの知恵と地質から見る一揆軍の強さの秘密とは #ブラタモリ

                                              リンク NHKドキュメンタリー - ブラタモリ「島原・天草~なぜキリシタンは250年も潜伏できた?~」 NHKドキュメンタリー - ブラタモリ「島原・天草~なぜキリシタンは250年も潜伏できた?~」 ブラタモリ 島原・天草 7

                                                島原・天草で250年も潜伏できたキリシタンの知恵と地質から見る一揆軍の強さの秘密とは #ブラタモリ
                                              • 茨木北の田園風景と隠れキリシタンの里 - 自由悠遊

                                                北関東の茨城ではなく、大阪府茨木市^^ 茨木の中南部は市街地と住宅街だけど、北部はのどかな山里で、5年前の初夏にサイクリングした時の記録。 MTBでイナロク(国道176号線)をひたすら北上してから、イナイチ(国道171号線)をひたすら東へ走り、茨木市へ。 中河原交差点を北に入り、東福井の三差路を右に進み、北へ向かってヒルクライムしていくと、のどかな景色が目に飛びこんでくる。 田園風景キター\(^o^)/ 1号線から細道に入り、隠れキリシタンの里へ。 こちらは入館無料のキリシタン遺物史料館。 この付近はキリシタン大名の領地だったため、当時多くのキリスト教信者が暮らし、禁教後も隠れキリシタンとなって信仰を守ったそうです††† 1号線→43号線とさらに北上していくと、見山郵便局の近くの高雲寺に、隠れキリシタンの墓碑が残されてる。 墓碑には十字が刻まれてるそうで、のぞきこんで探してみたけど、よくわ

                                                  茨木北の田園風景と隠れキリシタンの里 - 自由悠遊
                                                • [日本の秘密]明治時代も続く、隠れキリシタンの悲しい宿命

                                                  キリスト教はフランシスコ・ザビエルによって布教された キリスト教(カトリック)は、1549年にフランシス・コザビエルが来日してより徐々に普及していきました。戦国大名は、キリスト教の教義以上に、珍しい西洋の文物や新兵器鉄砲の威力に大きな魅力を感じ、九州の大友宗麟(おおともそうりん)や織田信長(おだのぶなが)のように宣教師を保護して、領内で布教を許すなどした事で布教も軌道に乗ったのです。 しかし、キリスト教が最初は宣教師、次に商人、最後に軍隊が乗り込んでいく侵略の尖兵と化している事が分かってくると、豊臣秀吉(とよとみひでよし)はキリスト教を警戒、1614年には、徳川家康(とくがわいえやす)により本格的な禁教令が出て、100万を数えたキリスト教徒は弾圧されるようになります。1637年にはキリスト教徒の一揆島原の乱が発生、激しい抵抗を示した為に、幕府のキリスト教弾圧はより激しくなり、キリスト教徒は

                                                    [日本の秘密]明治時代も続く、隠れキリシタンの悲しい宿命
                                                  • 「オラショ」研究の第一人者 皆川達夫さん死去 キリシタン研究に大きな影響 | 長崎新聞

                                                    Published 2020/05/27 11:00 (JST) Updated 2020/05/27 16:11 (JST) 長崎県平戸市・生月島でかくれキリシタンが伝承してきた祈りの歌「オラショ」研究の第一人者で、立教大名誉教授の皆川達夫さんが4月に亡くなった。92歳。生月のオラショの原曲が16世紀のイベリア半島で歌われた聖歌であることを突き止めるなど、その後のキリシタン研究に大きな影響を与えた。功績を振り返る。 「紳士的な方で、いろいろ教えていただいた。研究はとても実直で、学問に対する情熱がすばらしかった」。かくれキリシタンの研究者で市生月町博物館学芸員の中園成生さんは振り返る。同館が開館した1995年に初めて会い、その後何度も調査で生月を訪れた皆川さんと親交を持った。晩年も手紙でやりとりを続けたという。 皆川さんは27年東京生まれ。東京大文学部卒、同大学院修了。西洋音楽史を研究し、

                                                      「オラショ」研究の第一人者 皆川達夫さん死去 キリシタン研究に大きな影響 | 長崎新聞
                                                    • 日本で弾圧されたキリスト教は、ふるさとでは弾圧する側だった...キリシタンとユダヤ教徒の〈隠れの思想〉

                                                      JR長崎駅から歩いて5分ほどで「日本二十六聖人殉教記念碑」に着いた。記念碑そのものの写真しか見たことがなかったので、昨年9月に訪れたとき、キリシタンの刑場であったこの地が街の中にあることを意外に思った。 恐らく意識のなかでも世俗的な雰囲気から切り離し、神聖な部分だけを取り出して見ていたのだろう。 1597年、豊臣秀吉の命により26人のキリシタンがここで処刑された。日本で初めて起きた大殉教であり、記念碑はローマ・カトリック教会による26人の列聖100年を記念して1961年に建立された。 足を宙に浮かべて横一列に並ぶブロンズ像に向き合うと、命をかけて信仰を守る崇高な精神を感じないわけにはいかない。 しかし、と心は同時に思うのだ。信仰は命より大事なのだろうか、信念を貫くことの神聖化は危うさも孕んでいるのではないかと。 それは、2001年に偶然いたニューヨークで目撃した「9・11」から、近年のトラ

                                                        日本で弾圧されたキリスト教は、ふるさとでは弾圧する側だった...キリシタンとユダヤ教徒の〈隠れの思想〉
                                                      • 「温泉むすめ」の話に見せかけた潜伏キリシタンの話|ちゆ12歳

                                                        前置き最近、「温泉むすめ」が話題になりましたね。 昔、ちゆのお兄ちゃんがニコニコに投稿した動画で、チラッとだけ「下田莉華」に触れたことがあるのですが、 正直、100人以上いる「温泉むすめ」をそれほど把握できておりません。 「よく知らないけど、なんか地域活性化に二次元キャラを使うヤツの一種」程度の認識で、たまたま縁があった何人かの「温泉むすめ」は好きかな……くらいの感じでした。 「日本のキリスト教を踏みにじる行為」さて、11月15日に、「温泉むすめ」のプロフィールが「性差別で性搾取」だという批判が起こりました。 個人的な感想としては、観光庁の後援を受け続けたいプロジェクトとしては少し悪ノリがあったかも知れないけど、それもすでに変更されたし、現時点で特に問題はないかな……と思っております。 (他に何かあったとしても、その点だけ変更すれば良さそうな感じで) しかし、「温泉むすめ」を批判する側にし

                                                          「温泉むすめ」の話に見せかけた潜伏キリシタンの話|ちゆ12歳
                                                        • キリシタン106人追悼 江戸時代に松前藩処刑 福島・大千軒岳でミサ:北海道新聞デジタル

                                                          【福島】江戸時代に松前藩によって処刑されたキリシタン106人の追悼ミサが7月30日、町内の大千軒岳(1072メートル)中腹の金山番所跡で行われた。函館や札幌、大阪などから集まったカトリック信者ら19人が祈りをささげた。...

                                                            キリシタン106人追悼 江戸時代に松前藩処刑 福島・大千軒岳でミサ:北海道新聞デジタル
                                                          • 関西の隠れキリシタンはいつ「発見」? 明治期の書簡を仏で確認 | 毎日新聞

                                                            隠れキリシタンの里として知られる千提寺地区の風景=大阪府茨木市で2023年4月10日午後2時40分、花澤茂人撮影 関西で隠れキリシタンが「発見」されたのはいつか。大正期の1920年とされた通説を40年以上さかのぼる明治期だったことを示す書簡が、フランスで保存されていたことが分かった。江戸幕府などによる禁教が解かれて間もないころ、大阪北部の山あいに住む信徒が「アーメン サンタマリア様」とオラショ(祈りの言葉)を暗唱したなどと、具体的なエピソードも記録されていた。「忘れられた発見」が明らかになり、専門家も注目している。 ザビエルの肖像画が出た地区 書簡を確認したのは、フランス国立極東学院で日本史を研究するマルタン・ノゲラ・ラモス准教授。2022年5月、パリ外国宣教会(MEP)の資料館で、明治期に大阪で布教活動をしていた「プレシ」という宣教師がまとめた報告書に、大阪北部の隠れキリシタンに関する記

                                                              関西の隠れキリシタンはいつ「発見」? 明治期の書簡を仏で確認 | 毎日新聞
                                                            • 隠れキリシタン五輪塔  大分県豊後高田市大岩屋 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ

                                                              場所: 大分県豊後高田市大岩屋 座標値:33.5928774,131.5249769 応暦寺の境内に祀られている五輪塔です。 大分県の国東市で生まれた"ペトロ岐部"氏によって国東半島にキリスト教がもたらされました。 "ペトロ岐部"氏の生きていた時代は キリスト教徒への弾圧がとても強く、 ペトロ岐部は殉教を覚悟して日本へ戻ってきたそうです参照。 そんな、キリスト教徒への強い弾圧。キリスト教信仰の証のひとつが、この隠れキリシタン五輪塔にあらわれています。塔身部分に十字架が刻まれています。

                                                                隠れキリシタン五輪塔  大分県豊後高田市大岩屋 - 日々の”楽しい”をみつけるブログ
                                                              • 「医学的な根拠はない」のに、マスクを外せない...「キリシタンの踏絵」と化したコロナ対策の末路(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース

                                                                <5月8日、感染症法における位置づけが「5類」になる新型コロナウイルス。私たちはこの日を境にマスクを外すのか。それとも「マスク信仰」を棄教することができないのか>【與那覇 潤(評論家)】 5月8日、ようやく新型コロナウイルスの感染症法における位置づけが「5類」になる。これは毎年流行する季節性インフルエンザと同じ位置づけなので、ようやく名実ともに、非常事態としての「コロナ禍」が日本でも終わることになる。 【動画】マスク姿のアジア人女性がNYで暴行受ける 5類へ移行する方針が発表されて以来、世間の噂として持ちきりなのが「では、いつマスクを外すのか?」だ(なお政府によるマスクの勧奨は、すでに3月13日に終了済み)。しかし思い返せば、問われるべきは逆に「そもそもなぜ私たちは、いまだにマスクをしているのか?」であろう。 スウェーデン在住で医師の宮川絢子氏によれば、コロナ禍以前は本来、マスクが感染予防

                                                                  「医学的な根拠はない」のに、マスクを外せない...「キリシタンの踏絵」と化したコロナ対策の末路(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース
                                                                • 潜伏キリシタンの歴史の舞台「大浦天主堂」へ - 続キロクマニア

                                                                  みなさま、こんばんわぁあです 金曜日だぁあ お盆で会社も暇だったり、台風だったり まともに働いてないくせに なんだか、疲れた… 今週の仕事がやっと終わりましたぁあ う、うれしぃー!! 5月某日 連日お届けしておりますが ワタシは相方と、九州に遊びに来ておりました 熊本空港からね、佐賀の武雄温泉 長崎の佐世保から、市内へ 昨日は、あの有名な「グラバー園」 今日は、長崎の歴史を語る上で 非常に重要な 「大浦天主堂」のおはなしです 「大浦天主堂」は 正式には 「日本二十六聖殉教者聖堂」といいます 豊臣秀吉のキリシタン禁教令によって 1596年に大阪や京都で捕縛され 市中引き回しにされたあと 裸足で、1ヶ月かけて長崎まで連行され 日本人20名(そのうち子供3名)、外国人6名が 長崎西坂の丘で処刑されました そののち 1862年、ピオ9世教皇により 26人が聖人に列せられたことを受け それを捧げるた

                                                                    潜伏キリシタンの歴史の舞台「大浦天主堂」へ - 続キロクマニア
                                                                  • 【眠狂四郎無頼控 魔性の肌】悪魔崇拝再び。隠れキリシタンとテログループ「黒指党」の争いの中、眠狂四郎誕生の秘密が醜く暴かれる。 - カタツムリ系@エンタメ・レビュー (ポップ・サイエンスはデフォルト)

                                                                    こんにちは、カタツムリ系です🐌 「魔性」という言葉。本シリーズに、本当に馴染むテイスト。以前にも「魔性剣」という作品ありました↓ 本シリーズの骨太いところは、いつもストーリーに縦糸と横糸を用意している、重層的な作品の作り、という印象が強いです。縦糸というのはメインテーマで、本作品なら、隠れキリシタンの幕府との闘いであり、ほかの作品なら、藩内の勢力争いとか、幕政改革のゴタゴタとか。横糸は、メインテーマとは別に追求されるサブテーマ。本作品なら、眠狂四郎の出生の秘密が如何に明かされるか。そんな用意周到なスタンスが、本シリーズに深みを与えているようです。 ———————————————————————— 【目次】 おすすめポイント①眠狂四郎誕生の秘密 ②悪魔崇拝 ③ジャズ・バッグバンドのバック演奏 作品紹介 黒指党(クロユビトウ)という隠れキリシタンの地下組織 名ゼリフ集 ———————————

                                                                      【眠狂四郎無頼控 魔性の肌】悪魔崇拝再び。隠れキリシタンとテログループ「黒指党」の争いの中、眠狂四郎誕生の秘密が醜く暴かれる。 - カタツムリ系@エンタメ・レビュー (ポップ・サイエンスはデフォルト)
                                                                    • 大阪茨木市の、隠れキリシタンの里を訪問 - ミトラのブログ 秘境と異世界

                                                                      隠れキリシタンの里 隠れキリシタンは長崎が有名で、大阪にも居たことはあまり知らていない。 実は自分も通りかかって偶然看板を見ただけで、それまでまったく知りませんでした。 江戸時代のキリスト教禁止は徳川幕府が発した禁令で、地域によって取り締まりには差があったようです。 茨木は江戸時代に幕府領でしたが、島原にしても京都にしてもキリシタンが潜伏していたのは幕府領が多かったようです。 幕府領は直轄領のため、治安を維持するためなどの目的で年貢率が低かったり、領民に「甘い」ところがあった。 比べると諸藩はいつ幕府に取り潰されるか分からず、徹底的にキリシタンを弾圧する傾向があったようです。 例えば元禄時代に有名な赤穂浪士の討ち入り事件がありましたが、あの時赤穂の領民は重税と弾圧で苦しんでいたので、赤穂が取り潰されて大喜びしたと伝わっています。 時代劇では藩の取り潰しは悲劇として描かれるが、領民にとっては

                                                                        大阪茨木市の、隠れキリシタンの里を訪問 - ミトラのブログ 秘境と異世界
                                                                      • 弾圧下にある「中国のキリシタン」の仰天実態

                                                                        社会主義国家である中国では、あらゆる宗教が中国共産党の管理下に置かれ、それに属さない宗教組織は取り締まりの対象となる。 プロテスタントについても、三自運動と呼ばれる反帝国主義的な中国人クリスチャンの愛国運動が、中華人民共和国の建国後に共産党体制に協力する形へと再編された。 結果、中国国内の各教会は、「帝国主義的な」西側諸国の教会との連絡を絶たれたうえで、三自委員会という親政府系の組織によってたばねられることになった。 だが、信仰が政治に支配されることに違和感を覚えて三自委員会から距離を置き、民間でひそかに信仰を伝えるプロテスタント各派も数多く存在した。 こうして地下に潜った各派の教会が、「家庭教会」(家の教会)や「地下教会」の名で総称されることになる(比較的黙認されている民間教会を「家庭教会」、厳しく弾圧されているものを「地下教会」と呼び分けるとする主張もある)。 厳しい弾圧でも数千万規模

                                                                          弾圧下にある「中国のキリシタン」の仰天実態
                                                                        • 日本人が知らない「潜伏キリシタン」迫害の歴史(高木 香織) @gendai_biz

                                                                          来日時の教皇にも寄り添って 2019年11月23日から26日にかけて、ローマ教皇フランシスコが来日した。 過密なスケジュールの中、長崎と広島を訪れて被爆者を見舞って世界に平和を訴えたその姿は、いまも記憶に新しい。教皇が強く希望したのが、カトリック教徒迫害の地である長崎訪問だった。 そして、教皇に寄り添うようにお世話をしたのが、前田万葉枢機卿である。教皇の来日直前に前田枢機卿に伺ったお話を胸に、今回私は前田枢機卿の生まれ育った五島列島を訪れた。前田枢機卿は、日本唯一のカトリック枢機卿である。 私が訪れた五島列島は、長崎県の西に位置する、北から順に中通島(なかどおりじま)、若松島、奈留島、久賀島、福江島をはじめとした大小140余りの島が重なるように浮かぶ美しい島々である。ここは、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」としてユネスコの世界文化遺産にもなっている。 前田家は、壇之浦の戦いで敗れ

                                                                            日本人が知らない「潜伏キリシタン」迫害の歴史(高木 香織) @gendai_biz
                                                                          • 天地始之事─隠れキリシタンの手作り聖書─(ハコ) - カクヨム

                                                                            【天地始之事】 禁教下の江戸時代に執筆され、長崎の隠れキリシタン達が書写して秘密裏に読んでいたと思われる手作りの聖書。数冊の写本が現存し最も古い写本は文政年間書写と記されている。 キリスト教に関する一切の資料が破棄された中で口伝の記憶のみを頼りに書かれ、空白の部分には神道、仏教、民間信仰の知識を差し入れて補完された事から、今日から見れば奇妙に伝わった部分や日本の民話等と混濁してしまった部分が随所に見られる。 そこに描かれている日本的なものと西洋的なものが奇妙に同居している不思議な情緒は、今日に生きる我々の興味を却って強く掻き立てる。 『天地始之事』は非常に面白い書物なのですが、ネット上で簡単に読める口語訳が今のところ無いようなので稚拙ながらやっていってみようと思います。素人の拙訳なので誤…続きを読む

                                                                              天地始之事─隠れキリシタンの手作り聖書─(ハコ) - カクヨム
                                                                            • 潜伏キリシタン400年守り伝えた「雪のサンタマリア」修復 ローマ法王に複製品贈呈へ|文化・ライフ|地域のニュース|京都新聞

                                                                              潜伏キリシタンが受け継ぎ、修復された「雪のサンタマリア」。上はローマ法王に贈られる複製品(京都市左京区・宇佐美修徳堂) 豊臣秀吉や江戸幕府から弾圧された潜伏キリシタンが、400年近く守り伝えてきた絵画「雪のサンタマリア」が、京都市内の文化財修復会社によって修復された。和紙に西洋技法で描かれた聖母マリア像は、日本の禁教史を象徴する重要な史料とされ、竹筒に隠し持ったことで刻まれたしわや、近世に補修された跡をとどめた形で修理した。複製品も作成され、今月下旬に来日するローマ法王に贈られる。 雪のサンタマリア(縦28・1センチ、横21・8センチ)は、キリスト教伝来後の16世紀末から17世紀初頭に日本で制作された。イエズス会士でイタリア人画家のジョヴァンニ・コーラに教わった日本人が描いたとみられる。弾圧が始まると、長崎の潜伏キリシタンによって受け継がれ、現在は日本二十六聖人記念館(長崎市)が所蔵してい

                                                                                潜伏キリシタン400年守り伝えた「雪のサンタマリア」修復 ローマ法王に複製品贈呈へ|文化・ライフ|地域のニュース|京都新聞
                                                                              • 「マリア観音」か、弾圧キリシタンが流された奈良で見つかる…情報提供呼びかけ

                                                                                【読売新聞】 幕末から明治初期のキリシタン弾圧「浦上四番崩れ」で、長崎市浦上地区のキリシタンが流された地域の一つだった奈良県大和郡山市で、子供を抱いた石像が見つかった。同市のキリシタン研究をしていた同県立奈良高校(奈良市)の仲野純章

                                                                                  「マリア観音」か、弾圧キリシタンが流された奈良で見つかる…情報提供呼びかけ
                                                                                • キリシタン大名大友宗麟 - 暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

                                                                                  日本に初めてキリスト教が伝わったのは、今から遡ることおよそ470年前。 日本は戦乱に明け暮れる戦国時代。 人々はキリスト教に救いを求めた。 大名とて例外ではない。 イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルを手厚く保護したのが豊後の大名大友宗麟(おおともそうりん)です。 ルイス・フロイスは大友宗麟を「日本にある王侯中、最も思慮あり聡明英知の人」と紹介しています。 目次 家督相続への道 大友宗麟の南蛮貿易とキリスト教 大友家最盛期 宗麟、出家する 日向出兵からの秀吉九州制圧 宗麟らが派遣した天正遣欧使節 家督相続への道 大友宗麟は享禄3年1月3日、大友義鑑の嫡男として九州豊後国府内に生まれました。西暦でいうと1530年1月31日。492年前の今日です。5月4日説あり 鎌倉以来およそ400年にわたって、国を治めている大友家です。 ただ嫡男でありながら、家督相続はすんなりといかず、弟塩市丸を推す一派

                                                                                    キリシタン大名大友宗麟 - 暮らしと勉強、猫と一緒に~Bettyのブログ

                                                                                  新着記事