関東大震災から100年の9月1日。東京都人権部による飯山由貴作品検閲に抗議し都庁で申し入れとデモを実施飯山由貴の映像作品《In-Mates》が関東大震災の朝鮮人虐殺事件に触れていることなどを理由に、東京都人権部の検閲により上映中止となった問題で、震災から100年となる9月1日、都に対しての改めての申し入れや抗議デモが行われた。 文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長) 写真=安原、三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

新大阪駅から大阪難波駅経由で約30分。河内小阪駅のほど近くには、「イソノ理容」という看板を掲げる理容室がある。上を見上げると、屋上には手づくりの天守閣がそびえ立っており、住宅街に突然現れるこの異様な景観が街の名所となっている。ここは大阪城ならぬ「小阪城」としてウィキペディアに掲載されるほど有名な場所として知られている。作者は、この理容店を営む磯野健一さんだ。 1936年生まれの磯野さんは、父親が1932年に創業した店舗を引き継ぎ、今年85歳になるいまでも店に立ち続けている。若い頃は、櫛を使わず刈り上げ部分を直接鋏の刃で整える技術である直鋏(じかばさみ)の達人、松岡達夫氏のもとで修行をしたこともあるが、型にはまった理容業界のあり方に嫌気が差していたようだ。 40歳ごろ、父親から店を引き継いだことを機に、当時としては洒落た設計だった店舗を使いやすいよう自分なりに改装。近隣には、戦前に建てられた
── 今回は表象文化論学会『REPRE』の特集で、現場で活躍されている方に「学会に期待すること」を伺うという趣旨でインタビューをお願いしました。小田原さんは彫刻家として活動される一方、『彫刻の問題』という書籍を出版され、執筆活動にも力を入れられています。また、作品制作にあたり、現場のリサーチを丹念に行われています。小田原さんは調査や研究活動の場をご自身の制作にどのように活用していきたいとお考えでしょうか。まずは、そうした小田原さんのご活動の背景について伺えますか。 小田原 話は遡りますが、かつて私が在籍していた多摩美術大学彫刻学科では、本を読んだり勉強したりすることが推奨されない雰囲気がありました。これはとても問題だと思っていて、ある意味では反知性主義だと思うのです。私が直接教わっていた先生はそういうタイプではなく、自分の研究室にライブラリスペースをつくって、学生に本を貸してどんどん勉強し
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