1.はじめに 我々徳山高校地理歴史部は、今回の文化祭にあたりサビエルについて調査することにしました。というのも我々は、彼について知っているようで、本当はよく知っていないのではと思ったからです。 「1549励めよ、キリスト教」我々はこのことば以外に彼のことを何か知っているでしょうか。サビエルが本当に我々に伝えようとしたのはキリスト教だけだったのでしょうか。彼から学べる歴史は、あの語呂合わせだけなのでしょうか。 ちょうど今年はサビエル来日450周年(当時)です。この機会にみなさん、彼についてもう一度学んでみてはと思います。 徳山高等学校地理歴史部 2.メディナ神父のお話 我々はサビエルのことを調査するにあたり、一人の人物に巡り会った。その方はフランシスコ・サビエルの姉の直系の子孫にあたる方で、現在徳山キリスト教会におられ、サビエルのことについて、講師をされているメディナ神父という方であった。我
またの名を “ ベルトランの娘 ” アフォンソ5世妃 ジョアナ・デ・トラスタマラ 1462~1530/在位 1475~1479 ファナ(ジョアナ)の母親はポルトガル王ドゥアルテとレオノール・デ・アラゴンの 王女ジョアナで、父親はカスティーリャ王エンリケ4世ということになっていますが スペインでは “ ファナ・ベルトラネーハ(ベルトランの娘)” と呼ばれていました。 ベルトランとは母と噂のあったアルブルケルケ伯のことです。 母ジョアナは司教フォンセカの城へ追放にされた上に フォンセカの甥と愛し合っちゃって、1468年に結婚を取り消されました。 エンリケ4世はイサベル1世の異母兄にあたります。 異母妹弟を恐れたエンリケは早々にファナを後継者に指名して カスティーリャ王位を要求するアフォンソ5世と結婚させることにします。 アフォンソは1455年に王妃イサベル・デ・アヴィシュを亡くしていました。
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