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歴史と史料に関するamanoiwatoのブックマーク (3)

  • 「シュン@ひろしまタイムライン」についての朝鮮人記述と実際の「日記」との比較 - 電脳塵芥

    続編的記事。 「シュン@ひろしまタイムライン」について出典元やその他の書籍との比較 - 電脳塵芥 NHKの「ひろしまタイムライン」というツイート企画の中で以下の内容が投稿されました。 この企画は1945年の広島を生きた3人の日々をSNSで毎日発信するというものでありますが、その内容は原そのままではなく原となる日記をもとに今の10代の若者たちがアレンジして発信というもの。上記の「朝鮮人」記述は現代の差別的状況を鑑みた場合や戦争への反省、加害責任を考えた場合には前提となる知識や注釈なしで情報を発信するにはあまりにも迂闊な事であり、朝鮮人が受けてきた被害の歴史をある時点での来比較にならないほどの「加害」によって日人が与えてきた加害を感情的に相殺させる作用さえあります。また戦後に朝鮮人による暴力事件があったのは事実でありますが、それを在特会などが誇大的に発した「朝鮮進駐軍」という【デマ*1

    「シュン@ひろしまタイムライン」についての朝鮮人記述と実際の「日記」との比較 - 電脳塵芥
    amanoiwato
    amanoiwato 2020/08/23
    こういうのを史料批判と言うんだろうな。例の企画はこうした準備や作業とか、それによるアドバイスや監修をする人がいなかったんだろうな。
  • 奈良時代に看病で休暇願、戦後不明の文書発見 : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    奈良時代、国家事業として行われた写経の担当者が書いた「休暇願」と、写経所の材の使用状況を記した正倉院文書が見つかった。 明治初期までに流出し、太平洋戦争後は所在不明になっていたが、東京の個人が秘蔵していたものを奈良国立博物館が調査して確認。ほぼ奈良時代当初の姿を保っており、同博物館は「流出した正倉院文書が当時のまま見つかるのは珍しく、重文級の発見」と評価している。 文書は縦約29センチ、横約25センチ。表には「万昆嶋主(まこんのしまぬし)」という名前の下級役人で経文を筆写する担当者(経師)が、重病にかかった「姑(父親の姉か妹)」の看病のために4日間の休暇を願い出た内容が墨書きされている。「天平寶字(てんぴょうほうじ)二年(758年)七月●(にじゅう)八(28)日」の日付があった。(●は廿から下の横棒を取る)

  • 大坂冬の陣の布陣図発見、合戦直後に作成か : 文化 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

    1614年の大坂冬の陣の布陣を描いた絵図が東京都内で見つかった。 豊臣家が滅びた大坂夏の陣(1615年)の絵図は江戸後期に写されたものが多く残るが、冬の陣図は珍しい。戦いの直後に描かれた可能性もあるという。 この絵図は縦37センチ、横27センチで、表題部分は欠けている。東京・神田の古書補修業者が古書を分解中、裏紙として使用されていたのを発見した。 徳川秀忠を示す「将軍様」、家康を示す「御所様」のほか、布陣する武将名と兵数、大坂城の堀の位置や、中之島や日橋など地名が記されている。また、豊臣側に、実際には徳川側で参戦した武将「杉原長房 4万人」との記述があり、誤記とみられる。 出版文化史に詳しい大東急記念文庫(東京)の村木敬子学芸員は、陣立ての描き方や紙の古び方などから、一枚刷りの「冬の陣図」としては、「大坂城之図」(江戸東京博物館蔵)に次ぐ古さである可能性が高いと指摘。入手した安土堂書店の

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