築地の住民にとっては「寿湯」が廃湯になってから、銭湯難民化してしまい、職場の高円寺で入るか、自宅界隈では、湊町か月島にわたってまだ残る銭湯に入ることしか手がなくなってきました。 勝どき湯はビル銭湯で自宅から歩いて一番近い風呂屋になりますので、ひと風呂浴びて、初夏の夜風が涼しくなった頃に勝鬨橋、隅田川テラスで火照りをさましたました。 まもなく豊洲に移転(そこに移ってからも様々な大問題が発生すること間違いない!)する築地市場の開設は昭和12年(1937年)なので、79年ほどの歴史だったことになります。江戸から東京へ、日本橋から築地へ、そして湾岸へ。人生第4コーナーをヨロヨロ駆け回っているオヤジの残された日々でどんな社会光景が広がるのでしょうか?安穏としたものではないこと。それは確かなようです。
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