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ブックマーク / 1day.hatenablog.jp (17)

  • 歌 - 一日

    2015-04-21 歌 天気の良い休日に、せまい家のなかでふたりっきりで閉じこもっているなんておかしいと言って、息子を連れて外に出た。電車に乗って降りてまた電車に乗って降りてモノレールに乗って、車窓から太陽の塔が見えて、あそこに行きたいと息子がせがむから、あわてて万博公園の駅で降りた。 太陽の塔なら子どもの頃から何度もテレビで見てきた、なんだかわかんないけどかっこいいと思っていた、周りの大人はお前みたいなもんにゲージュツがわかるもんかと嗤ったけれども、なんにも知らない子どもにだって自分が見たものがかっこいいものかかっこ悪いものかの判断ぐらいできる。 事実いま目の前でわたしの息子は「太陽の塔大好き! 大好き!」と言って、盛んにとびはねている、むこうの遊具で遊ぼうよと誘っているのに既に三十分以上も太陽の塔の前にいる。ほら見ろ、と故郷に電話をして怒鳴ってやりたいが勿論そんなことはしないし、だい

    歌 - 一日
  • 恋というよりは身勝手 - 一日

    2015-01-30 恋というよりは身勝手 もうずっと昔の話だけど、その頃のわたしは駅がわけもなく好きだった。大きな駅でも小さな駅でも、どちらでも構わない。 住んでいたのは木造のぼろいアパートで、窓から駅のホームが見えた。遊びに来るたいていの友人は電車が通るたび部屋が揺れるのに驚いて「はやく引っ越しな」と一様に言ったけれども、駅が好きだからここに住んでいるなんて説明すると変な人だと思われそうだし、だから「お金がないからだめ」といつも同じように答えて誤魔化していた。窓からホームを見るのも良かったけれども、駅まで歩いていって待合室のかたい椅子に座って、ぼんやりするのもまた良かった。改札に吸いこまれていく人や電車から一斉に吐き出される人を眺めるのがおもしろかった。 どこかに行く人たち、家に帰る人たち、皆駅をめざすけれども駅に留まることはない。誰も留まらない場所にいる、というのがなんだか良かっ

    恋というよりは身勝手 - 一日
  • 色えんぴつ - 一日

    2014-11-07 色えんぴつ 世の中の人間を種類別に色分けるとする、そうしたら確実に自分たちは同じ色で塗りつぶせる、とあなたはわたしに言った。社会の授業で地図に色塗ったよね、あんな風に。 それはいったい何色なのかと尋ねると何色でもいいんだよとにかく同じ色、とにかく他とは違う色なんだと答える。わたしは色えんぴつで赤や緑に塗られた大陸に挟まれた、うす水色のちいさな島を想像してみた。うす水色はわたしの好きな色で、わたしよりあなたによく似合う。 学校という世界の中に教室という小さな世界があって、その小さな世界の中にもうひとつ小さい、わたしとあなたの世界があった。その世界の中でわたしとあなたは実によく遊んだ。花火を見た。海を見た。自転車をふたり乗りして遠くの空港に行って、飛行機を見た。金網越しに滑走路を眺めながら、行きたい国を言い合った。お互いたくさんあり過ぎて、なかなか話が終わらなかった。 ペ

  • かえり道 - 一日

    2014-10-07 かえり道 道路にまっすぐに引かれた線の上を歩く。車道外側線と呼ぶらしいけども、わたしはただ白い線と呼んでいる。名前なんてどうでもいい。子どもの頃にも、よくこんな風にして歩いた。白い線は細い板でこの下は海なのだと想像しながら、うまく渡り終えたらきっとなにもかもうまくいくと思いながら。子どもはみんな無邪気で純粋だなんていうのはまるきり嘘っぱち、だってあの頃のわたしには悩みがたくさんあった。 お父さんとお兄ちゃんが喧嘩しませんように お母さんが泣きませんように 隣のお家のちかちゃんに明日は人形を取られませんように お風呂の壁に今夜はやもりがいませんように お弁当にほうれん草が入ってませんようにそれらが軽い悩みだと感じるのは既に大人だからで、小さな人が小さな心に抱えれば、それはたいへんな重さなのだった。 心は箱とおんなじで、たぶんあの頃のわたしはマッチ箱ぐらいだっ

  • 釦 - 一日

    2014-09-23 釦 道端に釦(ボタン)がひとつ落ちていた。花のかたちをしていて、中央に真珠のようなビーズが嵌っていた。七歳のわたしは「真珠のような」ではなく真珠だと思ったし、だから宝物を見つけたように興奮しながら拾って、走って家に帰って母に渡した。 母は一度ありがとうと受け取ってから「きれいだと思うならあなたが持ってなさい」と返してきた。 お母さんは全然こんなの欲しくなかったんだな、とがっかりした。こどものわたしには宝石に見えたとしても大人にとってはただのごみらしかった。小説というのをはじめて書いたのは三十五歳の時だった。ひとつ書いたらその後から書きたいことが次々湧いてきて、夢中になって書き続けた。ようやくかたちになったものを公募の賞に出して、それが最終候補に選ばれたという電話をもらった時に最初に頭に浮かんだのは母の顔だった。 子どもの頃から何をやってもだめで、ほめられたことが

  • そんな日もある。

    2014-07-20 花と星 土竜の死骸を見たことがある。私は六歳で、ラジオ体操の帰り道だった。遠くの山で蝉が鳴きはじめていた。実物を見たのははじめてだったけれど、絵に描かれた姿と同じだったから、それが土竜だということはすぐにわかった。 舗装された道の端で、腹から血を流して死んでいる土竜の体には既に蟻がたかりはじめていた。 大人になってから「地上で発見される土竜の死骸の多くは土の中で仲間内の争いに敗れ、餓死したものである」というようなことをで読んだが、その時の私は「きっと太陽が眩しくて死んだのだ」と思い、それなのに陽光に晒されて凝としている姿がひたすらかなしく、土に埋めてやりたいと思ったけれども、どうしてもその死骸に触れることができなかった。 傍らに咲いていた露草や、名前を知らない花を摘んだ。供花のつもりで。土竜の体は存外大きくて、両手一杯摘んだ花でも太陽から覆い隠してやることは

  • やわらかく - 一日

    2014-09-11 やわらかく 公園の砂場で遊んでいるときに、これなあに、と子どもがつまみ上げたものは死んだ雀で、この子は普段虫にも触れないのに雀の死骸には触るのかと驚いてそれから、ああそうかまだ死がなんなのかよくわかっていないのかもしれないなとも思い、埋めてあげようねと言いました。 躑躅の木のしたに穴を掘るあいだ、神妙な顔で手を合わせていたところをみるとわかっているようでもあり、土をかけながら「雀さん元気になる?」と尋ねてくるところをみるとやっぱりわかっていないようで、元気にならないよ身体がだんだん腐っていって骨だけになるんだよ、と答えるとまた両手を合わせていました。手のひらにのせた雀のやわらかくたよりない軽さを思い出しながら、爪に入りこんだ土を気にしながら、あの躑躅は春には何色の花が咲くのだろうかとどうでもよいことを考えながら家に帰る途中、子どもがまた「雀はどうなるの?」と尋ねるの

    amenomorino
    amenomorino 2014/09/11
    ひょこっと出ることも、ずっと出ないことも。
  • 百色眼鏡 - 一日

    2014-09-03 百色眼鏡 万華鏡はむかしは百色眼鏡と呼ばれていたのだそうで 言わんとすることはよくわかります 百色眼鏡 きれいな名前万華鏡の良いところはきらきら色とりどりの世界を鞄に入れて持ちはこべることで、悪いところは隣にいる人と一緒に同じ世界を見られないことずっと昔に父がどこかのお土産で買ってきた万華鏡は赤い千代紙の貼ってある玩具で いつまでもいつまでも見ていて母に叱られました万華鏡とかオルゴールとか蝶のかたちの指輪とか、こどもの頃わたしのまわりにあった美しいものはすべて父の手からもたらされたものでした、うるさい馬鹿としか言わない乱暴な人だったのにね 旅先で万華鏡を買い求める父の姿を想像したら、少し泣けてきました 今頃になって百色眼鏡 カレイドスコープ 万華鏡さっき見た世界は、少し筒を傾けただけでもう別な世界になります どれもそれぞれ、きれいです haruna0

    百色眼鏡 - 一日
  • バランス - 一日

    2014-08-28 バランス 世界と聞いてわたしが思い浮かべるのはいつでも大きな天秤の皿の上で、わたしたちはいつもそこでべたり働いたり眠ったりしている。もういっぽうの皿の上にも同じような世界があって、そこではまた別な人たちが眠ったり働いたりべたりしたりしている。この世における幸福の総量は決まっていて、誰かが笑えば誰かが泣くというのは映画の台詞だったか小説の一文だったかもう忘れてしまったけれども、わたしもそんな風な考えの持ち主で、だからかなしいことがあると天秤を思い浮かべるのかもしれない。今どこかで誰かにはうれしいことがおこっているのかもしれないと。それで心が慰められるほどにお人よしではないけれども。そう考えてみると幸福をひとりじめしているように見えるあのひともあのひとも、一生という単位で見ると受けとる幸福の量はその他のひとと大して変わらないのかもしれない。良いことと悪いことはたいてい

  • あめふり - 一日

    2014-08-23 あめふり めざめたときから雨ふりの土曜日は、生ま れて三年のひとには退屈極まりないようで 絵もあらかた読みつくし、怪獣になって ふとんの山を破壊してもまだ疲れを見せず 外に行きたがるのをなんとか宥めてお昼寝 に誘いますおなかにタオルケットをかけて目を閉じる よう促しても、三歳のひとは少しも眠たく ならぬらしく、お話してしてとねだるので しかたなく枕の上に指を二置いてお話の はじまりです 左手の、中指が左足で人差し指が右足の小 さなひとはどこにでも行けるのです 月の上を歩いたり南の島の王さまに拝謁し たり虹をべたり亀と戦ったりするのですやわらかく降る雨の音はざあざあではなく さあさあと聞こえます さあさあ寝なさい、お話はそのぐらいにね そんな風に隣の部屋から見ていた三歳のひとの父親は よくそんな口からでまかせを次々に言える なあ

    amenomorino
    amenomorino 2014/08/24
    読みたい時いつでもすぐ読めるように持ち歩きたいです。
  • タイトロープ - 一日

    2014-08-20 タイトロープ 結婚をするということはもうあなたの戻る場所は無いということだからあれもこれも捨てていって頂戴と、家のひとが言ったことばはお願いの色でありながら完全な命令のかたちをしていて、しかたないなあと思いながらも、やっぱり写真や手紙や人形を捨てるのはつらかったです。 結婚する相手のひとにも、お前はここで新しい暮らしをはじめるのだからあれこれ昔のものを持ってくるんじゃないと言い聞かされて、それでもせめてお小遣いを貯めて買ったの数々はと思っていたのに二、三日留守にしているあいだになくなっていました。スカーレット・オハラも明智小五郎もヒースクリフもみんなどこかへ行ってしまいました。戻る場所は無いと言われましたし、それでも今いる場所ではあなたは余所から来たひとと呼ばれますし、いまの暮らしに満足しているつもりでもちょっとしたことで涙が出たりして、いつもぐらぐらしているから

  • 光る - 一日

    2014-08-13 光る 高校の入学式の翌々日に、美術部入部希望の用紙を持って美術室に行ったら真新しい十円玉みたいな髪色の女がいて、襟元のリボンの色で同じ一年生だと知った。 凶器のように尖らせぴかぴかに磨きたてた爪を見た瞬間に絶対に友だちになれないタイプだと確信してわざわざ離れた席に座ったのに、隣に移動してきて「結子だけど」と名乗ってきて、だけど何だよと思った。文化系のクラブだから活動もゆるくて楽だろうと思って入った美術部は、毎日毎日コンテ片手に石膏像と向き合う部員の背後で顧問の先生が竹刀片手に監視しているような恐ろしいところで、なんと二年生の夏休みには合宿までやるらしいと後から聞いてぞっとした。夏休みの合宿に向かう朝、バス停で待ち合わせした結子は既にうんざりした顔をしていてわたしと同じ気持ちなんだろうなあと思ったらおかしかった。 暑いし合宿とか頭おかしいしあと蝉うるせえ、とついに虫

    amenomorino
    amenomorino 2014/08/14
    「あんた何組から来たん?」とエラソーに話しかけてきた友人を思い出した。あの子と過ごした、どうでもいいようなことばっかりで、かけがえのない時間も。思い出させてくれてありがとうございます。
  • まわる - 一日

    2014-08-07 まわる 「HEP FIVEは大阪梅田の複合施設、ビルの屋上の赤い観覧車が目印」と観光用のガイドブックを読み上げると、その人は今から乗りにいこうと言って私の返事を待たずにせかせか歩いて行ってしまった。まぁあんなもん観光客しか乗らないけどね、と馬鹿にしたように言うからわざと「私ハ観光客デスカラ」と平板な声で答えてやると困った顔をする。数歩あとをついて行きながらヘップファイブってへんな名前、ヘップだってヘップゥ、と殊更にふざけながら何度も言った。あと数時間後には私は新幹線で博多まで帰るから、なにかしら喋っていないとたぶん泣く。 友だちだった頃には近くにいたのに恋人になった途端に住まいが離れてしまうというのは、もしかしたらご縁が無いのかもね。なんてことは話せないし、だからやっぱりヘップヘップとふざけながら歩いていく。HEP FIVEは名前もへんだし、遠くから見るとビルとビル

  • ロイヤル・ストレート・フラッシュ - 一日

    2014-08-03 ロイヤル・ストレート・フラッシュ 十五歳のわたしから手紙を貰いました。トランプの箱の中に、ちいさく小さく折り畳まれて、枯れ枝みたいな字で、しあわせですか、と書いてありました。 トランプは伯父さんがくれたもので、なぜだかスペードのエースとハートのクイーンと、ダイヤの10がありません。 人生はポーカーと一緒、手持ちのカードで勝負するしかないんですよ、君。と伯父さんは言っていたから、美人じゃなくて賢くなくて基礎体力も無くて人見知りで、おどおど卑屈な態度が不快だという理由でときどき大人のひとに殴られるわたしは、きっと人生ゲームには勝てないと絶望して、へなへなした字で「しあわせですか」と書いたのでしょうか。ちょっとかなしくなりながらその手紙を捨てました。十五歳のわたし、あなたの人生にはこれから阿呆程いやなことがおこります。お金は持ってません。見違えるように美しくもなりませ

    amenomorino
    amenomorino 2014/08/03
    小さいけれど確かな幸せ、小確幸という言葉を思い出した。人のカードと比べる必要もなく、そういうものを積んでいけたら本当に人生は捨てたものじゃないですね。
  • 病室 - そんな日もある。

    2014-07-30 病室 グレープフルーツは匙で掬ってべるよりも皮を剥いてひと房ずつべるのが好きだと言うので、利き腕にギブスをしたその人のかわりに剥いてあげたら、その人はとても喜んでありがとうやさしいねと何度も言いました入院三日目に誰かが持ってきたというくだものの盛り合わせの籠を指さして好きなのをべていいよと言われたけれども、わたしはその人の前だと緊張してしまってものがべられないのです わたしにとっては「ともだち」と「あこがれの人」のあいだぐらいのその人が入院したと聞いてからお見舞いに行こうと決意するまで三日も悩んだし、昨日の夜には会ったら何を話そうかと頭の中で喋ることのリストまでつくったほどでした その人はくだものの籠を眺めながら、メロンは大好き、マンゴーはまあまあ好き、キウイは別にふつう、と選り好みしてからふいに「でもこれを持ってきた人は嫌い」と呟いたから、わたしはびっく

  • 荒野 - そんな日もある。

    2014-07-25 荒野 前から思ってたけど無頼派ってそんなに無頼でもないよねだって結婚してたりするし、しかもお見合い結婚とかでなかなかに堅実、と堕落論を読んでいる私の顔を覗きこんで言ってきたその人には親もきょうだいもも子もなかった。 無頼というのは私生活ではなくて作風のことではないのですかと答えた時にはもう背を向けてすたすた歩き去ってしまっていてなんだか、 へんな人 だと思った。 私のともだちはその人を飄々としている、と言い、また別なともだちは、あの人のまわりだけ風がスウスウ吹いている気がする、と言った。 大勢で集まっている時でも、ひとりで荒野に立っているような感じがする人だと、私なんかはそう思っていた。にこにこして来る者拒まずみたいな雰囲気を醸し出しているくせに、来た者に常に一定の距離をとりつづけるようなところもあってなんだか、 むずかしい人 だとも思っていた。 シ

  • 花と星 - そんな日もある。

    2014-07-20 花と星 土竜の死骸を見たことがある。私は六歳で、ラジオ体操の帰り道だった。遠くの山で蝉が鳴きはじめていた。実物を見たのははじめてだったけれど、絵に描かれた姿と同じだったから、それが土竜だということはすぐにわかった。 舗装された道の端で、腹から血を流して死んでいる土竜の体には既に蟻がたかりはじめていた。 大人になってから「地上で発見される土竜の死骸の多くは土の中で仲間内の争いに敗れ、餓死したものである」というようなことをで読んだが、その時の私は「きっと太陽が眩しくて死んだのだ」と思い、それなのに陽光に晒されて凝としている姿がひたすらかなしく、土に埋めてやりたいと思ったけれども、どうしてもその死骸に触れることができなかった。 傍らに咲いていた露草や、名前を知らない花を摘んだ。供花のつもりで。土竜の体は存外大きくて、両手一杯摘んだ花でも太陽から覆い隠してやることは

    amenomorino
    amenomorino 2014/07/21
    子供の頃話せなかったこと、子供が私に話せなかったかもしれないことを思った。子供はある日突然年齢とかで大人になるんじゃなくて、こうして少しずつ大人になっていくのかもしれないということも。
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