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ブックマーク / fktack.hatenablog.jp (23)

  • 途中式(さくらももこについて) - 意味をあたえる

    さくらももこが亡くなったというニュースを聞いてショックを受けた ありえない場所から飛んできた打球を受けたようなかんじがした イメージよりも若いことは知っていた 私はショックを受けた自分に戸惑った このショックは祖父母や親戚が亡くなったときよりも大きかった 少し前に身内以外は死んでも構わないみたいな文章を読んで「そんなに単純な話じゃないだろう」と思ったがその通りだった ひと皮むければみんな自分のことしか考えていないというのがあるがそれが正しいとかおかしいとか考えるのはナンセンスで私たちは比較的余裕のある世界に生まれてしまったからそのリソースどうしましょうかという話なのである 明日突然北斗の拳の世界みたくなってしまったらオープンカーに立ち乗りして鎖のついた棍棒を振り回しているかもしれない 女をレイプしまくるかもしれない 立川が「俺は間違いなくそういうタイプだ」と言っていた 何の話のときだっけ?

    途中式(さくらももこについて) - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2018/08/30
    “ギャグというのは段々と愛着に変わってしまいそうするとまったく笑えなくなる ”
  • シンデレラ - 意味をあたえる

    https://www.izuremo.com/entry/2018/06/24/092959 この前家族がテレビを見ながら笑っている隣の台所でひとり洗い物をしていてふと「シンデレラみたいだ」と思った 境遇を重ねたわけではなくシンデレラに出てきそうなシーンだと思ったわけだ 家人にそのことを伝えると「そうか」みたいな反応だった 私の家の場合は明確に家事を分けようとしたことはなくまた家では義母も家事をするからが家事労働でいっぱいいっぱいになってしまうこともなくあまり切迫した事態にもならなかった それでも洗濯物や洗い物をしながら恨み言を言われることもあったので私の神経も細いこともあって徐々に私も家事をおぼえた 最初のうちは干し方がダメだとぜんぶ干し直されたり洗い物をすると「泡が残っている」と指摘された は自分の家事労働にはかなりこだわりを持っていたがそのほとんどに対し私は理解できなかった 

    シンデレラ - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2018/06/25
    “自分の時間を他人のために使ってもなんら変なことではない じゃあブラック企業とかは正解なんですかと言われるとわからない”
  • 卒業式 - 意味をあたえる

    卒業式で周りが感極まって泣いているのに自分は泣けず「私、何か大事なものが欠けている」と感じている人達を想い、描いた漫画に共感や思い出の数々 - Togetter 卒業式で泣く意味が私にはわからなかったがそういえば私は幼い頃すぐに泣く性分でそれが恥ずかしくて何とか泣かずに済ませまいかとよく考えていた しかし今になって思うと一体何で泣いていたのかよく思い出せなくなってしまった 覚えているのは東京の母方の祖母の家に数日泊まって帰るときに寂しくて泣いたことだ あと子供会という行事で学年ごとに歌を発表するというので練習に行ったらその日私の学年は私しかいなくてひとりなのに人前で歌わなければならず恥ずかしくて泣いた 上級生のお兄さんとお姉さんが両脇について一緒に歌ったが尚のこと恥ずかしかった さらに私はそのお兄さんというのが嫌いだった 過去について思い出すとき恥ずかしいことを思い出すことが最近多い もう

    卒業式 - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2018/03/24
    “なんだか私は過去から逃げるように突っ走って生きているような気がする 不確定の未来に頭から突っ込んで耳と目を塞いでしまおうという魂胆”
  • 納豆が扇風機の風にあおられたとき - 意味をあたえる

    朝から子が義母を伴って出かけるという。千葉方面である。私はずっと前に千葉は2回くらい泊まったことがあり一度は廊下が吹きっさらしのアパートみたいなホテルだった。ホテルというのは幅がありすぎて行くまではどんなところなのかわからないが一方民宿というのはどこへ行ってもだいたい同じだ。ペンションはわからないがいつも殺人事件などが起きるイメージだ。「さまよう刃」だっけ? あれは復讐の話でTwitterで誰かが絶賛していてそれは「目には目を歯には歯を」だからだと言っていて現行の法律もそうなってほしいと言っていてしかしやはり私はそうは思わなかった。それはやはり理想論だと思う。もっとコストの低いやり方人の生き死ににコストだなんてと思われそうだが死のバリエーションが殺人に限ったって多すぎるのである。 というわけで朝から家の中はばたばたしていて私に気を遣うのかでかけるのは私と同時が私よりもあとにしたいらしくお

    納豆が扇風機の風にあおられたとき - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2017/08/30
    “たれや辛子の袋もフィルムのベタベタにくっつけて万事うまくいった。これはライフハックではないか”無意識にやったことがあるような、ないような。
  • 子供を怒るのは気持ちがいい - 意味をあたえる

    人生案内 成績に一喜一憂 子供を罵倒する母親 山田昌弘先生の回答 - 別館.net.amigo 私は上の子が中学に上がったくらいまではよく叱ったがだんだんとこれは私自身のストレス発散ではないかと思いそうするとシラケてしまい以来あまり叱らなくなった。上記の記事で「怒るとは自分に酔っている」とあって確かにそうだと思った。子供を怒るのはお客様相談室にクレーム入れるのと似ていて反論のできない相手を私なりの論理で完膚なきまでに叩き潰すことである。私も最初のころは「この子のためにここはひとつ叱ってやろう」とまるで嫌な仕事を引き受けたかのような態度で子供を和室に呼んだりしたが内心はウキウキしているのである。それはいわゆる無敵状態というか試し斬りというかとにかく自分の論理の切れ味を試す行為なのである。和室は八畳ででかいテレビがあった。でかいというのは奥行きのことでそのころはまだ地上アナログだったのである。

    子供を怒るのは気持ちがいい - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2017/07/21
    ”子供を怒るのはお客様相談室にクレーム入れるのと似ていて反論のできない相手を私なりの論理で完膚なきまでに叩き潰すこと”年を取ったのか怒る気力が失われてきた。
  • いちいち全力でやらないでほしい - 意味をあたえる

    私の小学生の子供の担任が年々若い。小1のころは20代半ばで「若いな」と思ったがそれ以降は毎年新任とか二年目ばかりである。私は若い教師に良い思い出がないから子供を気の毒に思ったが当人からすると嬉しいようだ。むしろ上の子が小学生のときは若い担任ではなかったがみんな何かしらの精神的疾患を抱えていたらしい。六年のときのおばさんの担任が円形脱毛症だったのは知っているがそれ以外もしょっちゅう体調不良で休んだり出てきても教卓で毛布をかぶってぶるぶる震えていたりとそういう人ばかりだったと後から聞いた。言ったのは娘のほうでもシらなかったと言うからどこまでが当なのかは知らないが。円形脱毛症だけは家族でもよく話題になったから当だろう。女性で毛が抜けるのは大変気の毒だが実は私の母も円形脱毛症になったことがあるが人はまったく原因が思い浮かばないと言いむしろそれで悩んでいた。円形脱毛症は3ヶ月前の出来事が原因

    いちいち全力でやらないでほしい - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2017/04/13
    ”しょっちゅう体調不良で休んだり出てきても教卓で毛布をかぶってぶるぶる震えていたり””なんでも全力でやればいいと思っている節”どっちも怖い
  • どうしてシステマティックなものに冷たさを感じるのか - 意味をあたえる

    義理の祖母の葬式があり、義理なので私はいちばんうしろの席に座った。私の住む地域では葬儀はよほど大きな家でなければセレモニーホールという場所で行われそこは畳の部屋ではなく椅子が並べられている。私が小学生のときに祖父が死んでそのときは自宅に座布団を並べて一体どこまでガマンしたら正座を解いていいのかに腐心したが、今はそういうのはない。祖父が死んだのは六月で私は小学六年で一周忌のときは中学に上がった。中学に上がったら制服で式には出なければならず、しかし私は学ランを着るのが嫌だったのでワイシャツで出たら、その日は雨で名前の知らない親戚のおじさんに、 「寒いだろ」 とからかわれるように言われた。そこは寺で寺には木と竹がたくさん生えていて、下も土で夏なら涼しくて気持ちよさそうだがまだ夏は遠かった。そばに蛇口があって、昔はそこに口をつけて飲んだ記憶があるがいつからか、「井戸水なので飲まないように」と注意書

    どうしてシステマティックなものに冷たさを感じるのか - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2016/10/02
    “セレモニーホールの音楽や、司会者の「旅立ち」みたいな言葉が好きになれない。”事務的にこなしてる感がある。伊丹映画「お葬式」の時代が遠くなる
  • もうすぐ誤月 - 意味をあたえる

    昨日今日でひさしぶりにインターネットで調べものをしていたら、出てくるのがほんとうにブログばかりで 「なんだかなー」 という気持ちになった。ブログでないものもあったようだが、みんなブログに見えた。私は比較的真面目に知りたい、と思っていたから冒頭の近況報告的なノリ、もちろんそんなのは私のブログを貶めたいという気持ちから出たウソだが、とにかくなかなか知りたい結果が得られないので、それは全部ブログが悪い、というふうに決めつけてしまいたかった。途中まではわかる、私の知っていることまでは書いてあるのである。そのくせ、最後には 「よろしければシェアしてください」 とか書いてあるから頭に来た。今までもこのシェア強要に対しては複雑な気持ちを抱いていたが、そのときは「だったらもっと有用なことを書け」と文句を言いたい気持ちになった。当に役立つことならば、私は友達に教えてあげる。私の友達はネットとかに、疎い人間

    もうすぐ誤月 - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2016/04/17
    “だったらもっと有用なことを書け”
  • 私は文章がうまい - 意味をあたえる

    私は時折自分の今まで書いた記事を読み返すときもあるが、そういうときはもっと下手くそだろうな、という覚悟を持って読み始めるのだが、予想に反して上手に書けており、時間を忘れて読みふけってしまうこともある。しかしそういうのは誰でも同じことであり、誰でも自分の書いた文章は面白く読めるものだ。 私はまた、他人のブログも数多く読むが、内容に対しては浅いとか酷いとか感じることもあるが、 「この人の文章はとても下手だな」 と思うことはまずない。さすがブログというのは、腕に覚えのある人ばかりが集まる場所のようだ。 ところで、私はこのところ「プレバト」というテレビ番組を見ることが多く、その番組とは俳句とか活け花とか、とにかくなんでもかんでも芸能人が挑戦して専門家が作品にケチをつけ、順位付けするという番組である。私が番組を見るときは俳句の回であることが多く、そうすると複数の芸能人がそれぞれの自信作を披露する。そ

    私は文章がうまい - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2016/03/11
    ああ、自分がプレバト見なくなったの俳句おばさんのせいだ。”長い文章ならば、読んでいるうちにどれが主語だったか忘れてしまう”確かに。
  • バムとケロと志村とクワマン - 意味をあたえる

    に詳しい人ならご存知だろうが、「バムとケロ」という絵のシリーズがある。割と有名そうな絵柄なので、絵に詳しくない人でもご存知かもしれない。私の家には二冊あって、気配としては10冊はありそうだ。タイトルは二つとも失念(あるいは最初から見ていない)してしまったが、片方がを読もうとしたが部屋があまりに汚いので掃除をし、を屋根裏に取りに行ったら虫がわんさかいて蛾はカラフルで最初の表紙にとまっていたから表紙の模様かと思ったら蛾だったので、バムとケロはぎょっとした。バムは犬で、ケロは蛙を擬人化していた。それらの蛾やネズミを揚げたばかりのドーナツで気をそらしているうちにを確保してドアを閉め、ようやくにありついたと思ったら、眠くなって寝てしまうのである。屋根裏のドアとは天井に続く階段を兼ねていて、屋根裏の床のぶぶんにあった。天井、とは一階だか二階だか、とにかく普段生活しているスペースの天井

    バムとケロと志村とクワマン - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2016/01/07
    バムとケロは今でも続くシリーズ。バカ殿、うちは卒業したんだ。変わってないなあ。再放送とのつなぎ目のまずさとか。見てないけど。
  • 斉藤斎藤とNHKの限界「視聴者は因果がないと納得しないのか」 - 意味をあたえる

    昨日か一昨日のNHKの「ようこそ先輩という番組で、これは毎回ジャンル関係なく人生の成功者を呼んでその人が卒業した小学校に派遣し、自分の成功談を語らせる番組なのです。」斉藤斎藤は歌人であり、私は今年になってから他の人のブログの影響で短歌を詠むようになって、それまでは小説小説小説たまに詩という感じだった。 それで私は最初はあまり短歌っぽく書きたくないから、指南書の類は読まなかったが、偶然目にした斉藤斎藤の歌があまりにすばらしかったから、歌集を購入し、そうしたらそれはあまり売れている雰囲気もないのに、突然 「来週の「ようこそ先輩」は斉藤斎藤です」 とか言うもんだから、私は 「おお」 と思った。もしこの人の名が斉藤なんとか、という普通っぽい名前なら 「あれ? 歌人の斉藤さんかな? それとも建築家のほうかな?」 とか思うだろうが、斉藤斎藤だから間違えようがなかった。斉藤斎藤について以前書いた記事はこ

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  • 幸か不幸かを問われれば「どちらでもいい」 - 意味をあたえる

    朝起きて幸不幸について書かれた記事を読んで、そのタイトルが疑問形だったので、別に私に投げられた問いではないのはわかっているが、つい 「どっちでもいいやー」 と、心の声で答えてしまった。当は読んだ人全員に対する問いかけなのは間違いなさそうだが、私のような回答は想定外、想定外というと格好が良すぎるのでノー眼中といったところだろう。 村上春樹のエッセイでプロ野球のヒーローインタビューで 「今日の出来は何点?」と訊かれたヒーローが、 「うーん、80点!(わー(歓声))」 というのがよくあるが、基準的なものがあるわけでもないのに、点数だけ聞いてもナンセンスだ、という旨のことを書いていて、しかしその類の質問というのは実に多い。結果が円グラフとかに写し出され、 「YES 60%」 「NO 35%」 とか出てきて、あと、「その他 5%」というのがあり、自分は間違いなくその5%に入る人間だろう。この5%と

    幸か不幸かを問われれば「どちらでもいい」 - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2015/11/15
    関係ない給食の話が妙に記憶に残ってしまった。学校あるあるのようで懐かしい。幸か不幸か問われたら?「どちらでもない」かな自分。
  • 縦割り洗脳 - 意味をあたえる

    今朝、元光ゲンジのメンバーの諸星さんに殺虫剤をかけられる夢を見た。その日私はゴキブリを三匹見つけ、そこがたまたま水場だったので、ホースから水を出し、先っぽのダイヤルを「JET」にして引き金を引き、三匹をコーナーに追い詰めた。ジェットの勢いは凄まじいので私はゴキブリの身体を粉砕できたと満足したが、水勢を弱めるとなおうごめいているので私は弱った。それならば、排水口に流してしまおうと再び引き金に力を入れ、今度は集団の左側を狙うようにし、壁伝いに徐々に排水口に接近させる作戦に出た。それはうまくいき、ゴキブリはゴルフのカップのような排水口に吸い込まれた。安心して水勢を弱めたら、その途端網の隙間から、出てこようとするから私は戦慄した。しかも、今度はムカデまで出てきた。ムカデは子供で、隣のトトロのオープニングのようにくるりと回って元の位置に戻ろうとする。 (これは殺虫剤がないとダメだ......) そう

    縦割り洗脳 - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2015/11/05
    脳内キンチョール。
  • 面白いブログが多くてこまる - 意味をあたえる

    私はブログの教科書や指南書的なものを読んだことがないからわからないが、そういうのには「ブログには笑えることを書きましょう」「ジョークをまじえて文をやわらかくしましょう」とか出ているんでしょうか。あるいは昨今のお笑いブームがそうさせるのか。とにかく要所要所で笑いをとってくる、あるいはとろうとしてくる姿勢が陶しい。具体的には、 文末の括弧内で自分に突っ込みを入れる。(何様だ) 過激なことを書いてそれに取り消し線をいれる。 などである。取り消しせんは私が書いているアプリには用意されていないので例示できないが、横棒のやつである。それと、私はさもこれから面白いことを書きますよ的な雰囲気も好きじゃない。あと、やたらと長い比喩も嫌だ。こういうのって、現実の会話で考えると、嬉しそうにごちゃごちゃ言っているけど、端から見ると何を言っているのかわからない、早く用件言ってよ! のいうのに似ている。ブログは所詮

    面白いブログが多くてこまる - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2015/09/14
    書き手が意図しない箇所で笑いが取れる場合もある。「話しかけるように」書くと「ヲイ」だの横棒だの一人ツッコミを入れてしまう。安心してください、書いてますよ。
  • 死ぬ勇気 - 意味をあたえる

    今朝、テレビでイジメ自殺のことをやっていて、それを見たが、 「電車に飛び込むって勇気があるなあ」 と言っていたので、それは違うんじゃない? と思ったので指摘した。もちろんやんわりと、である。しかし私はそういう部分でムキになってしまうところとあるから、案外やんわりでもなかったかもしれない。死ぬというのは、勇気と真逆の行為である、と私は考えている。私はつらいからテレビは見ていない。 だけど「勇気と真逆の行為」という言い回しは、字面はカッコいいが、なんか中身がないような言葉で、そのあと私はひとりで中身について考えた。私はいつもひとりで考えている。 私は十代終わり頃に、毎日 「死にたいなー」 と思っていた時期があって、そのときに、じゃあ死んでみるか、と自殺を検討してみたことがある。しかし具体的な場所や方法について詰めていくと、 「これは無理だ」 という感じになってやめた。それ以来「死にたい」とは

    死ぬ勇気 - 意味をあたえる
  • 馴れ合いが新たな書き手を生み出す - 意味をあたえる

    最近このブログサービス界隈で、とある話題のキーワードのもとに集まった人々のブログが、一種のコミュニティを形成して内部で馴れ合ってて気持ち悪い、という話をたびたび耳にする。流行りなのである。私は昨夜Twitterで、「馴れ合い」について、ややネガティブなことを書いたが、一晩経ったら表題のような考えに至ったので、以下にそれについて書く。 私は一年くらい前に、このブログを始めたが、最初の3ヶ月は読者はひとりしかおらず、星は週に一度、ブックマークは月に一度程度しか付かなかった。例えばそういう風に書くと長続きさせるために足腰を鍛えていた、と、とられそうだが単にブックマークとか読者登録とか、そういう機能を知らなかっただけである。書く行為で鍛えられるのは決して足腰でないことも言っておきたい。私は自分で書きながら 「おもしろいなあ」 と思っていたから、自然とアクセス数も増えるものだと思っていたが、いくら書

    馴れ合いが新たな書き手を生み出す - 意味をあたえる
  • 芥川賞 - 意味をあたえる

    昨日の「アメトーーク」というテレビで、読者芸人というのがやっていて、ああ、観れば良かった、と思った。前回の時は、Twitterのフォロワーが教えてくれて、途中から観た。そのアカウントはまだ残っている。教えてくれたアカウントはどうだろうか。少し不安定な女性で、 「わたしなんて、生まれてきて、云々」 みないなツイートを定期的にしていてたが、ある日突然結婚したから私は「おーーい!」て突っ込み入れたい気分になった。そんな人が、 「弓岡さん、テレビ点けて。読者芸人、めっちゃウケますよ」 と教えてくれた。私を読者好きの人、と認識してくれていたようだ。私自身はあまりを読む方だとは思ってないが、「自分はあんましを読まないんです」と主張する人はけっこういるから、あまりあてにならない。 定期的に読んでいるあみーごさんのブログで、各芸人のオススメのがまとめられていて、私はそもそも昨日が読者芸人、ということ

    芥川賞 - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2015/06/19
    ワタシは村上龍がかぶっちまいまして。唯一知らなかったのが今村夏子。どうもです。
  • ブログの書き方 - 意味をあたえる

    購読しているブログで、最近このタイトルで書かれているのをよく見かけるので、私も便乗して書く。 私のブログを以前から読んでいる人は知っているかもしれないが、私は記事はほとんど、スマホで書いている。昨年の秋頃まではiPhoneで、それ以降は京セラDIGNOである。白だ。下書きも推敲も全部スマホで済ませる。というか、下書きも推敲もない。手直しは気が向いた時しかしない。あと、下調べもしない。よくわからないことは、わからないまま書くようにしている。 書く時間については、理想としては、午後10時以降であるが、更新しないと落ち着かないので、早く書いてしまう日も多い。遅い時間に書きたい理由は、遅い方がやり直しとか効かないので、諦めがつきやすく、結果的に効率良く書けるからである。私は、書き直したところで内容は大して変わらないと思っているのである。 一度更新したものについては、特に理由がなければ手は入れない。

    ブログの書き方 - 意味をあたえる
  • 私がブログを書くときに心がけていること - 意味をあたえる

    今日は、ちょっと趣向を変えて、今は12時33分なのだが仕事の昼休み中で、13時までが休憩だが、それまで私が普段ブログを書くときに心がけていることを、箇条書きしてみようと思う。13時になったら公開するが、一分か二分前になるかもしれない。 初めにことわっておくが、これは私が心がけていること、そうやれたら理想だという話で、全部几帳面に守っているとか、そういう話ではない。あと、そんな風に書かれたブログが好きだとか、読みたいという話なので、混同しないように。しかし、どうして、これから書くことなのに、こんな風にああだこうだと並べることができるのか? 私は超能力者にでもなったのか? 始めます。(そう言って、飯村は静かに目を閉じて精神を集中した。しかしすぐに目を開いた。目を開けないと正しい字を書けないからである) 楽しんで書かない。 話をまとめない。 真剣にやらない。 下調べをしない。 言葉の意味も、極力

    私がブログを書くときに心がけていること - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2015/01/24
    できそうでできない
  • 努力の理想 - 意味をあたえる

    一昨日の記事について、としぞう (id:gerge0725)さんに下記の記事で取り上げてもらった。 http://gerge0725.hatenablog.com/entry/2015/01/10/074623 冒頭の「あれ、見慣れたIDが」というのが、雑踏の中で顔見知りでも見つけたような言い方で、私はとても好感を持った。記事全体を読んでも、私の書いたことに配慮しつつ自分の考えもしっかり述べているという感じで、実際に顔を合わせて意見を言い合っているかのような雰囲気があった。 なので私は早速、それは朝だったか昼だったか、私は今日は仕事だったので朝か昼かのどちらかなのだが、忘れたが、思い出したが、朝に記事を読んで色々考え、昼休みにコメントを書いたのだ。 しかしはてなブックマークとは非情であり、少しでも多くのブックマークを稼ぐためには、馴れ合いなどただの足枷に過ぎないと言わんばかりに、私のコメン

    努力の理想 - 意味をあたえる
    ami-go40
    ami-go40 2015/01/11
    “評価というのはどこかで上限を設け、そこから先はどんなに結果を出しても同じ、という風にしたらどうか、とか考えた。”