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『パラサイト』はなぜ社会的不平等を描いた映画ではないのか ──神の建築とクレイジーキルト デヴィッド・グレーバー&ニカ・ドゥブロフスキー (片岡大右訳) 批判、構造、希望──訳者まえがき 以下に読まれるのは、デヴィッド・グレーバーとニカ・ドゥブロフスキーによる映画『パラサイト』(ポン・ジュノ監督、2019年)のレヴューの日本語訳である。段落分けは訳者と編集部の判断で原文よりも増やしている。タイトル(原文は無題)と見出しは訳者による。 ニューヨークを拠点とする文芸誌『n+1』への寄稿として執筆された本稿は、コロナ禍の余波で掲載の目処が立たないために、著者らによって「みんなの人類学」のページ中に、PDFのかたちで先行公開されることになったものだ。 「みんなの人類学」とは、アーティストやクリエーター向けのクラウドファンディング・プラットフォーム「Patreon」上に2人が開設したページで、この人
吉川 侑輝 開催年月日 2020年7月4日 - 2020年7月4日 記述言語 日本語 会議種別 シンポジウム・ワークショップ パネル(指名)
文化人類学の“静かなる革命”がもたらした「多自然主義」という視座は、現代において最も馴染み深い「多文化主義」の諸問題を炙りだした。僕たちはなぜ「多文化主義」から「多自然主義」へと向かうべきなのか。人類学者・奥野克巳に訊いた。 いかにして「存在論的転回」は起こったか HZ 近年、文化人類学において注目を集めている「存在論的転回」、あるいは“人類学の静かなる革命”については、僕もまた門外漢ながら関心を抱いてきました。とりわけ、ヴィヴェイロス・デ・カストロが「多文化主義」に対置する形で提出した「多自然主義」というアイディアには、それが人類学という学術領域を越えてもちうる可能性という点からも強く惹かれています。 この存在論的転回に関して、奥野さんはレーン・ウィラースレフの『ソウル・ハンターズ』、エドゥアルド・コーンの『森は考える』を始め、重要な研究書の翻訳を多く手がけられています。さらに昨年に奥野
臨床試験(治験)は、開発中の医薬品などを病人や健常者に投与し、新薬の安全性と効率性を評価する仕組みである。実薬と偽薬を比べる実験の場である一方で、病気を患っている人びとの苦痛を和らげるという臨床実践でもある。本稿では、ハンガリー西部にある小規模臨床試験センター(DRC)の事例を取り上げ、製薬をめぐる実験的状況に焦点を当てることで、もの・身体・世界を生成していく関係性の特徴を明らかにしていく。DRCは、1990年代前半に行われた市場開放以降、糖尿病と骨粗しょう症に関する研究と治療を中心に、外資系製薬企業と周辺の地方病院のネット ワークを徐々に拡大してきた研究病院である。そこで行われている臨床試験においては、新薬の効果によって実行(enact)される化学物質と身体と社会の間の三つのループが生成されている。まず、臨床試験の土台となる二重盲検法と無作為化法の実験
神戸大学大学院国際文化学研究科 文化相関専攻 異文化コミュニケーション系講座 教授、神戸大学国際文化学部(併任)、神戸大学国際人間科学部教授(併任)。ケープタウン大学人文学部客員教授(2019-2020)。ランガア研究所名誉研究教授。 博士(社会学、一橋大学)。日本学術振興会特別研究員(DC2、PD)、東北学院大学教養学部助教授、准教授、東北学院大学大学院人間情報学研究科准教授、神戸大学国際文化学研究科准教授、国際文化学部准教授(併任)を経て現職。社会人類学、文化人類学、民俗学、東アフリカ民族誌、宗教学、宗教社会学を専攻、東アフリカ(ウガンダ、南アフリカ)、日本(新潟県佐渡市、和歌山県東牟婁郡、宮城県気仙沼市、兵庫県淡路市など)でフィールドワークを行っています。 東アフリカ、ウガンダ、宗教と世界観、妖術・邪術、呪術、死霊、祟り、親族関係、民族誌、憑きもの、シャーマニズム、広義のcitize
rna.hatenadiary.jp なんだろう、やっぱり経済成長肯定論者との間では、根本的なところで議論が噛み合ってない気がする。 で、これは一体なぜなんだろうと考えてみると、そもそも「人間はいかなる存在か」という根本的な人間観が異なってるんじゃないかと、思うわけです。 「生産性は嫌でも上がっていくもの」……本当に? id:rna氏は「経済成長は別に『生産性を上げていこう』という話ではない」と主張し、その論拠として、次のように述べています。 そもそも生産性というのは嫌でも上がっていくものなのです。労働者の日々の創意工夫や突発的な技術革新によって、同じモノを作ったりサービスを提供したりするのに必要なコストは下がっていきます。言い換えるとより少ない労働者で同じだけのモノ・サービスが供給できるようになります。*1 ということは、ただ生産性が上がるばかりで需要の拡大が伴わないと労働者が要らなくな
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