Jack Dorsey says (on X) that he’s not on the Bluesky board anymore
Jack Dorsey says (on X) that he’s not on the Bluesky board anymore
「上から目線」という言葉が使われだしてから、どれくらい経っただろう。 確か、私の子供の頃は、そんな言葉はなかった。 おそらく社会人くらいから、徐々にそんな言葉を聞く機会が増えた気がする。 それ以来「上から目線」の経営者や芸能人の発言が炎上するのをよく見かけるが、 もはや現在ではこの「上から目線」の人は、かなりの「悪者」として扱われているような気がする。 「憎まれている」と言っても良いくらいだ。 「日本人は理解できないくせに世間の空気だけでジョーカー絶賛してるだけでしょ?」 っていうツイートを見かけた。 いつも思うのですが「俺はこの映画わかってる」という感じで上から目線で他人の感想ツイートを否定するのはほんとよくないです。 リアルでいたら一緒に映画観たくないです。 — みねさん(ひーくん)@映画垢 (@inpakuto12345) 2019年10月5日 他人に嫌われやすい人の特徴 ・褒め方が
土日に加えてもう1日休みがある「週休3日」の働き方が、じわりと広がっている。平成で定着した「週休2日」は、令和で「3日」に変わるのか。 東京都内のオフィスに無人のコンビニエンスストアを設置しているベンチャー企業「600(ろっぴゃく)」は、土日だけでなく、水曜日も休みにしている。一昨年の創業時、妻のつわりがひどかった久保渓代表(34)が、家庭と仕事のバランスをとるために勤務を週4日にした。「週の真ん中が休みになることでメリハリがきく」と言う。従業員は20人ほど。求人を出すと、仕事とプライベートの両立を重視する若い世代の応募が殺到する。 久保さんは仕事の優先順位付けを徹底させ、従業員は「月火は営業、木金は開発」など2日単位でやるべき業務を設定し、集中してこなす。午後6時過ぎには、大半の従業員は退社している。 フルタイムの労働者を対象に…
日本マイクロソフトが8月に実施している「ワークライフチョイス チャレンジ 2019 夏」。1カ月間とはいえ週休3日(週勤4日)とする試みに、日本中のビジネスパーソンが注目している。社内や取引先に混乱はないのか。 ワークライフチョイスは、社員一人一人が仕事(ワーク)と生活(ライフ)を状況に応じて選択(チョイス)できる環境を目指すというもの。その一環として、日本マイクロソフトは2019年8月の全ての金曜日(2日、9日、16日、23日、30日)を休業とし、オフィスをクローズする。 社員は特別有給休暇を取得し、家族旅行やレジャーに行くも良し、スキルアップを目指して各種講座に参加するも良し。いずれも会社が費用を補助する、至れり尽くせりのプログラムだ。8月20日の戦略発表会で平野拓也社長は、既に3回実施した金曜休業で社員が実践したことを挙げ、「ある社員は断捨離をしたそうです」などと笑顔で語った。 ただ
最近読んだソフトウェアエンジニアのキャリアの話が、みんなプライベートの時間も勉強しなきゃダメだという論調で、ちょっと私は疲れている。 hrnabi.com www.pasonacareer.jp paiza.hatenablog.com 曰く環境変化の激しいWeb系エンジニアは、プライベートを犠牲にして勉強しなければ最先端にはいられない。高給取りにはなれない。わりとみんな信じていることのように聞こえる。しかし本当だろうか。犠牲にするって、どのくらい犠牲にすればいいんだろう? 犠牲と比例して、技術力が伸びたり、給与が増えたりするんだろうか? あっという間に知識が陳腐化するという仮定においては、時間の自由が大きい若い人ほど先端の勉強に時間を割くことができて、もっとも有能になりやすい。実際若くて有能な人は増えているように思う。それでも、オッサンたちがマネージャーにならず、第一線で働くことは可能な
先日、10年ほど勤めた会社を辞めてきました。 新卒で入社した会社なので、人生初の退社になります。 いろんな事がありましたが、とても良い会社でした。 そんなわけで、7月は人生初の有休消化期間(+無職期間)でした。 1ヶ月間も休みがあるので、在職中にはなかなかできなかったWWDC 2015のキャッチアップや、Swiftの勉強などをすることにしました。 フリー期間中にやっていたこと、心掛けていたことなどを忘れないようにメモしておきます。 気を付けたこと 1. 朝起きて夜寝る生活リズムを崩さないこと 当たり前のことなんですが、生活リズムが一回崩れると直すのが大変。。 学生時代によく経験した「起きたら日が暮れていた」ときの絶望感はもう感じたくなかったので、この「当たり前の生活リズム」を崩さないように気を付けました。 基本的な1日の生活: 朝起きる 朝食食べたりニュースチェックしたり 通勤ラッシュが終
一目おかれたくて入社10年、ガムシャラにやって来た。仕事は毎年複雑膨大になる中、社員の残業(時間外勤務)を減らせとの至上命令が飛び交うもとで、時間を減らせるわけなどなく、毎日のサービス残業4~6時間当たり前でやってきた。 17:30定時でも24:00退社当たり前でやってきたし、やらざるを得なかった。 そしたら今度は、業務量に対し明らかに人が足りない部署に異動になった。 そして明らかに回りのみんなより仕事の質も量も多い業務の担当者にさせられた。 俺はただ、会社からは、反論もしてこない労働力、つまり、奴隷かそれ以下だと思われていたのだと気づいた。 若い時期に労働力をダンピングした自分がバカだったのだと今さら気づいて悲しくなった。 悔しくて悔しくてたまらない。 それでも、明らかに理不尽な量の仕事を任されても怒ることができない自分がバカで不甲斐なくて人生の要領が悪すぎて、ツラい。
こんにちは。星井七億です。普段はブログでおふざけのような文章を書いている人間ですが、実は現在医療関係の会社で正社員として毎日不真面目に働いています。 今回、「みんなの転職」さまからご寄稿依頼を承って、大変恐縮ながらこのようなコラムを書かせていただくことになりました。 さて、有意義な転職活動を志している皆様に向けた記事としては非常に後ろ向きなタイトルで早速心苦しいのですが、今回はこれに至る背景となったエピソードを皆様にお話したいと思います。 小さな島の就職事情 僕が生まれ育ったのは沖縄県からさらに南の果て、八重山諸島にある石垣島という観光産業で食べている小さな南の島なのですが、この島、とにかく求人がないのです。 都会ですらなかなか仕事が見つかりづらい昨今、田舎ともなればどこだって仕事不足に悩まされているものです。僕は現在横浜在住なのですが、島を離れた大きな原因のひとつも「仕事が無い」ことでし
何が一番のモチベーションなのか?を就職活動のなかで見失わないよう、大島優子の名言を紹介しますね あと、ソニーの話なんですけど、 「なぜソニーは凋落したか、それは現社員がソニーに入りたくて入社した人だからですよ。おもしろい事したい人たちが集まったのが昔のソニーだった」と朝生で語られていたのを聞いて優子さんが話した「〜期までは夢を叶えたい子達、それ以降はAKBになりたくて入ってきてる」の言葉まんまと思いました いろいろ入社プレゼンに迷うこともあるでしょう。リバネスの事業内容を知れば、それに引っ張られることも。モヤっとしたプレゼンしてるなあ、みたいな自覚症状もあるかもしれません。 そこで立ち返るべきは「何かしたい」その次に「どうしてリバネスを選ぶのか」という優先順位です。 そして「何かしたい」という気持ちがどれ位練られているか、については嘘をつかず、等身大であるべきです。乖離はバレます。
ノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学 iPS細胞研究所の山中伸弥教授が、「人間万事塞翁が馬」と題して高校生に向けて行った講演。山中教授は自身の人生を振り返り、整形外科医としての挫折がなければ研究者の道へ進むことはなかったという。研究者として、人生の先輩として、これからの日本を担う高校生にメッセージを送ります。 アメリカでの研究を決意したきっかけ 山中伸弥氏(以下、山中):研究の虜になったんですが、残念ながらこういう薬だけを使う研究っていうのは色んな意味で限界があるんです。薬っていうのは、100%効く薬はありません。大体がちょっとくらい効かないところがある。どんな風邪薬を飲んでも、すぐ風邪が治るかと言ったら、治らないですね。 それから副作用があって、違う所に効いてしまう時もあります。色々限界があるんですが、その時に遺伝子改変マウスという技術がアメリカとイギリスで誕生したんです。 今日は研
最近この方の動画や記事をよく見かけるようになった。以前にも当ブログで取り上げたことがある。長時間労働から短時間労働へという考え方にはとても共感できる。 小室淑恵「人口構造から見るゲームチェンジの必要性」―人口ボーナス期から人口オーナス期へ | 日刊読むラジオ 非の打ち所のない記事である。編集後記にもあるが、これに納得できない人はほとんどいないだろう。ただ、筆者はかなりヒネた性格であるため、非の打ち所のない話というのは少し眉にツバをつけて聞くようにしている。 こうしたストーリーがまともに進んでいけば、ブラック企業など駆逐されていきそうなものである。が、おそらくことはそう単純ではない。単位時間あたりの生産性が上がっていけば、短時間労働で済むかといえばおそらくそうはならない。単位時間あたりの生産性を上げた状態で、長時間労働をさせるよう仕向けていくというのがブラック企業のやり方だからだ。別にブラ
まっすぐであれば、松戸の出会いの後冷凍庫に戻った後、それがどれほど衛生的であるかについての不安もあるので、あな […] もっと読む »
私が面接官を手伝っていた時、印象に残った出来事がある。 その日は午前中に中途採用の面接があった。面接を受けにきた応募者は31歳、年収450万のエンジニアである。彼は過去に2回、転職をしており、もし我々が採用を行えば4社目、ということになる。 彼のスキルは特に低くもなく、高くもなくといったところで、年齢相応のスキルと言った感じだ。 本音を言えば、私が面接を手伝っていた会社は30前後のエンジニアが欲しかったので、彼の応募は有り難いものであった。 面接が始まり、役員の一人が質問をする。 「なぜ、転職を考えたのですか?」 通常であれば、ここで返ってくる回答は、「上流工程をやりたかったので…」であったり、「お客さんと直接話せる仕事がしたかった…」など、当り障りのない回答がほとんどだ。 しかし、彼は違った。開口一番、 「はい。もっと給料が欲しかったからです」 と言ったのだ。 通常であれば面接の際に志望
今年で35歳。超就職氷河期で、就活を失敗してから 10年が経った。新卒当時、出したエントリーシートは50社以上、 面接へ行ったのは30社以上。しかし俺に内定をくれる 企業は1社もなかった。 落ちまくった当時は毎日、死ぬことばかり考えていた。 でも、あの時、死ななくてよかった。 そして、就職活動で失敗して良かった。 就活失敗から得られた事が、今の自分を支えてると 言っても過言ではない。参考になるかは解らないが、 決して就活失敗はデメリットじゃないという事を 書いてみたいと思う。 ■とにかく手に職をつけるという意識ができた。 自分はコミュニケーションが苦手な部類の人間だ。 面接で上手いことやって内定を決めていく友人を横目に 落ち続けた俺は、とにかく手に職を持たないと、 どこも採用してくれないと考えるようになった。 そしてこの時、気付けたことは非常に正しかった。 「自分の技術」と「仕事の結果」だ
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