前回、日本では討論番組が流行らないこと、そもそも日本人は論理を組み立てていくプロセスそのものが苦手か、少なくとも嫌いに見える、ということを書いた。 どちらかというとこの前回の記事は前置きで、今回の記事-ネットの内外で繰り広げられている日本人の議論のついて-が本題だ。筆者は「平和主義を唱える人たちへ」や「右翼と左翼、理論と感情」などで、何度か特に左寄りの人は論理的な組み立てが苦手なようだ、と書いたのだが、コメント欄でご指摘いただいたとおり、右寄りな人が特別論理的に議論をしているようにも見えない。 挙句プロの「評論家」にまで似たような傾向が見えてしまうと、どうもこれは右左の問題じゃないなぁと思えてくる。そこで、若干昔の記事と内容がかぶるのだが、筆者が感じている「日本人の議論の仕方」についてまとめてみることにしたい。 論理に頼らずに議論をしようとする人は大体以下のような特徴を持つ。 ・自分の価値