行きつけの店をつくるのは、なかなか難しい。気まぐれにふらりと立ち寄っても、親しみをもって迎えてくれる。けれど、必要以上に馴れ馴れしくない。ほどよい距離を保ちながら長くつき合える店、というのは案外出合えないものだ。 東京御茶ノ水の高台にある「山の上ホテル」は、池波正太郎や山口瞳といった、好みのうるさい作家たちに愛された宿として知られている。どうやってわがままな客たちを満足させ、虜にしたのか。この『山の上ホテル物語』には、“真のホスピタリティとはどういうものか”が書かれている。 山の上ホテルは創業1954(昭和29)年、客室数は本館と新館あわせて74室という老舗の小型ホテルである。著者は、アメリカ現代文学の翻訳家であり、作家でもある常盤新平氏。自身も山の上ホテルにカンヅメになった経験を持ち、このホテルのファンだ。その著者が、創業者である故・吉田俊男の経営哲学を作家たちの記述、従業員の証言、吉田