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人類学に関するquagmaのブックマーク (5)

  • 狩猟民族じゃねえ、狩猟採集民じゃい。 - hituziのブログじゃがー

    田重道(ほんだ・しげみち)『なぜ、私の歳をきくの? 年齢不問社会の提言』飛鳥新社 うえのを よんでいたら、くだらないことが かいてあったので批判します。 田は、「年齢」という かんがえかたの起源について想像を めぐらせ、つぎのように かいている。 原始の狩猟時代とは言え、ヒトは集団生活をしていたし、その最小単位の「家族」はすでにあったはずだ。例えば、であり母である彼女は、洞窟の中で狩りから戻る夫を待ち続けていたであろう。 (23ページ) このあと「獲物を手にした夫を待ちわびる、洞窟の女」という表現も でてきます。どんだけ受身なんだよっていう。 「狩猟採集民」っていう用語があります。文化人類学のの題名にもありますね。 今村薫(いまむら・かおる)『砂漠に生きる女たち―カラハリ狩猟採集民の日常と儀礼』どうぶつ社 亀井伸孝(かめい・のぶたか)『森の小さな〈ハンター〉たち―狩猟採集民の子ど

    狩猟民族じゃねえ、狩猟採集民じゃい。 - hituziのブログじゃがー
  • レヴィ=ストロース追悼 - 2009-11-04 - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」

    レヴィ=ストロースが10月30日に亡くなったというニュースが今朝はいってきました。コメントでもそのことを書かれた人もいましたね。去年11月に100歳の誕生日を迎えたときも寝たきりになっていたので、ああやっぱりそうなのかという感想でした。「祝 レヴィ=ストロース100歳の誕生日」を書いてから1年もたたないうちでしたね。 共同通信社から追悼文の寄稿を依頼されましたが、短時間で(もちろん予定原稿なんか作っていませんからね)、しかも原稿用紙3枚ぐらいだと何も書けない感じで、いちおう寄稿しましたが、新聞向けとは思えないものとなりました(依頼した方も、時間がないので、しょうがねえなあという思いで配信するのではないかな)。 いま、その改訂増補版を書いているところです(まあ、代打で三振したあとにベンチ裏で素振りしているようなものですが)。これくらいの枚数だとすこしはましなものを書けたのになという思いで、加

    レヴィ=ストロース追悼 - 2009-11-04 - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」
    quagma
    quagma 2009/11/05
    レヴィ=ストロース追悼
  • 「人間とは何か」京大霊長類研シンポジウムレポート(前) - 地下生活者の手遊び

    10月4日に、東京大学で行われた京都大学霊長類研究所・比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門 公開シンポジウム 「人間とは何か−ヒトとそれ以外の霊長類の比較研究から分かること」 http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news4/2009/091004_1.htm に参加してきましたにゃ。 実にオモチロかったので、予定を変更して*1レポートをあげますにゃ。記憶が定かなうちに書いておかにゃーと。 とりあえず、第二部の基調講演「人間とは何か」のレポートをしますにゃー。 講演者の松沢哲郎氏は京大霊長類研の現所長。レポート部分においてはかぶり文体を封印ね。 1、「二足歩行で手ができ、人間となった」という理解は正しくない 人口に膾炙している説として、四足の動物が立ち上がって二足歩行するようになり、手が自由に使えるようになったので道具使用をおぼ

    「人間とは何か」京大霊長類研シンポジウムレポート(前) - 地下生活者の手遊び
    quagma
    quagma 2009/10/06
    面白いです!
  • 西ケニアにおける「女子割礼」について - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」 2009-09-26

    アフリカの女子割礼について話題になっているようです。私は、ケニア西南部とタンザニア西北部の国境をまたいだ地域に住んでいるクリアという民族について、西ケニア側で現地調査をしており、1990年代後半に、クリア社会の男子割礼と女子割礼の調査をしたことがあります。 その成果の一部は、科研費の成果報告書ならびに博士論文という形で発表していますが、一般に読まれる形での発表ではありませんでした。アフリカの女子割礼への関心がすこしでも上がっているときに、現地調査したことのある人類学者として、現地の声を紹介する義務があるだろうと思い、緊急エントリーをアップします。 民族誌的事実を紹介する前に、まず、アフリカの女子割礼を廃絶するために人道的介入をすべきだという人権派と、現地の声や当事者にとっての意味を知ることが大切だという、文化相対主義的な立場をとる人類学者との間のディスコミュニケーションについて、私の意見を

    西ケニアにおける「女子割礼」について - 小田亮のブログ「とびとびの日記ときどき読書ノート」 2009-09-26
    quagma
    quagma 2009/09/28
    たいへん勉強になった。
  • おサルの世間の真正性 - 地下生活者の手遊び

    表現規制から遠く離れて - 地を這う難破船 では、違いを確認していきましょうにゃー サルとしてのニンゲン 子供は他者であり、他者であるがゆえに育児は公共的である。そのようにtikani_nemuru_Mさんは述べておられたと記憶していますが、私の考えではこうなります。育児は公的領域であるところの社会に帰属する、と。当然、ここには差異がある。その差異が、私とtikani_nemuru_Mさんの社会観の根的な相違なのでしょう。 にゃるほどちがうものですにゃ。 僕は、諸個人は社会という大きなものに直接に帰属することはできにゃーと思っているのですにゃ。べき論でなく、事実認識としてムツカシイと思っている。 sk-44は「土人」「土人部落」というレトリックを使うけれど、僕ならば人類すべては「サルの一種」「サルの群れ」といいますにゃ。 そもそも、私は阿部謹也の世間論に必ずしも同意しないので、tikan

    おサルの世間の真正性 - 地下生活者の手遊び
    quagma
    quagma 2009/09/16
    “中間団体が利権団体であるのは百も承知…不正の温床といえばいえるだろうけれど…国家権力による各々のアトムへの直接的統制よりはマシ…愛国心だの共産主義だのといったイデオロギー的うわ言よりはよほどマシ”
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