言語を「記号」と見なすことは、言語に関する普遍妥当的な観点をとること でもないし、何らかの中立的な立場に立つことでもない。それは、歴史的相対 性を帯びた見方に過ぎない。この言語記号観を克服するためには、これまで単 に外面的なものと捉えられていた言語と文字との関係を、認識主観の形成過程 における両者の相互作用という観点から捉え直さなければならない。 というのも、言語記号観は、文字というものを或る言語がもつ固有の音的構 造の単なる受動的な反映として扱うことで成立しているからだ。しかし、実際 には、文字は言語構造を一方的に押し付けられることで成立する媒体ではなく、 個別の言語的諸現象を同一の文字の下に凝集し、統合する役割も果たしている。 文字は、この役割によって音声を分割し分類するための音声カテゴリー1 を形 成し、言語の構造的把握を可能にしているのである。したがって、言語と