「黒瀬深」運営者は20代男性!“ネトウヨの皇帝”は「僕のプロフィールは出さないように懇願します」と電話で繰り返した 社会・政治FLASH編集部 記事投稿日:2021.11.12 11:00 最終更新日:2021.11.13 13:14 「少し急になりますが、本日をもって黒瀬深はTwitterを引退したいと思います」 第49回衆議院議員選挙の開票翌日となる11月1日、突如こんな“引退宣言”をしたのは、インターネット上で政治に関する言論活動をおこなってきた匿名の有名アカウント「黒瀬深(@Fuka_Kurose)」だ。 本誌は「黒瀬深」アカウントの“正体”について以前から取材しており、じつはこの引退宣言の直前、アカウントを運営する男性本人との接触に成功していた。だが、取材申し込みに対して「できるだけの協力はさせていただきたい」と話していた男性は11月5日に態度を一変。代理人弁護士を通じて、東京地
大和西大寺の喫茶店でモーニングの満漢全席 銃撃事件の現場には せんとくん、グーパンチ 喫茶アーガイルのちびドッグ。成人たちよ健やかに。 奈良公園 天理ラーメンを屋台で食べる 満洲国皇帝愛新覚羅溥儀をもてなしたグラスでサイドカー 奈良の夜はLAMP BARで更けていく。檜の香りのネグローニ 朝、珈琲果汁 SUGIでミックスジュース 茶粥に山盛りの漬物 樫舎でお茶を飲む 三連休を得たので、奈良に出かけた。三連休一日目は大阪にいた。新幹線では、東京からは奈良に直通で行けないので、大阪に一泊することにしたのだ。 在華坊さんがツイートしていた大安が気になっていたので、行ってみることにした 破格の立ち飲み、西天満『大安』 - 日毎に敵と懶惰に戦う 外から見るとかなり混んでいるように見えたが、戸を開けてみるとそうでもなく、普通に座ることができた。立ち飲みなのかと思っていたが、実際には小さな椅子が置いてあ
このニュースに関連して… dot.asahi.com 中国古代史のエピソードに似たことがあったような、うろ覚えの記憶があった。秦の胡亥か隋の煬帝じゃなかったかなと思って、手持ちの本をちょっと調べてみた。 隋の煬帝のほうだった。 隋の煬帝 (中公文庫BIBLIO) 作者:宮崎 市定 発売日: 2003/03/01 メディア: 文庫 時代背景として、隋王朝末期は、大運河建設など大掛かりな公共事業による国内の疲弊と、不満を外に向けさせるために企てた高句麗遠征の失敗により、中国全土で反乱が相次いでいた。 臆病な人間はまた猜疑心の強いものである。朝廷の大臣や大将を、ほとんど消耗品のように考え、古いものを棄てては新しいものに取りかえてきた煬帝には、ほんとうに信頼できる大臣というものがなかった。このころには、ただひとり残った宇文述ぐらいが相談の相手になっていた。煬帝は地方の反乱のことは、聞くのは怖いが、
虚構新聞出版が制作中の非公認教科書が話題です。新たな視点で歴史を解釈し、学びやすいかもしれない工夫を凝らした内容に、約4万6000件のいいねが集まっています。 虚構新聞版「遣隋使の手紙」 虚構新聞は、「実際にありそうで実は存在しない」をテーマにニュースを更新するサイト。しかし虚構新聞出版(@kyoko_pub)では、歴史の教科書の内容に沿った非公認教科書を本当に制作中です。 Twitterで話題になったのは、「虚構新聞出版『遣隋使』資料」です。「遣隋使の手紙」をLINEグループ風に表現し「日没する(日没絵文字)処の天子にメッセージを送るネ!!(キス絵文字)」「ナンチャッテ(汗絵文字)」と“おじさん構文”化。これを見た隋の皇帝が、無言でグループを退出することで怒りを表現しています。 歴史上の遣隋使の手紙は、国交を結ぼうとした聖徳太子が隋の皇帝に手紙を送ったというものですが、日本と隋が対等であ
台湾中で「歩行者優先」と叫ばれる中、北部・桃園市の中学生が手掛けた一枚の絵画作品が「歩行者差別だ」とネットユーザーから批判の声が上がるなど波紋を呼んでいる。 問題視とされているのは同市東興中学校の生徒が描いた「帝王条款」と題した作品。バスやトラック、自家用車、バイクなどさまざまな車両に囲まれ、クラクションを鳴らされているにも関わらず、リードを付けたカメを連れてゆっくりと横断歩道を渡る皇帝の姿が描かれている。 台湾の小学生から大学生までを対象とする今年の全国的な美術コンテストの漫画部門で特別優秀賞に選ばれている同作。学校側が生徒の受賞を祝いネットに投稿したところ、「歩行者の通行権を『帝王条款』に風刺するなんて。学校の教育に問題があるのではないか」などと非難された他、賞の撤回を求める人もいた。 学校側は生徒の作品について、歩行者と運転者とのトラブルを見て、メディアで見かけた見出しを使用し創作し
デジタルの皇帝たち――プラットフォームが国家を超えるとき みすず書房Amazonプラットフォームが大きな力をふるう時代である。アマゾンで日々の必需品を買い、ウーバーで食事を配達してもらう。海外では配車アプリの方で生計をたてている人も多い。Appleのアプリストアでは何十万ものアプリが公開され、その売上がメインの企業も多い。アマゾンのサービスのひとつ「メカニカル・ターク」は、希望者にタスクを分配する仕様で、世界中のリモートワーカーの資金源になっている。 こうしたプラットフォームが存在することは、利点ではある。メカニカル・タークのような巨大なオンライン労働市場はそれだけ仕事を振る人も多く、人のいないサービスと比べれば容易に仕事にありつける。特にオークションや取引プラットフォームなどでは顕著だが、取引が成立したにもかかわらず品物を送らない悪質な取引事業者や個人が現れたときも、プラットフォーマーは
ローマ(CNN) 紀元1世紀のローマ皇帝ネロが所有していた私設劇場がイタリアの首都ローマで発掘され、専門家から「類いまれな」発見と呼ぶ声が上がっている。発見場所はバチカン市国からわずか数メートルの場所だった。 ローマ市の特別監督官であるダニエラ・ポッロ氏が発表した。ここはネロが詩や音楽の試演を行っていた場所で、現在のサンピエトロ大聖堂の近くに位置する。 劇場の存在については大プリニウスによって書かれたローマ時代の文献で言及されているが、これまで場所が確認されておらず、歴史家を困惑させていた。 ネロは第5代ローマ皇帝として紀元54年から68年まで統治した人物。指導者としては不人気であり、贅沢三昧(ぜいたくざんまい)と放蕩(ほうとう)で有名になった。 遺跡には大理石の柱や金箔(きんぱく)による装飾、ネロの演劇で使われた衣装や舞台背景の遺物を収めた保管部屋などが残されている。 今回の発掘は、コン
巫俊(ふしゅん) @fushunia 『図説中国文明史』シリーズ、五胡の出土品についても画像を多く掲載してる。このシリーズが出た頃から出版不況がリアルに忍び寄ってた気がしてて、実際これを買った奈良県の大きな書店では、長い間このシリーズを並べたままだったので背表紙が日焼けしてました。 #五胡十六国の日2021 pic.twitter.com/U6ReLhB5AU 2021-05-16 14:48:48 巫俊(ふしゅん) @fushunia 論文探索 門田誠一「『三国史記』百済本紀所載の築城用語に対する釈義 「蒸土」をめぐって」(『鷹陵史学』、2002年) 『晋書』載記、赫連勃勃に「蒸土築城」の記事があり、『三国史記』蓋鹵王二一年条の「「蒸土」によって築城された城」とは何か、検討した論文のようです #五胡十六国の日2021 2021-05-16 13:51:10
歴史書「亡国の王」、販売禁止に 明最後の皇帝、習氏連想か―中国 2023年10月17日20時33分配信 中国の習近平国家主席=9月28日、北京(AFP時事) 【上海時事】中国で9月に出版された明王朝の最後の皇帝、崇禎帝に関する歴史書が17日までに回収処分となり、事実上の販売禁止となった。出版取次業者は「印刷の問題のため」と説明しているが、書名の「勤政的亡国君(勤勉な亡国の王)」が習近平国家主席を連想させかねないと判断し、禁書扱いにした可能性がある。インターネット上でも書名を検索できなくなった。 中国、陸上選手の写真検閲 番号の並びが「64」、天安門想起か―アジア大会 著者は明時代を専門とする歴史家の陳梧桐氏(今年5月に死去)。同書は崇禎帝に焦点を当て、17世紀の明の滅亡に至る過程を描いた。香港紙・明報によれば、同書は2016年に「崇禎往事」の書名で既に出版されていたという。当時は禁書に指定
AIを利用して、紀元前27年から西暦285年までの間にローマ帝国を支配した皇帝54人の顔を、リアルに復元した肖像画が公開されています。 Photoreal Roman Emperor Project. 54 Machine-learning assisted portraits | by Daniel Voshart | Medium https://medium.com/@voshart/photoreal-roman-emperor-project-236be7f06c8f AI 'resurrects' 54 Roman emperors, in stunningly lifelike images | Live Science https://www.livescience.com/ai-roman-emperor-portraits.html カナダ出身のデザイナーであるDani
おれはコンスタンティノス7世。 なんか苦労人のような感じもするし、 スーパーラッキーなやつのような感じもする。 すごい文人皇帝で東ローマで文化を興隆させた人なんだけどね。 その一生がなんといえばいいんだろう? ものすごく、わかりやすくいうと、 徳川家康に一回天下を取られたんだけど、あとから返してもらった豊臣秀頼。 みたいな感じかな。 それも色々と面倒事、というかかなり深刻な外交や内政の問題を家康が色々と解決した結果として、 すごく国力が充実した状態で天下人になれたラッキーマン。 その徳川家康の役割をしたやつが、 ロマノス1世レカペノスというやつなんだけど、 そいつはせっかくクーデター起こして皇帝になったのに 期待していた跡継ぎの長男が死んじゃったら なんか、ああ駄目だ 他の俺の息子共はボンクラばかりで誰もまともに皇帝になんてなれやしねえ、 って諦めて 後継者をコンスタンティノス7世にしちゃ
日本でもよく知られている三国志の物語は、司馬氏の西晋により280年に三国が統一されて幕切れを迎えた……。が、それから遣隋使や遣唐使で知られる7世紀の隋・唐まで、中国史の知識がすっぽり抜け落ちている人も多いのではなかろうか。事実、三国志と隋唐時代に挟まれた約300年間の中国は、目まぐるしく王朝が移り変わる動乱の時代だった。 まずは西晋が内紛で崩壊し、中国北部で異民族の小王朝が乱立(五胡十六国)。やがて鮮卑せんぴ族の北魏ほくぎが台頭して5世紀なかばに華北を統一する。いっぽう中国南部は晋の皇族が亡命政権(東晋)を樹立後、王朝が宋・斉・梁・陳と続いた。北族(遊牧民)の北朝と、漢民族の南朝が対峙たいじする「南北朝時代」である。やがて北朝の系統である隋が中国を再統一した。 北方の遊牧民が、漢人と衝突し、融合した時代 ——今年、日本史の世界では清水克行先生の『室町は今日もハードボイルド』(新潮社)が話題
幣束 @goshuinchou 遣唐使で中国に渡った日本使節、皇帝から賜った物品を換金してその金で本を購入して持ち帰ってるんだけど、中国人研究者の王勇さんによると「旧唐書や新唐書に見られる五十数カ国の遣唐使の記録を調べる限り、日本使ほど書籍を好んで求める国使は他に無い」との事で、日本の遣唐使の気合を感じる。 2024-09-09 14:41:44 幣束 @goshuinchou 先進国の法制や思想文化を学んで現地で書籍買いまくって帰国して自国を発展させる、それによって自らも立身する、そういった横溢する気概に溢れている、すげえなと思う。 2024-09-09 14:46:21 幣束 @goshuinchou 貴重な補足を頂きましたので貼っておきます。 まあしかしながら皇帝の下賜を換金して本を買って帰国するというのが遣唐使の目的としては当然ですが、知識欲や勉強熱心やらですげえなあ、という所はそ
自己肯定感という言葉がいつの間にかインフレを起こしている。そういう言葉をタイトルにした記事や書籍がたくさん出て、並行して「自己肯定感をあげるセミナー」などのようなものもたくさん出てきている。 まあ、それはいいのだが、懸念するのは「自己肯定感」という言葉の意味が勘違いされてきているということだ。 一番多いのが「自己肯定感」と「自己有能感」の混同である。自己有能感(自己有用感ともいう)とは、自分が有能・有用だと思える感情のことで、他者との関係で、自分の存在が誰かの役に立っている、貢献していると認識出来る時に起きる感情である。 一方、「自己肯定感」とは「自尊感情」ともいいますが、自分の存在の意義や意味を自分自身で信じられる感情のことです。 どこがどう違うのか?と思う人もいるかもしれないが、自己有能感とは基準が他者や社会という自分の外部にあるのに対して、自己肯定感とは基準は自分の内面にあるという点
初代ローマ皇帝アウグストゥスをかたどった頭部像が、イタリア南部の町で出土した/MIBACTmolise/Facebook 初代ローマ皇帝アウグストゥスをかたどった2000年前の大理石の頭部像が、イタリア南部モリーゼ州のイゼルニアで発見された。 考古学者のフランチェスコ・ジャンコラ氏がこの類いまれな発見をしたのは、2013年の豪雨で崩れた中世の壁を修復していた時のことだった。 ジャンコラ氏はイゼルニアの地元自治体のために修復作業に携わっていたが、6日のCNNの取材に語ったところによると、これほど大きな発見があるとは予想していなかったという。 「壁の後ろを掘っていた時に、地面の色が変わったのが見えた」(ジャンコラ氏) 「そのまま精密なこてで掘り進めたところ、大理石の塊が出てきた。髪型や目の形と彫り方から、アウグストゥス像の頭部であることがすぐに分かった」 発見を受け、ジャンコラ氏は直ちに当局や
「皇帝」の敬称で愛されたドイツの伝説的サッカー選手、フランツ・ベッケンバウアーさん(78)が7日に亡くなった。同国のDPA通信やスカイスポーツ・ドイツなど複数メディアが8日(日本時間9日)に報じた。 遺族が通信社などに「日曜日(7日)に78歳で亡くなった」と連絡を入れたという。 「ミスターW杯」というべき男だった。西ドイツの主軸DFとして66年のワールドカップ(W杯)イングランド大会で準優勝。70年メキシコ大会は3位で、地元開催となった74年ドイツ大会では悲願の優勝を遂げるなど、輝かしい実績を残した。 66年大会は守備的MFながら高い決定力を生かして5得点。最終ラインに下がった後も、次第に「リベロ」として最後方のスイーパーから攻め上がるゲームメーカーとして君臨した。 気品にあふれる姿から「カイザー(皇帝)」の愛称で親しまれ、右足アウトサイドを駆使した、正確かつ優雅なパスで、最強「西ドイツ」
東京大学の研究グループは火山の噴火による堆積物に埋もれたイタリア南部の遺跡から、およそ2000年前のローマ時代の建物を発見したと発表しました。建物が使われていた年代や、個人用の浴場があったと考えられることなどから、研究グループはこの建物はローマ帝国の初代皇帝、アウグストゥスの別荘の可能性があるとしています。 東京大学の研究グループは、イタリア南部のカンパーニャ州にある活火山、ベスビオ山の北側にあるローマ時代の遺跡「ソンマ・ヴェスヴィアーナ」で2002年から発掘調査を続けていて、去年、西暦79年の噴火による堆積物の下から新たに大規模な建物の一部とみられる遺構を見つけました。 見つかったのは浴場に送る湯を沸かすための窯があったと見られる部屋です。 この部屋から採取した当時の木炭などから年代測定を行ったところ、西暦1世紀前半に集中していて、そのあとの時代のものはなかったことから、西暦1世紀前半以
東方書店 東京店(神田神保町) @toho_jimbocho 【非流通本】 『これから皇帝になる人の はじめての即位 上巻(喪礼)』550円 『これから皇帝になる人の はじめての即位 下巻(祭祀)』660円 『名君へのステップアップ はじめての即位 別冊(封禅)』440円 幾喜三月 著/サークル名:楽史舎 楽史舎さんの作品は☞ toho-shoten.co.jp/toho-web/searc… 2025-02-22 15:18:05 東方書店 東京店(神田神保町) @toho_jimbocho ・青銅器を作る、使う ・就活で科挙のスコアが必要になる ・城門と城郭を造成する ・宣教師の勉強法で天上人と話せる日本語を学ぶ ・大型建築の屋根の重みを支える仕組み ・知識人は四書五経のほかに算術も必要 ・鉱物から顔料を取る、使うには 急に言われても困らない、楽史舎さんの本があれば!✊ pic.x.c
ロシアのフィギュアスケート界で〝皇帝〟と称されるエフゲニー・プルシェンコ氏が、自国民が部分動員令から逃れる目的で国外脱出を図っていることに改めて不快感を表明した。 【写真】羽生結弦と抱き合うプルシェンコ プルシェンコ氏は同国メディア「メタレーティング」のインタビューに応じ、オレグ・マティシンスポーツ大臣がトップアスリートらを特例で部分動員令から保護する方針を示していることに言及。「まだ何も知らされていない」と前置きした上で「皆、自分の仕事をやるべきだ。ナショナルチームに入ったのならフィギュアスケートをやるべきだ。プロのアスリートは成長していかなければならない」と理解を示した。 一方で、すでにプルシェンコ氏は「もし招集令状が来ても、私はどこにも逃げない。喜んで訓練を受けたい。私たちは子供たちと未来を守らなければならない」と自身の考えを表明している。こうした立場から「(部分動員令から逃れる目的
リンク Wikipedia 度宗 度宗(たくそう)は、南宋の第6代皇帝。 嘉熙4年(1240年)、理宗の弟である栄王趙与芮の子として紹興で生まれる。理宗には嗣子が無く、幼少より節度がある言動が認められ、景定元年(1260年)6月に皇太子に立てられた。朱子学に傾倒していた理宗は後継者の養育に格別の気を配り、度宗自身も厳格な儒教的教育を受けた。景定5年(1264年)10月、理宗の崩御により第6代皇帝として即位する。 即位後の実権は理宗の治世からの外戚である丞相賈似道が掌握しており、度宗も年齢が若かったこともあり賈似道の専横を抑えられなかった。 嘉熙4年(1240年)、理宗の弟である栄王趙与芮の子として紹興で生まれる。理宗には嗣子が無く、幼少より節度がある言動が認められ、景定元年(1260年)6月に皇太子に立てられた。朱子学に傾倒していた理宗は後継者の養育に格別の気を配り、度宗自身も厳格な儒教的
コスタリカの元大統領で、ノーベル平和賞受賞者でもあるオスカル・アリアス氏/Mayela Lopez/Reuters (CNN) 中米コスタリカの元大統領でノーベル賞受賞者のオスカル・アリアス氏はこのほど、米国に入国するためのビザを取り消されたと明らかにした。 84歳の同氏は、ビザを無効にされた理由は分からないとしながらも、米国にはそうした決定を下す権利があると認めた。 アリアス氏が所属する国民解放党のミゲル・ギレン書記長によれば、アリアス氏はビザ無効の通知を電子メールで受け取ったという。 アリアス氏は1日の記者会見で「私のビザを取り消すことが何らかの報復の産物なのかどうかは分からない。というのも私は思ったことを発言し、その内容を書き残してもいるから」と述べた。 この数週間、アリアス氏はソーシャルメディアへの投稿で、トランプ米大統領とその政策を批判していた。 ある投稿ではトランプ氏を「ローマ
ロシアのフィギュアスケート界で〝皇帝〟と称されるエフゲニー・プルシェンコ氏が、アスリートに向けて軍事訓練に参加するよう呼びかけている。 プルシェンコ氏は、蜜月関係にあるプーチン大統領が発した部分動員令を再三にわたって支持する姿勢を表明しており、自身も招集令状が届いた際には「喜んで応じる」と語っている。 そうした中、ロシアメディア「SMニュース」は「エフゲニー・プルシェンコが、アスリートは軍事訓練を受けるべきだと語った」と報じた。 プルシェンコ氏は、普段鍛え上げているアスリートこそ積極的に軍の戦力になるべきだと主張。「我々やアスリートは軍事訓練をする必要があるなら、私たちは行かなければならない。これは、ある種の必要性があることを意味している。そこには、我々(社会)がまだ把握していないニーズ、前提条件がある」と持論を展開した。 そして「大丈夫だ! 我々が本当に男なら、行かなければならない。訓練
西洋世界に挑んだ傑物 チンギス・ハンは生前、自分の肖像画を描くことを許さなかった。 そんなチンギス・ハンの「魂」が消失したのは1937年のことだ。この年、スターリンの軍隊がモンゴル人数万人を殺戮し、モンゴル領内の寺院を次々に破壊した。 この「チンギス・ハンの魂」とは、スルデと呼ばれる彼の黒い馬の毛で作られた霊幡のこと。彼はかつてこの霊幡を掲げ、モンゴルの男たちを戦場に導いたのである。そのスルデは何世紀もの間、シャンハ山地の僧院でうやうやしく祀られていたが、1937年にウランバートルに持ち出されて以来、どこにあるのかわからなくなってしまった。 米国人学者ジャック・ウェザーフォードの快著『チンギス・ハンとモンゴル帝国の歩み』にそんな話が記されている。ソ連崩壊後のモンゴルで遺跡の調査をしたこの米国人学者が注目するのは、イフ・ホリグという1000平方キロメートルの区域だ。チンギス・ハンは生誕地に近
この画像を大きなサイズで見る 古代ローマ帝国23代皇帝、ヘリオガバルス(204年- 222年)は14歳で凱旋即位したときに、女王のような衣装を着て現れたことでローマ人を戦慄させたという逸話が残されている。 ヘリオガバルスがトランスジェンダーだったかどうかの議論は、学者の間でも意見が分かれているが、イギリスにあるノース・ハートフォードシア博物館は、今後この皇帝の展示の表示を”彼(He)”ではなく”彼女(She)”あるいは”彼女の(Her)”に変更する予定だ。 これはかつて、ヘリオガバルス皇帝自身が「私を殿下と呼ばないで欲しい。私は淑女なのだから」と言ったと古典文書に記されていることを受けてのことだという。 ローマ皇帝ヘリオガバルスをトランスジェンダーに認定した博物館 博物館の広報はこう語る。 「過去の人物の代名詞をきちんと特定するのに配慮するのは、その人物に礼儀正しく敬意を払いたいという希望
プーチン氏の行動を理解するには、クレムリンの内部情報に対する検証が重要になる/AFP/AFP/RIA NOVOSTI/AFP via Getty Images (CNN) ウラジミール・プーチン氏は気がふれてしまったのか? でなければどうしてロシアの大統領ともあろう人物が、かくも無謀なやり方で世界を想像もつかない危機の瀬戸際に追いやれるのだろうか? クレムリンの外から見れば全く正当化できず、勝ち目もないウクライナでの戦争によって。 そう。この戦争に勝ち目はない。たとえロシア軍がウクライナの民主的な政府に銃剣を突きつけ、ロシアの傀儡(かいらい)政権と入れ替えて国を占領しても、クレムリン(大統領府)が直面するのは血みどろの内乱であり、壊滅的な経済の悪化だ。 プーチン氏にはまだ実感がないかもしれないが、本人が最も恐れるのは草の根の運動によってその地位を追われることであり、そうした事態は当人が自ら
今から36年前、まだウラジーミル・プーチンの名が知られていなかった時代に、独裁者プーチンの台頭と恐怖政治を予言するような近未来小説『モスクワ2042』がソ連で出版されていた。小説で描かれた2042年のロシアに君臨する“絶対的支配者”とプーチンの驚くべき共通点とは──。 2042年のロシアにはソ連が健在していた ソビエト連邦が崩壊に近づいていた1986年、ロシアのある風刺小説家が祖国の未来を想像した。国家元首はKGB(国家保安委員会)から出世した人物で、戦争で権力を固め、元同僚を影響力のある地位に引き上げ、ロシア正教会から権威を与えられたと主張し、何十年にもわたってロシアを統治していた。 つまり、彼はウラジーミル・プーチンを予言していたのだ。
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