ランシエールとベルサーニ 1 ジャック・ランシエールはその『不同意=計算違い』(ガリレー、一九九五年)で、アリストテレスの『政治学』の有名な一節について興味深い指摘を行っている。人間は言語をもっているので有益なものと損害とを、したがって、正義と不正とを表明できると述べられている部分である。これは一見すると、近代の功利主義とも見紛う主張である。アリストテレスにとって正義と不正の基準は、利益と損害にあるというのだから。 だが、ランシエールが指摘するのは、ここで「有益さ」とか「利益」と理解されているものと「損害」とされているものは、ギリシャ語ではそれぞれsumpheronとblaberonであり、この二つの語は古代ギリシャ世界では対をなさないということである。というのも、blaberonが意味しているのは誰かが誰かに与えた損害、危害であって、この概念と対をなすのは、損害に対する補償という意味での