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ブックマーク / apeman.hatenablog.com (25)

  • 安倍内閣によれば、東京大空襲は「違法」とは言い切れないとのこと - Apeman’s diary

    で、紙議員への答弁書と同じ5月7日に、福島みずほ議員の質問主意書(質問第84号)に対する答弁書も出ています(リンク先PDF)。主意書は東京大空襲に対する政府の見解を問うたものなのですが、「安倍内閣は、東京大空襲について、国際法に違反する行為との認識を持っているのか」という質問に対しては、こう答えています。 政府としては、当時の状況については様々な見方があり、御指摘の東京大空襲は、当時の国際法に違反して行なわれたとは言い切れないが、国際法の根底にある基思想の一たる人道主義に合致しないものであったと考える。(後略) 強調は引用者。後略部分には「専門家等により議論されるべきもの」云々という、右翼政治家が都合の悪い質問から逃げるときの常套句が続いております。 で、強調部分です。「違法な殺害だけが虐殺」だと主張する南京事件否定論者によれば、東京大空襲は「虐殺」とは言い切れない、と日政府は主張すべ

    安倍内閣によれば、東京大空襲は「違法」とは言い切れないとのこと - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2013/05/11
    んー、ホロコースト否定論者が「当時の法律では合法だったからユダヤ人虐殺は正当。だからホロコーストは事後法で裁いた連合国の陰謀」て言い出したときにはどうしようかと。
  • ホロコースト否定論者はイスラエルのタカ派にとって最高の援軍 - Apeman’s diary

    暴言をツイートしては消す、という評判を耳にしてはいたのだが、どうやら当だったようで。 ホロコースト否定論が世界中で広く受け入れられていると主張するこのツイートもすでに削除されている。 イスラエルがガザ地区への格的な侵略を準備中……という情勢を受けて、彼女はパレスチナ人への連帯を訴えるツイートもしているが、パレスチナ人の側に立つ人間がホロコースト否定論に加担することほど、イスラエルにとってありがたいことはない。イスラエルの暴力に抗議する意志のある者こそが、ホロコースト否定論への批判においても先頭に立たねばならないのだ。

  • 「同等」とはなにか? - Apeman’s diary

    米パセリーズ・パーク市の「慰安婦」碑をめぐって、碑を支持し日側の撤去要請を批判する新聞広告(5月29日、NYタイムズ)についてこもりんが自身のブログでエントリを書いています。 日の右派が主張し国際社会から跳ね返された論法の繰り返しばかりで論評に値しないのですが、一点だけ、その広告に固有の論点があるので言及しておきます。 ごく簡単に考えても、この記述には以下の重大な間違いがあります。 (1)ナチス・ドイツがユダヤ民族600万人を虐殺したことを日の「慰安婦」問題と同等にみなしている。 ごく簡単に考えても、この記述には以下の重大な間違いがあります。 (1)新聞広告が比較しようとしているのはホロコーストと従軍「慰安婦」制度ではなく、それぞれについての(西)ドイツ政府(ないしその政治指導者)と日政府(ないしその政治指導者)との態度である。 (2)「同等」とはどのようなことを意味するのかが曖昧

    「同等」とはなにか? - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2012/05/31
    「意図的な相対化」問題。
  • 「初めて人を殺す」 - Apeman’s diary

    大島軍曹は即座に上官の「鶴の一声」に従い、 「では、列の最後尾にいる者から順番に刺突することにする。最後尾にいる者は前へ出ろ」 と怒鳴った。しかし、誰も前に出る者はいない。私たちの間にざわめきが起こった。列にビリにいるのは馬場二等兵にきまっている。その馬場はすっかり臆してしまって前へ出ないのだ。 「最後尾にいるのは馬場二等兵だな。馬場、前へ出んか!」 大島軍曹がまた怒鳴った。しかし、馬場は返事もしなければ前へもでない。たまりかねた亀岡兵長が馬場二等兵のもとへ飛んで行って、 「馬場二等兵、貴様、班長殿がおっしゃっていることが聞こえんのか」 と、馬場二等兵の胸ぐらをつかんで、前へ引きずり出した。 「さあ、銃剣を構えるんだ。そして標的めがけて突進するんだ。なにも恐れることはない」 亀岡兵長はいちいち馬場二等兵の手をとって、どうにか銃剣を構えさせた。 「突っ込め!」 兵長は馬場の肩を力一杯押した。

    「初めて人を殺す」 - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2012/01/14
    なぜ人間は許可されていても人を殺す事を躊躇うのか。
  • 「歴史認識の溝」とはなにか? - Apeman’s diary

    昨日、今日は野田首相の訪中が予定されていたのですが、およそ一週間前の7日に延期されることが発表されました。 (……) 野田総理大臣は、来週12日と13日の2日間、就任後初めて中国を訪れ、胡錦涛国家主席らと会談する方向で調整していましたが、中国側から訪問を延期できないかという打診があり、日中両政府が協議した結果、訪問を延期することになりました。延期の背景について政府関係者は、12月13日が、日中戦争中に中国の南京で、日軍が市民を殺害したり、暴行や略奪を行ったりしたとされる「南京事件」から74年に当たるため、野田総理大臣の訪問がこの日と重なることで、中国国内の反日感情が高まりをみせるのを避けたいという中国指導部の意向があったのではないかとみています。政府は、野田総理大臣の中国訪問を、年内に実現させる方向で日程を再調整する方針ですが、ほぼ固まっていた総理大臣の外国訪問の日程が延期されるのは異例

    「歴史認識の溝」とはなにか? - Apeman’s diary
  • ことさら「諸説ある」と言われることの意味 - Apeman’s diary

    今年の8月17日に asahi.com に掲載された「軍都の風景2 南京大虐殺」という記事には南京大虐殺についての用語解説がついているのだが、驚くべきことにその大半は犠牲者数をめぐる“論争”についての記述に費やされている。 南京事件(南京大虐殺) 1937年12月、旧日軍が南京で捕虜や市民の殺害、略奪に及んだとされる事件中国側は、戦後の「南京軍事法廷」の判決などをもとに「犠牲者は30万人」と主張。日の研究者の間では「約4万〜20万人」の説が多数だが、「虐殺はない」との意見も。外務省は「殺害や略奪は否定できないが、被害者数の認定は困難」との公式見解を出している。 書き手の意図がどうであれ、結果としてこうした記述は「犠牲者数が不明で、諸説ある」ことこそが南京事件に関して特筆すべきことである、と主張していることになる。例えば国際法の歴史という観点から言えば、事件当時外務大臣であった廣田弘毅

    ことさら「諸説ある」と言われることの意味 - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2011/11/18
    「諸説ある」「解らない」ことから、「無かった、もしくは大したことじゃない」に持っていきたい人は多いなぁ。
  • 自分が殺した男の娘に会った米帰還兵 - Apeman’s diary

    アメリカの軍事史家デーヴ・グロスマンは人間が他の人間を殺すことに対して持つ抵抗感、特に近距離で殺すことへの抵抗感の強さを例証するものとして、次のようなケースを紹介している。 (……)アメリカ軍の中隊指揮官ウィリス大尉は、部隊を率いてベトナムの川床を歩いていたとき、だしぬけに北ベトナムの一兵士と遭遇した。 ウィリスは兵士に並び、M16で相手の胸を狙った。五フィートと離れていなかった。兵士のAK47もまっすぐウィリスに向けられている。 大尉は激しく首をふった。 北ベトナム軍の兵士も同じように激しく首をふった。 休戦協定、停戦命令、紳士協定、それとも取引か……兵士はそろそろとあとじさって闇に消えてゆき、ウィリスはそのまま進み続けた。 (『戦争における「人殺し」の心理学、ちくま学芸文庫、210ページ) もちろん、すべての兵士が殺人を選択せずにすむわけではない。 (……)あるベトナム帰還兵は、若い北

    自分が殺した男の娘に会った米帰還兵 - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2011/07/07
    戦場で「倫理」と呼んで良いのかちと迷う。/「男の娘」とは読めなかった。オレはセンスが無い。/「鹿爪らしい」を「顰め面しい」と思いこんでた。ハズい。
  • 歴史修正主義を甘やかしてきた結果がこれ - Apeman’s diary

    関連エントリ:http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20110616/p1 毎日jp 2011年6月21日 大阪維新の会:中学歴史教科書「自由社、育鵬社使用を」 首長政党「大阪維新の会」大阪市議団が、中学生の歴史教科書として、記述内容で賛否両論がある自由社や育鵬社の教科書を使うよう求める方針であることが21日分かった。教科書採択に関する意見書や決議文を、早ければ9月定例市議会に提出する方針。中学校の教科書は来年度に4年に1回の更新を迎えるが、市教委の選考に影響を与える可能性もある。 (後略) 「なんにでも歴史認識問題を絡めるサヨクはうざい」とか「それはそれ、これはこれ」だとか「大同団結」だとか「どっちが大事な問題だと思ってるんだ?」とか「どうせウヨサヨのプロレスだろ」とか……、歴史修正主義の問題から目を背けるための言い訳はさんざん聞かされてきた(つい最近

    歴史修正主義を甘やかしてきた結果がこれ - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2011/06/24
    いろいろダメすぎる。
  • 「先の大戦」の反省はどこに行ったの? - Apeman’s diary

    毎日jp 2011年3月10日 「竹島問題:放棄要求に署名、土肥・政倫審会長辞任」 つい先日、「政府・軍が日側の観点のみを宣伝→メディアがそれに追随、煽りまくり→国民、「満蒙は日の生命線!」と吹き上がる→メディア、止められなくなる→軍も止められなくなる→太平洋戦争勃発」って感じの番組が某局で放送された時には、「メディアひでー」「国民ひでー」って言ってた人がいっぱいいたじゃないですか。70年前じゃなくてほんの10日ほど前のはなしなんですけど。 ま、上記の図式に付け加えるとしたら、政党もまた「誰が最も勇ましいことを言うか」レースに乗りまくったわけです。でもって、異論を唱える人間を「非国民」だの「弱腰」だのと国を挙げて Disりまくった結果があの大敗北。 もちろん、白黒がはっきりとつくような問題については、間違った認識を持つ議員が批判されるのも当然でしょうし、また基的な理念の問題であれば与

    「先の大戦」の反省はどこに行ったの? - Apeman’s diary
  • 「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」第1回、第2回を見て(追記あり) - Apeman’s diary

    この番組について書く前にとりあげたいもあり、また第3回、第4回も見たうえで評価したいということもあって、とりあえず思ったことを漫然と書いておくことにする。 1月16日に放送された第2回「巨大組織“陸軍” 暴走のメカニズム」について、hokusyu さんが次のようにコメントしておられる。 昨日のNHK戦争話は、まあ実証歴史学の罠というか。よくあるホロコースト機能派批判がそのまま通用してしまう感じ。つまりカタストロフがあたかも「運命」であったかのように物語られることですが。 (http://twitter.com/#!/hokusyu82/status/26857725812019200) たしかに「暴走のメカニズム」といったタイトルは視聴者にそうした「物語」を暗示しかねない。第1回の導入部では当時の軍・政府関係者の戦後の発言が紹介されていたが、佐藤賢了の次のような発言*1は「カタストロフ

    「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」第1回、第2回を見て(追記あり) - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2011/01/21
    このツィートを見たとき、「実証歴史学の罠」「機能派批判」が理解できなかったので質問しようかと思っていたところ。
  • 「最終的解決」はむしろ現在進められつつある - Apeman’s diary

    ツイッターではすでに指摘しておられる人もいるが、念のためこちらでも。「最終(的)解決」という用語は日の同盟国であったドイツの国家犯罪の(当事者が用いた)婉曲表現であるがゆえに注意を要するものではあるが、戦後補償問題という文脈においてはより切実な問題がある。先日、名古屋空襲で両足を失った女性の妹の「国は戦災傷害者が死ぬのを待っている」という言葉(を伝える記事)を紹介した。名古屋空襲の被災者は他地域の戦争被害者とともに今年「全国空襲被害者連絡協議会」を結成して国に補償を求める活動をしているが、国内外で公的な補償を求めている人々が共通して口にするのが「日政府はわれわれが死ぬのを待っているのではないか?」という言葉だ。日政府の中で特定の個人が明確にそうしたことを意識して対応を決めているかどうかは別として、従来とおりの不作為を続けることがどのような結果につながるかは明白である。したがって、戦後

    「最終的解決」はむしろ現在進められつつある - Apeman’s diary
  • 朝日新聞によれば石破茂・元防衛大臣は左翼なのかもしれない - Apeman’s diary

    「暴力装置」の表現は、かつて自衛隊を違憲と批判する立場から使用されてきた経緯がある。 (http://www.asahi.com/politics/update/1118/TKY201011180169.html) 破綻国家においてどうしてテロは起こるのかというと、警察と軍隊という暴力装置を独占していないのであんなことが起こるのだということなんだろうと私は思っています。国家の定義というのは、警察と軍隊という暴力装置を合法的に所有するというのが国家の1つの定義のはずなので、ところが、それがなくなってしまうと、武力を統制する主体がなくなってしまってああいうことが起こるのだと。そしてまた、テロは貧困と圧政によって起こるというのは、それはうそで、貧困と圧政の見みたいな国が近くにありますが、そこでテロがしょっちゅう起こっているという話はあんまり聞いたこともない。そこでテロは起こらない。 (http

    朝日新聞によれば石破茂・元防衛大臣は左翼なのかもしれない - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2010/11/19
    あらら、議員辞職かな?
  • 「なぜ助けたのか?」という問い - Apeman’s diary

    先月末に放映されたETV特集「シンドラーとユダヤ人〜ホロコーストの時代とその後〜」に登場する生存者の一人は、「なぜシンドラーはユダヤ人を助けたと思いますか?」という質問に対し、私はそんなことは尋ねるなと言うことにしている、「なぜ?」と問われると不快になる、という印象深い答えを返していた*1。その意味するところを彼自身が明示的に語っているわけではないのだが、次のような解釈が頭に浮かんだ。 あの時代においてユダヤ人を助けることは、彼らを見捨てたりあるいは積極的に殺害に加担することに比べれば遥かに困難なことであったから、「なぜ助けたのか?」という問いが出てくるのは当然のことに思える。だがその問いは、来問われるべき「なぜ助けなかったのか?」という問いを背景に退けてしまいかねない。彼らが助けられることに理由など必要なかったはずであるにもかかわらず。 *1:このやり取りは、上記番組の短縮版である「ホ

    「なぜ助けたのか?」という問い - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2010/11/12
    「助けられた人」に「なぜ助けたと思うか?」と聞くことの暴力性。
  • 「「妖怪」がわかれば「昭和」もわかる」(対談) - Apeman’s diary

    作中で731部隊について触れたら左巻き認定されてしまった京極夏彦の対談集、『対談集 妖怪大談義』(角川書店)収録の、保阪正康との対談。連休中にどこかでその一部が引用されていたのを見かけて、「これは紹介する価値があるな」と思ってを探してきたのだが、今度はどこで引用されていたのかわからなくなってしまった…。というわけで仁義を切ることができないのだが、思い出すきっかけを作ってくださった方にお礼申し上げます。 追記:思い出した、というか再発見しました。以下で引用したもののうち前半部分がこちらで紹介されていました。 京極夏彦が保阪正康に、昭和史研究を始めたきっかけを問うたのをうけての部分。何千人もの軍隊経験者にはなしを聞いてまわった経験に基づき、保阪正康は次のようなエピソードを紹介している。 保阪 こんなこともありました。口ではいろんなことを言うけれども心のなかで、自らの実体験に傷ついている人がい

    「「妖怪」がわかれば「昭和」もわかる」(対談) - Apeman’s diary
  • 『なぜ人はニセ科学を信じるのか』の誤訳 - Apeman’s diary

    マイクル・シャーマーの『なぜ人はニセ科学を信じるのか』(早川文庫、I・II、原題は Why People Believe Weired Things)は疑似科学批判の入門書としてよく読まれているで、しかも批判対象の中に歴史修正主義(ホロコースト否定論)が含められているという点で興味深いでもあるのだが、先日東京裁判判決の和訳を問題にしたことでこのに誤訳があることを思い出したのでメモ。 ホロコースト否定論を扱ったII巻の186ページ。「目的論派と機能論派の議論」とあるがこれは通常「意図派と機能派」と訳される。「機能論」はまだしも、「目的論」は teleology の訳語として定着しているので、intentionalist の訳としては間違い。もう一つは185ページ。 (……)一九九六年、ダニエル・ゴールドハーゲンが『ヒトラーお抱えの死刑執行人たち』の中で、「ふつう」のドイツ人や、非ナチス

    『なぜ人はニセ科学を信じるのか』の誤訳 - Apeman’s diary
  • 「言わずに死ねるか!」だそうで - Apeman’s diary

    朝刊で見た『週刊ポスト』の広告のデムパぶりにクラクラしてしまいました。 [憂国オピニオンワイド]言わずに死ねるか! 筒井康隆 沖縄よ、いっそ「独立」してみたらどうだ - 三浦朱門 真のエリート育成には「体罰復活」しかない - 山折哲雄 多神教国家ニッポンに「二大政党制」は無理 - 岸田 秀 他人の顔色を窺ってしまう日人の「病理」 - 長部日出雄 天皇と歩む「君民共和制」を世界に誇ろう - 西尾幹二 米軍を「進駐軍」と呼んだのが痛恨だった - 呉 智英 差別反対を叫ぶ「人権派」が国を滅ぼす 「言わずに死ねるか!」とぶちあげた割に陳腐なネタがずらっと並んでるのが哀れです。言わずに死ねるか? はい、もう言ったよね? じゃあ……。

    「言わずに死ねるか!」だそうで - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2010/06/11
    「はい、もう言ったよね? じゃあ……。」有言実行。
  • 「在特会」掲示板より - Apeman’s diary

    在特会のサイトに設置された掲示板(「フォーラム」)に「朝鮮進駐軍について」と題するスレッドがあります。 http://www.zaitokukai.info/modules/bluesbb/thread.php?thr=615&sty=1&num=l999 さすがに情報の信憑性に疑問を持つ投稿者、デマを流布することに批判的な投稿者もいるのですが、彼らが多数派からどう扱われているか、一見に値します。

    「在特会」掲示板より - Apeman’s diary
  • 『新・現代歴史学の名著』 - Apeman’s diary

    関連エントリ 「日中歴史共同研究」執筆者の「歴史認識」論 「説明」と責任(特に後半部分) 樺山紘一編著、『新・現代歴史学の名著』、中公新書 買ってきたばかりでまだ読んでない。ということで実はこのについてではなく、上の「関連エントリ」で問題にした、「進歩派」の歴史認識についての「保守派」の認識について(「進歩派」の論調の変化をほぼ冷戦の崩壊という事情に還元する説明について)。 書がとりあげている「名著」のリストは以下の通り。 ニーダム、『中国の科学と文明』、1954〜 梅竿忠夫、『文明の生態史観』、1967 ゲイ、『ワイマール文化』、1968 ウォーラーステイン、『近代世界システム』、1974〜 ル・ロワ・ラデュリ、『モンタイユー』、1975 ギンズブルグ、『チーズとうじ虫』、1976 ル・ゴフ、『もうひとつの中世のために』、1977 サイード、『オリエンタリズム』、1978 網野善彦、

    『新・現代歴史学の名著』 - Apeman’s diary
  • 武士の情けで黙ってたんだけど、しかたない(追記あり) - Apeman’s diary

    「これはまたみごとな馬脚ですね」というエントリを書いた時点で、ガメ氏が「裁判記録」なんて読んでないことについては確信していたし、他方で万万が一出てくるならそれはそれで私にとって大歓迎なはなしなのであえて黙ってたことです。しかしああも根拠レスな憶測を自分のブログのコメント欄で垂れ流されたのではたまったものではない(実質を伴ったコメントならどんだけあっても大歓迎なんだけどね)。私にここまでさせたのは自分たちである、ってことをよく噛み締めるように>b:id:gouk、taroly のお二方。 「ごぼう」なひとびとのほうは、ブログ、読みました。 ドマジメなだけのひとなのかも知れないので、簡単に書いておきます。 プライベートモードのいちばん最後に出ていたメッセージ 「岩川隆「神を信ぜず」立風書房(文庫はダメ)「末尾参考図書」に挙がっていると思うよ。 あれは送ってもらえるんです。行かなくてもダイジョブ

    武士の情けで黙ってたんだけど、しかたない(追記あり) - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2010/01/31
    歴史は結構難しい。でも間違った時は修正すればいいことだと思う。勉強になるし。/強弁すると歴史修正主義になっちゃう。
  • 「ゴボウ」伝説、再び - Apeman’s diary

    関連エントリ http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060828/p1 http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060901/p2 http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20060907/p1 http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20071227/p1 こちらにコメントしたのだが後述するような事情で掲載される見込みがないのでエントリを立てることにした。直接問題にしたのはここでの gameover1001氏の次のような記述だ。 戦後の日人BC級戦犯の裁判記録を読んでいると、こういう些細な誤解が時にいかに重大な結果を引き起こすか、よくわかります。 わっしは、「死の行進」で弱りきったアメリカ兵になけなしのキンピラゴボウを分け与えたせいで戦犯として死刑を言い渡された日兵のところまで読んで活字が涙でにじんで読

    「ゴボウ」伝説、再び - Apeman’s diary
    KIM625
    KIM625 2010/01/23
    歴史を正しく認識する事はかくも難しい。しかしそれは、語るなということではない。安易に語るなということ。