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ブックマーク / free.txt-nifty.com (10)

  • 未公認なんですぅ: 章ごとのダウンロード販売、うちもやれたらなぁ

    石原加受子;『邪悪な人を痛快に打ちのめす! 振りまわされない、疲れない、「自分中心」の心理学』こう書房,2007 (積読タワーの攻略記) 平相武;『成功するのに目標はいらない』こう書房,2007 (積読タワーの攻略記) 行ってらっしゃ~い (深くないですよ。) 辛口な意見 (たのしい検索 ゆかいな検索) 大衆感覚とか、のタイトルに関する感覚とか。 (不倒城) サービスとホスピタリティ (,読書感想『社会人として大切なことは) はじめてのづくり (夢いっぱいに生きる) 「面白い」だけのも、「売れる」だけのも、僕は作りたくはない。 (ある編集者の気になるノート) 藤巻さんに勝ったぞ! (稲田英助 稲さんの銀行テラー相談窓口) ロンドンの怖い話もいっぱい、怖い場所ロンドンダンジョン。ホラーファンには... (動画で巡るワールドツアー大全集~自分なりのジェットストリーム) Random

  • 未公認なんですぅ: 本も「売り切り」「再発」を繰り返せばいいのかもしれない

    紀伊國屋さんチェーンの月間書籍実売データを見てたんですよ。出版社ごとの実売数上位50点の一覧表を。うちのデータだけでなく、いわゆる「ビジネス書出版社」と呼ばれる他社さん数社のデータも一緒に。 上位50点に入るって、ほとんどここ1年くらいのあいだに出たなんですね。 当たり前といえば、当たり前です。普通に考えれば発行初月から数ヶ月ののほうが、1年も前に出たよりは売れるわけですから。初月に数千部の注文出荷があったでも、2~3ヵ月後にはよくて半分くらいの注文数になり、半年後には数百部、場合によっては数十部なんていう残念な結果になることだってあるわけです。 そして、こう書房だって年間40点弱の新刊を出してますし、他社さんではもっと発行点数の多いところもあります。そうであれば、上位が発行1年くらいまでので占められて当然。むしろ、数年前のが多く上位にリストされるということは「ちゃんと売れる

    banraidou
    banraidou 2008/01/21
    あー、個人的には微妙。出版社の体力的にはいいアイデアだと思うんだけども(一定期間後はネットの直販のみにしちゃうとかね)。平行してリアル書店の利益率改善のための策も必要かと。
  • 未公認なんですぅ: 本の内容を丸パクリしたメルマガのウェブ表示をやめない配信スタンドに内容証明郵便を送ったよ

    石原加受子;『邪悪な人を痛快に打ちのめす! 振りまわされない、疲れない、「自分中心」の心理学』こう書房,2007 (積読タワーの攻略記) 平相武;『成功するのに目標はいらない』こう書房,2007 (積読タワーの攻略記) 行ってらっしゃ~い (深くないですよ。) 辛口な意見 (たのしい検索 ゆかいな検索) 大衆感覚とか、のタイトルに関する感覚とか。 (不倒城) サービスとホスピタリティ (,読書感想『社会人として大切なことは) はじめてのづくり (夢いっぱいに生きる) 「面白い」だけのも、「売れる」だけのも、僕は作りたくはない。 (ある編集者の気になるノート) 藤巻さんに勝ったぞ! (稲田英助 稲さんの銀行テラー相談窓口) ロンドンの怖い話もいっぱい、怖い場所ロンドンダンジョン。ホラーファンには... (動画で巡るワールドツアー大全集~自分なりのジェットストリーム) 昨日の夜、寝て

    banraidou
    banraidou 2007/12/19
    実に真っ当だなぁと、素直に感心した。いや、ホントに。
  • 未公認なんですぅ: 自分はパッケージを買うけれど

    大物バンドが仕掛けたネット販売に音楽業界が激震!?(日経トレンディネット) こういうことって、いずれ出版の世界でも起きると思う。というか、すでに起きはじめているのだろう。 欲しいのはコンテンツそのもの、内容そのものだとするならば、それが既存のパッケージの形でなければならない理由はない。既存のパッケージという、ある意味で「特殊な形」に押し込むことを考えるから、パッケージ製作の設備やノウハウを持っているところと組まねばならず、その設備やノウハウの利用料も払わなければならない。 でも、コンテンツの受け手にとって入れ物自体はなんでもいいなら、無理に既存のパッケージに押し込む必要はない。コンテンツそのものが、よい状態で手に入れられるなら、どのような形で入手してもかまわない。 物理的な形のないコンテンツそのもの。 コンテンツを扱いやすくするためのパッケージング。 パッケージング自体をもうひとつのコ

  • 未公認なんですぅ: その謝罪はなんか違う気がする

    電車に乗っていると、なんらかの理由で運行が遅れることがありますよね。信号機の故障だとか、車両異常だとか、運転手さんがどうしてもトイレに行きたくなったとか? 電車の運行が予定よりも遅れると、たいていの場合、車内放送があります。 「先ほど○○駅手前で信号機の故障があった関係で、現在××分ほど遅れて運行しております。お急ぎのところご迷惑をおかけし、まことに申し訳ありません」 みたいな感じで。 これはね、いいと思うんです。サービス提供側の不都合・不手際等で乗客が迷惑をこうむっているわけですから。 でもね、最近、こういう放送もよく聴くのです。 「先ほど電車内で気分の悪くなったお客様がいらっしゃいました関係で、現在××分ほど遅れて運行しております。お急ぎのところご迷惑をおかけし、まことに申し訳ありません」 「先ほど電車内でお客様同士のトラブルがありました関係で、現在××分ほど遅れて運行しております。お

    banraidou
    banraidou 2007/10/18
    いや、言う人がいるからこその対応なんだろうなと思いますよ。
  • 未公認なんですぅ: 本でいいのかな。本がいいのかな。

    お盆期間中ということで、朝の通勤電車は急行でもスカスカにすいていて気分がいいです。町も人が少なく、社内も人が少なく、静かでのんびりした感じ。これでもう少し涼しければいいのですけどね。 ちなみにハワイは現在、大きなハリケーンに直撃されているようで、場所によっては学校もビーチもクローズドになってるらしい。お盆休みを利用してハワイに出かけたのにホテルから一歩も出られず、などという残念な状況にいらっしゃる方もいるのでしょうね。帰りの飛行機とか大丈夫なのかしら。 もう脳みそとろけそうに暑いので、思考もとろけそうです。 自分は縁あって商業出版社に雇われ、単行を企画・制作する編集部に配属され、業務としていくつものをつくってきて、これからしばらくもまだつくり続けなくちゃいけないんだろうと思うのですが、ご存じの方はご存じのように、あたしゃそんなにが好きじゃありません。おそらく、出版業界外にいる「そんな

    banraidou
    banraidou 2007/08/16
    実際、現場としてはDVD教材のほうが使い勝手が良いケースも多いのじゃなかろうか。剋目して読むべし。
  • 未公認なんですぅ: 本が読みたくなる環境をつくるのが、けっこう難しいのだな

    自分はも読むけれど、どちらかというと音楽ファンだし、映画を観るのも好きだし、ギターもまた少し弾いてるし、Blog(ここじゃなくて、プライヴェートのほうね)も書いてるし、更新・発行が滞りがちだけどウェブサイトとメルマガも持ってるし(これもプライヴェートでね)、こうしたネット媒体のための資料集めや原稿書きもしなくちゃいけないしで、率直にいってを読んでる時間が取れません。 それはつまり、自分の中の「を読む」に対する優先順位が他よりもかなり低めということにほかならないのですが、もしこのなかからたったひとつだけしか選べない、それ以外は捨てなくてはならないとなったら、きっと自分は「」を選んじゃうのかなぁということに最近あらためて気づいたりして。 音や人やモノにじゃまされることのない、暑くも寒くもない、静かで穏やかな日にひとりでを読むのは、やはりとても気分がいいもので。 だけど、そういう環境を

  • 未公認なんですぅ: コンテンツにお金を出してもらうのではなく、手段にお金を出してもらうことを考えることが必要なんじゃないかな

    コンテンツにお金を出してもらうのではなく、手段にお金を出してもらうことを考えることが必要なんじゃないかな ここ最近、といっても1~2年くらい前からかな、思っているんですけれど、コンテンツそのものを売るという考え方って、もうかなりきついんじゃないかと。 うまくいえないのだけど、情報にしろ創作物にしろ、もちろんそのコンテンツ自体には「お金を払うだけの価値がある」ものも多いだろうし、だからこそお金を出して買ってくれる人もいると思うのだけど、でもそれは「コンテンツ」にお金を出してるんじゃなくて、実は「コンテンツの入手方法」にお金を出してるんじゃないのかなぁと思うのですよ。 とくに、もとになる「コンテンツ」自体が文字や音や映像といったデジタルデータに変換できるものである場合、そのコンテンツを手に入れた誰かが勝手にデジタルデータにしてしまうことは充分に考えられるし、そうして作成されたデータが元のコンテ

    banraidou
    banraidou 2007/06/17
    あまろ~ねさん、やるなぁ。すくなくとも本の場合、読む前の段階ではそのコンテンツが自分にとってどのくらいの価値があるかなんて、判断できないしね。
  • 未公認なんですぅ: いまの読者は書店に「本と出会う場」を求めていないのかも...

    少し前の記事なのだけど、「帰ってきた炎の営業日誌 杉江由次」6月7日が気になってます。 営業に訪れた杉江さんに対し、いかにして店頭にあるをお客さんに手にとってもらうかを考えるのは「書店員の仕事」と言い切る書店員さんが、そのあとにこんなことをいうのです。 「でもですね、それが最近まったく伝わらないんですよ。POPを書いても多面展開しても手にも取ってもらえない、素通りなんです。その代わりテレビでちょっと紹介したとか、そんなのばっかり競い合うように買われていく。」 (「帰ってきた炎の営業日誌 杉江由次」6月7日より) つまりこれは、このを読んでほしいと、手にとってほしいと、売る側がいろいろな工夫をしても、書店に来るお客さんは、それをほとんど考慮しないと、書店に来た時点で、すでに「買う」はほぼ決まってると、そういうことなのでしょう。 最近の読者さんは、もう書店に「新たなとの出会いの場」

  • 未公認なんですぅ: 音楽業界を手本にすることはできないのだろうか

    今日は時間がないので、ごく手短に。 「帰ってきた 炎の営業日誌」2006年2月15日に、書店が新刊と古を同等に扱うってことはできないのか、アマゾンはネット上でもうやっているけれど、リアル書店では不可能なのか、といったことを書いている。 この日の日記は、元書店員で現古屋店員さんが、古と新刊を一緒に売る屋をやりたいけれど、気づくのが3年遅かった、と呟いていた、といった書き出しなのだけど... 逆にいえば、なぜ不可能なんだろう? なにが不可能にしているんだろう? 3年遅かったと呟くだけでなく、やればいいじゃん、とか思うのだけど、なにがそれを許さないのだろう? たぶん、ビジネス的なシステムとかインフラとかの問題ではなく、業界内でのある種のしがらみのようなものが、そういうアクションにブレーキをかけているのかなぁと想像する。 新品と中古を一緒に売るなんてこと、3年どころか、10年も前から音楽

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