1864年6月5日に新選組が、京都の旅籠池田屋を襲撃し、長州系の浪士たちを斬ったり捕縛したりと大活躍しました。これを池田屋事件といいます。 数十人の浪士が会合を開いている池田屋に斬り込んだのは、近藤勇ら5名。外を固める隊士も数名いましたが、人数では圧倒的に新選組が不利な状況です。それなのに新選組が大活躍できたのは、隊士の山崎蒸(やまざきすすむ)の影の功績が大きかったからです。 あまり有名ではない山崎蒸を描いた短編「池田屋異聞」が、司馬遼太郎さんの著作「新選組血風録」の中に収録されています。 大坂の鍼屋の息子 新選組と聞くと、剣の達人たちの集団というイメージがあります。そして、隊士たちは、浪士ばかりと思われがちです。当初は、壬生浪士組と名乗っていたので、そういうイメージがあっても無理はないですね。 ところが、山崎蒸は浪士ではなく、大坂の鍼屋(はりや)の出身です。今でいう鍼灸院ですね。 この時