1月25日に京都市東山区の禅居庵の雪景色を見た後、大和大路通を挟んだ西側に建つ恵美須神社に参拝しました。 恵美須神社は、商売繁盛の社として知られており、特に1月上旬の十日ゑびす大祭の時には、たくさんの参拝者で賑わいます。 それ以外の日は、比較的空いており、混雑することなく参拝できますね。 恵美須さまが埋もれるほど積もった雪 恵美須神社には、京阪電車の祇園四条駅から南東に約5分歩くと到着します。 大和大路通に面して、東向きに建つ恵美須神社の鳥居の前に到着。
![恵美須神社の雪景色・2023年](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/021305a5331e324a5fd91ed951d513c174b81f42/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fkyotohotelsearch.com%2Fblog%2Fwp-content%2Fuploads%2F2023%2F02%2Febi3.jpg)
千本釈迦堂で、3日におかめ福節分会があり、茂山千五郎社中により鬼追いの儀が執り行われました。まいまい京都さんの散策で訪れました。ご参加ありがとうございました。 千本釈迦堂 おかめ福節分会 千本釈迦堂はお堂の通称で、お寺の正式名は大報恩寺です。かつては200mほど東の千本通まで境内地があったため、千本釈迦堂と呼ばれるようになりました。本堂は鎌倉時代の1227年の建造で、京都市街地で最も古い建物として知られています。 千本釈迦堂 おかめさん この創建当時からの本堂は「おかめさん」の伝説で知られています。建設の責任者であった大工の棟梁・長井飛騨守高次(ながいひだのかみたかつぐ)は、内陣に四本立てる柱の一本を誤って短く切ってしまいました。困り果てた夫の姿を見かねた妻のおかめさんが、残りの木も短く切って、上に「斗栱(ときょう、ます)」を乗せてはどうかと提案します。 千本釈迦堂 おかめ福節分会 その見
「京都観光おもてなし大使」のライターとネコのミモロが、京都の情報や暮らし、グルメなどをご紹介。心和む雑誌のようなブログ 2月3日の13時、ミモロは、「聖護院門跡」に…。 山伏の法螺貝が響く境内…「もうすぐ節分会の法要が始まるね~」とミモロは、奥へと進みます。 本山修験宗総本山の「聖護院門跡」。白河法皇が熊野への御幸の先導を務められた増誉大僧正。その功績により聖護院という寺院を賜ったのが始まりです。同時期に、熊野三山検校職にも任ぜられていた増誉大僧正は、全国の修験者の統括も命じられ、最盛期には、聖護院の末寺は、全国に2万寺を超すまでに…。 後白河法皇の皇子が、入寺されてから、明治維新まで37代の門主が、皇室もしくは摂家からで皇室と深い関係の寺院である門跡寺院に。御所が焼失した折は、ここを御所の代りにしたことも…。 「あ、もう始まってるのかな?」とミモロが宸殿の前に行くと、すでにそこには大勢の
はじめに 宝来山古墳(垂仁天皇陵)見学にあわせて近くの #菅原天満宮(奈良市菅原東)を参拝。季節がら、ちょうど始まったばかりの #盆梅展 を見学。早咲きの梅が見ごろに入りました 目次 菅原天満宮 菅原天満宮 盆梅展 開催中〜3月5日(日) 本文 菅原天満宮 (34.68573906538012, 135.77828637537417)/奈良市菅原東1丁目15−1/近鉄奈良線・大和西大寺駅から徒歩15分、橿原線・尼ケ辻駅から徒歩15分 菅原天満宮(奈良市菅原東1丁目15−1) 宝来山古墳の見学にあわせて、野見宿禰(のみのすくね)を祖とする 埴輪と古墳造りの土師氏(はじし)発祥の地 菅原天満宮を参拝。 土師氏は後に、当地、菅原の名を名乗り平安京に進出 … 平安時代に入って菅原道真公があらわれます。 道真公(天満宮)といえば 梅の花。 御神紋は六曜の梅鉢紋 ちょうど始まった盆梅展(室内展示もあり
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