新保祐司氏毎年、8月15日の終戦の日になると思い出されることがある。かつて家の近所にあったきしめん屋の主人とのやりとりである。確かオリンピックかワールドカップかの国際的なスポーツ大会が開催中のことで、もう20年近くも前のことになると思うが、その場の記憶は鮮明である。 終戦の日に思う彼は、出征して戦場で戦った経験を持っていたが、戦後は長く東京で料理屋をやっていた。晩年になって、そちらをたたんで鎌倉に店を開いたのである。いろいろ苦労があったに違いないが、それが人格の中に溶け込んだような風情でいつも穏やかな表情をして笑顔のすてきな人だった。私は、よく昼食に出かけたが、いつも世間話を楽しんだ。手打ちのきしめんには、職人の魂が打ち込まれたようで、心して食するのを礼儀のように思っていた。