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2011年3月20日のブックマーク (5件)

  • わかりやすい、の危険性 - シートン俗物記

    ども。すっかりご無沙汰しておりました。シートンです。月イチのペースも難しそうだなぁ。 さて、先日のことですが、「研究を紹介するレジュメを作ってね(はあと)」と依頼されました。 以前エントリーにしましたが、あれと同じ感じ。 「A4一枚で、難しい用語は無し、絵を使って、素人でも判りやすくね。」 …もちろん、書き上げました。で、複雑な気分になったんですね。「わかりやすい」って言葉、最近やたら耳にするというか見掛けるな、と。有名なところだと、池上彰さんの「そうだったのか! 池上彰の学べるニュース」ですよね。終わってしまうけど。 テレビ朝日|そうだったのか! 池上彰の学べるニュース http://www.tv-asahi.co.jp/manaberu/ グーグルさんで「池上彰 + わかりやすい」で検索すると結構面白い結果が出ます。皆、わかりやすさ、を求めているというか、当然視してます。「わかりやすい

    わかりやすい、の危険性 - シートン俗物記
    seven_cz
    seven_cz 2011/03/20
  • 遠くにいる素人の個人でもできること - 深町秋生の序二段日記

    この大災害で、自然の獰猛さを嫌というほど思い知らされた。 しかし同時に人々の底力や隣人愛もたくさん目撃した一週間でもあった。もちろん残念な人もたくさん目撃した。悪意と善意の両方を一生分見てしまった。目を見張るような寄付金を出す企業や個人がいたと思えば、平時ではまともそうに見えた人物も、一気に化けの皮がはがれてしまったり。 情報もめまぐるしい。阪神大震災の教訓をもとに動こうとすれば、その教訓が足かせになっているとの意見もある。 http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20110317/p1(「被災地からの報告 阪神震災とは違う実情」を読んで気になったこと - 荻上式BLOG) しかし、遠く離れた素人でもわかるのは、被災地では想像を絶するような欠乏と苦しみが覆っているということ。被災地の窮状を知るたびに右往左往する日々が続いている。とにかくガソリン不足で、被災地どころか、

    遠くにいる素人の個人でもできること - 深町秋生の序二段日記
    seven_cz
    seven_cz 2011/03/20
  • こんな時だからこその福島の銘菓情報 - wHite_caKe

    今日、ツイッターで「こんなときだからこその福島の銘菓情報」をつぶやいてみたら、案外と好評でしたので、まとめなおしたものをこちらに掲載いたします。 福島のオススメ名物菓子を、私の独断と偏見で勝手に紹介! ぜひぜひお買い上げください。美味しいから損しないよ! 福島も潤うよきっと! 三万石 欧風饅頭エキソンパイ まずは欧風饅頭エキソンパイ! パイ皮にくるみたっぷりの餡がくるまれた和洋折衷のお菓子です。 あっさりと上品な甘みの餡と、香ばしくて歯ごたえのよいくるみと、バターの香りたっぷりのしっとりしたパイ皮のバランスがまさに絶妙。 洋風饅頭じゃなくて欧風饅頭ってかんじの味ですよ、何言ってるかわかんない人はべてみればきっとわかる! 和菓子やあんこが苦手が人も、エキソンパイはおいしいと喜びます。 昭和三十五年から長い間愛され続けてきた歴史が、一口で納得出来るお菓子です。 ままどおる(三万石) 地元の人

    こんな時だからこその福島の銘菓情報 - wHite_caKe
  • 「最悪のシナリオ」という脅しに騙されないために|ガジェット通信 GetNews

    ※この原稿は作家である田口ランディさんのブログに掲載されていましたが、エキサイトブログが19日朝より閲覧不能のトラブルに見舞われているため、急遽ガジェット通信にも転載させていただくことにしました。(ガジェット通信 深水英一郎) ● 「最悪のシナリオ」という脅しに騙されないために (田口ランディ) 福島第一原発事故が発生してから、さまざまな情報が錯綜しました。非常時に風評被害が出ることは、ネット社会では避けられないかもしれません。実際にはどういう状況なのか。そしてこれからどうなるのか? 3月15日に個人的に知りあった原子力関係者の方たち、さまざまな分野の友人に声をかけて、メーリングリストを立ち上げました。私が最も信頼し、共にダイアローグ研究会を立ち上げた、原子力の技術者である東北大学の北村正晴先生は仙台で被災したために連絡が取れませんでしたが、15日にやっとメールを交換できるようになりました

    「最悪のシナリオ」という脅しに騙されないために|ガジェット通信 GetNews
    seven_cz
    seven_cz 2011/03/20
  • 東北関東大震災で義心を感じる人へ 持続不可能な感情と継続可能なシステムについて - じゃがめブログ

    突然ですが、ほんの少しだけ私語りを。 今から16年前の1995年1月17日、私は阪神淡路大震災を経験しました。 当時の我が家は尼崎市にあり、最も損壊の大きかった地域からはやや遠かったのですが、それでも家は半壊しライフラインは完全に寸断されました。最も復旧が早かった電気でも数日、遅かった水道・ガスは数ヶ月間停止したままでした。 学校に行くために自転車で訪れた神戸の街は散々な様子で、倒れるところを想像したこともない高速道路が横転し、ビルが横倒しになる。当然のごとく交通網は完全に寸断され、大阪−神戸間を結んでいた阪急・JR・阪神は全て不通となりました。また、当時最寄り駅であった阪急伊丹駅駅舎のタミータウン(当時・現在は阪急伊丹リータ)は完全に壊滅し、目にしたときはショックで目眩がしたものです。 その交通網なのですが、これが復旧して開通するまでどれくらいの期間が掛かったか、覚えてる人はいるでしょう

    東北関東大震災で義心を感じる人へ 持続不可能な感情と継続可能なシステムについて - じゃがめブログ
    seven_cz
    seven_cz 2011/03/20