2026年3月28日 今回の大変痛ましい辺野古沖の抗議船転覆による死亡事故について、単なる「不幸な事故」で済まされないよう、その歴史的背景も踏まえ、構造的に問題を捉えることが重要だと考えて記事を書きました。 1、前史概略辺野古問題については以下のような背景があります。長くなったので別記事にまとめています。 その大きな流れの中で、いかにして辺野古反対運動が生まれ、そして複数名の死者を出すような危険なものに変化していったのかを以下で論じようと思います。 2、軌道修正が著しく困難な組織体制と「反対のための反対」活動にいたるまで近年の辺野古という空間の特殊性を認識する必要があります。 ① 最高裁判決という「敗北」辺野古を舞台とした基地反対運動は2004年頃からはじまっています。 ヘリ基地反対協議会のHPよりそこからの様々な出来事は上述の「前史概略」にまとめていますが、本稿でも重複して少々触れます。

