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2017年9月14日のブックマーク (5件)

  • LS北見初代表/カーリング女子五輪代表決定戦詳細 - スポーツ : 日刊スポーツ

    LS北見が18年平昌五輪カーリング女子日本代表の座を獲得した。 第1戦、第3戦を勝利し2勝1敗で王手を懸け、第4戦に競り勝ち先に3勝を挙げた。 ◆第4戦 チーム12345678910計 北見30020120019 中電01002001105 平昌五輪出場を決め、日の丸を手に笑顔を見せるLS北見。左から藤沢、吉田知、鈴木、吉田夕、橋(撮影・足立雅史) 平昌五輪出場を決め、カーリングのハウスで笑顔を見せるLS北見。左から橋、吉田夕、鈴木、吉田知、藤沢(撮影・足立雅史) 平昌五輪出場を決めたLS北見。左から鈴木、吉田夕、藤沢、吉田知(撮影・足立雅史) 第10エンド 中電が先攻。北見サード吉田知が第5投で中電のストーンをテークアウト。ハウス内は北見のNO・1のみ。中電サード清水の第6投はハウス左奥へステイ。北見サード吉田知が第6投をホッグライン・オーバーでミスショット。中電スキップ松村の第7投

    LS北見初代表/カーリング女子五輪代表決定戦詳細 - スポーツ : 日刊スポーツ
  • 初の五輪代表・LS北見「金」に照準 体力向上、高精度ショット武器:どうしん電子版(北海道新聞)

    y_koutarou
    y_koutarou 2017/09/14
    『継続した筋力トレーニングに加え、今年4月からは、走り込みで下半身の強化にも取り組んだ。藤沢は半年前に比べ体脂肪率が2%下がり、体重は変わらず筋肉量が増加。』
  • 「カーリングの変態」本橋麻里の献身でつかんだLS北見の五輪キップ

    カーリング女子の平昌五輪代表決定戦で、ロコ・ソラーレ北見(LS北見)が中部電力を3勝1敗で退け、創設8年目にして念願の五輪出場権を勝ち取った。 「麻里ちゃん!」 コーチボックスから下りてくる橋麻里の姿を認めると、セカンドの鈴木夕湖は氷上を駆けだした。橋は両手を広げて鈴木を強いハグで迎え、続いて、リードの吉田夕梨花がその輪に入る。吉田知那美や藤沢五月が加わる頃には、橋の目に大粒の涙が浮かんでいた。 平昌五輪の出場権を獲得したロコ・ソラーレ北見 今季、主将を務める橋はリザーブとしてチームを支える決断をした。昨季は、「吉田夕→吉田知→橋→藤沢」、あるいは、「吉田夕→鈴木→橋→藤沢」という布陣を組んでいたが、思うような結果が出なかった。そこで今季は、2016年の世界選手権で銀メダルを獲得した「吉田夕→鈴木→吉田知→藤沢」に戻し、橋をリザーブに置いた。 しかし、LS北見にとって、橋は

    「カーリングの変態」本橋麻里の献身でつかんだLS北見の五輪キップ
    y_koutarou
    y_koutarou 2017/09/14
    『「なんでこの人はこんなにストイックにやるんだろう、こんなにできるんだろうと不思議になります。彼女は”カーリングの変態”だと僕は思っています」 そう笑うのは、夫の謙次さんだ。』
  • 「思想」や「世界観」を伝える メディアの役割 - アナウンサー坂田博昭の「と~くあばうと」

    y_koutarou
    y_koutarou 2017/09/14
    『解説者の方が「石を入れ換えてプレーを続け、特にペナルティとかはない」と説明した瞬間、場内一斉に「えー??」の声。そう、決してその対処は世間一般のひとびとからみて「当たり前」の対処ではないのです。』
  • 【カーリング】平昌五輪出を決めたカー娘の歓喜と苦悩 | 東スポWEB

    カーリングの平昌五輪女子代表決定戦(10日、アドヴィックス常呂カーリングホール)は第4試合を9―5で制したLS北見が通算成績を3勝1敗とし、中部電力を下した。とはいえ、念願の五輪切符をつかんだ選手たちの胸中は複雑。その背景にあるのは、五輪代表チームが日一決定戦となる日選手権(来年1月)に出られないという協会の方針だ。歓喜に沸く「カー娘」たちの音に迫った。 前日まで2勝1敗と五輪に王手をかけたLS北見は第1エンドに相手のミスなどで3点を先制し、勢いに乗った。今大会好調のサード吉田知那美(26)やスキップ藤沢五月(26)が活躍。吉田知の妹・夕梨花(24)、鈴木夕湖(25)とともに、チームとしては初の五輪を手繰り寄せた。 チームの創設者で今大会はリザーブだった橋麻里(31)は「クラブチームとして、生活の中にカーリングがある新しいスタイルを目指した。五輪までの5か月をどう過ごすかが大事。今

    【カーリング】平昌五輪出を決めたカー娘の歓喜と苦悩 | 東スポWEB
    y_koutarou
    y_koutarou 2017/09/14
    『吉田知に改めてPACCへの思いを聞くと「《中略》自分たちが世界選手権に出られない状況で、その切符をかけた戦いにどんなモチベーションで臨めばいいんだろうという思いは、代表に決まる前からありました」』