2011年3月。東日本大震災の被害を伝えるテレビ報道のなかで、ひとりの女性が画面に映しだされる。彼女は津波を逃れて生き残った一人だ。彼女は静かな興奮を抑えながら、語る。私は介護施設に勤めていた。施設にいた老人は置いてきた。私は助かった、と。その後、全国に知れわたることになる「いのちてんでんこ」の規則である。 「いのちてんでんこ」とは、津波災害をたびたび経験した沿岸地域で伝承されてきた避難規則である。津波から逃れるために高台を目指して避難する。このとき、誰かを助けようとしてはいけない。自分が避難することだけに専念しなくてはならない。親も兄弟も子供も、誰も助けず、うしろを振り返らず、自分の命を守るためだけに走らなくてはならない。これが「いのちてんでんこ」の規則である。 親も子も助けず、バラバラに、「てんでんこ」にならなくてはならない。この規則は、津波災害の過酷さを反映したものだろうか。ある一面