そんなリベラルのエリートたちは、人種や性別による机上の平等を唱えるばかりで、バンスが体験したような貧困を理解するどころか、想像することさえできない。学生たちの米軍や国家に対する批判的・冷笑的な態度も、元軍人の愛国者であるバンスには看過できなかったのではないでしょうか。 ピーター・ティールも、うわべだけの空虚なリベラルに学生時代から反発していました。中学生の頃からレーガンの熱心な支持者で、スタンフォード大学では「文化多元主義」の名の下に西欧文化を否定する風潮に対抗するキャンパス新聞「スタンフォード・レビュー」を創刊し、自ら編集長に就任しています。 ティールはスタンフォード大の法科大学院を卒業した後、名門法律事務所に所属しますが、幻滅してウォール街の投資銀行に転職、そこもすぐに辞めて、ベンチャー投資家になるべくシリコンバレーに移ります。イーロン・マスクとともにPayPalを創業し、その後、凄腕

