「先輩は野心がないのですか?」とあきれ口調に後輩に聞かれた、と、知人男性が憤った口調で私に嘆いた。 その知人とは、時代劇で長年にわたりカツラを作り続けている“床山”という職人だ。 「野心ってなんや」とまだ怒りが冷めやらないようだった。思うに、まだ経験浅い床山さんが抱く野心があるとすれば、「より高い利益に繋げるにはどうすればいいか」とか「もっとこの仕事を多様に展開できないか」とか「一般に普及できないか、世界に勝負できないか」という思惑だろうか。これらはどの職業にも共通する発想だろう。そんな野心的発想になんら抵抗のない私は、彼のその怒りが瞬時には理解できなかった。よくよく話を聞いてみることにした。 「僕はただカツラを作ることだけを考えて生きている。野心とかそんなことは考えない。朝、誰よりも早く職場に入り、誰よりもちゃんと準備を整え、そしていいカツラを作る。それだけだ。そんな僕を後輩は、野心がな