「私はアナよ」。スペインの巨匠ビクトル・エリセの傑作、『ミツバチのささやき』(1973年)は、主人公の少女・アナのひとことで幕を閉じる。演じたのは、そのキュートな表情でいまも多くの人々に記憶されているアナ・トレントだ。 『ミツバチのささやき』は1985年に日本公開され、ミニシアター「シネ・ヴィヴァン六本木」で当時の動員記録を樹立したヒット作。ミニシアターブームを代表する映画となっただけでなく、黒澤明が深く愛し、宮﨑駿も影響を受けたといわれる。世界でも高い評価を受けており、オールタイム・ベストに挙げる評論家も少なくない。 もっとも、エリセはきわめて寡作のフィルムメイカーである。長編デビュー作だった『ミツバチのささやき』以降は、『エル・スール』(1983年)と『マルメロの陽光』(1992)という2本の長編のほか、短編映画などをいくつか手がけたが、なかなか長編映画に復帰するには至らなかった。 『